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1 ユーグという男

 とある辺境にある洞窟、そこに、ほぼ裸の男が磔にされていた。

 金属の棒が十字に組まれ、それに手と足は枷に嵌められ、繋がれている。

 男は意識があるのかないのか、伸び放題の髪の毛と髭が邪魔して表情からは伺う事が出来ないが、男のがっしりとした胸が上下している事と、口で浅く呼吸をしている事から、生きているとわかる。


 男の名はユーグ。

 六百年もの昔に、人々の間で”英雄”と呼ばれ、その後の世で「神に挑んだ男」と一部で呼ばれる男である。





 ―――――――――――――――――――



 もう何年経ったのだろうか。


 俺は久しぶりにそんな事を考える。

 ポツリ、ポツリと木霊する水滴の落ちる音だけが、空間の中に唯一時間を教えてくれる。

 だが、それも途中で数えるのを辞めてしまった。


 もう何年……何十年……もしかしたら何百年も経っているのかもしれない。

 物も口にしておらず、水も飲まず、ただ呼吸をするだけの日々。

 長い時をここで過ごしているせいか、時間の概念など、既に忘れてしまった。

 外は今どうなっているのだろうか?

 外の世界がどうなっているのか、洞窟の奥で繋がれた儘の俺が知る由もない。





 俺が生まれた時代は、戦乱の――混乱の絶えない世の中だった。


 魔王が生まれ、魔王が生み出した魔物達によって人の村、街、国が幾つも侵略され破壊された。

 だが、それだけではない。

 人と人、国と国同士もまた争いが絶えなかった。

 だが、


 ――この儘では人類が絶滅してしまう。


 俺の生まれた国の王がそう考え、魔王を討伐する為の者達を集め始めた。

 時にこの世界を生み出し造り出した神から信託を受け、時には才能があると有名だった者をスカウトし、時には己等の手で一から育てた。

 若い頃からその力と才能を見込まれ、王国側の協力に応じた一線級の猛者達によって鍛えられた俺もまた、その後魔王討伐隊の一人に抜擢(ばってき)された。


 武術、剣術、弓術、魔術……ありとあらゆる知識を学び、吸収し、自分のモノとした俺は、当時の“勇者”や”聖女”達と共に人々を襲っていた魔王軍の悉くを討伐していき、いつしか”英雄”の異名で呼ばれるまでになった。


 俺だけではない。

 当時、魔王討伐隊には多くの人類を代表する猛者達が揃っていた。


 神の信託で見い出された人類の希望である”勇者”レイヴ。


 俺達を集めた国の王女にして、治癒魔術に長けた”聖女”ゼルビア。


 エルフ一の魔法剣士と名高かった”エルフの英雄”イノー。


 元は荒くれ者であったが、王国のスカウトに応じて参戦した、冒険者でもあった”戦士王”ヴォール。


 偏屈ではあったが魔術の天才であった”稀代の魔術師”エルノル。


 それ以外にも何十人という人間で構成された魔王討伐隊は、二年という時を掛けて国と国の間を取り持ち、時には街や村を襲っていた盗賊団を成敗し、魔物達を討伐していった。

 何人もの仲間が怪我をし、時に復帰する事なく別れたり、治癒の甲斐無く死んでしまったりした。

 だが、それでも俺達は諦めたりはしなかった。


 そして終に、魔王の元へと辿り着く。


「――良く来た”勇者”達よ! 我が野望の為、ここで闇の中へと消えよ!!」


 魔王は強かった。

 圧倒的な力で、俺達の前に立ち塞がった。

 また一人、また一人と仲間が倒れていく。

 何時間戦っていたのだろうか、俺達にはわからない。

 だが、気付けば戦いは終わっていた。


「フハハハハ!! 良くぞ、良くぞ我を倒した! だが、我を倒せばこの戦いが終わるとでも思っているのか?」


 ボロボロになった魔王の最後の問いに、俺達は首を傾げた。

 何を言ってるんだ? 魔王が全ての元凶の筈だ。


「何を言ってるのかしらねぇが、手前を倒せば全部終わりだろうがよ!!」


 ”戦士王”ヴォールが斧を手にしてそう言う。

 その場にいた誰もが、そう思っていた。

 俺もそうだと思っていた。そうだと信じていた。そうだと決めつけていた。


「――我は闇と光の均衡を保つ者。我もまた神が造り出した存在! 我を倒したとて、均衡が崩れれば、我は何れ復活するだろう!」


 魔王のその発言を聞くまでは。


「なんだと! どういう事だ!?」


 ”勇者”レイヴが魔王に問う。

 魔王の戯言だ。

 それが本当なら、元凶は――この状況を造り出したのは全て”神”という事になるからだ。


「 果たして、全ての元凶は――誰かな? フフフ、ハハハハハハ――!!」


 だが魔王はレイヴの問いに答えず、寧ろ俺達を嘲笑うかの様にそう笑って消えた。

 魔王が消失したのを見て、誰もが構えていた武器を下ろす。


「……取り敢えず終わったな」

「やりましたね!!」

「えぇ」

「これで酒が飲み放題だぜ!!」

「やれやれ、これで漸く研究に没頭出来る」


 仲間達が口々にそう喜び合っている最中も、俺は考えていた。

 魔王が言っていた、全ての元凶。

 それが神だと?

 その言葉が本当なら、俺は神を許せない。


「……まだだ」


 俺の呟きを、イノーだけが聞いていた。


「どうしたのユーグ?」

「まだだ。まだ終わりじゃない」


 俺の様子を不思議に思ったのだろう。


「……どうしたのよユーグ?」


 その時浮かべていた顔に何を思ったのか、イノーは再び聞いて来た。

 俺はイノーの眼を見て、言う。


「……魔王が言ってただろう。魔王もまた神が造り出した存在だって。なら、まだ終わりじゃない。一番の敵が残ってる」

「まさか――神に挑むつもり!?」


 イノーが驚くのも無理もない。

 この世界の神はただ一人。

 この世界を生み出し、この世界の全てを管理する神――女神ティノだけ。

 それと戦うと俺は言っているのだから。


「正気か!?」

「神の僕である”聖女”として、それは認められません!」

「面白そうではあるが……無理だろ」

「賢明とは思えないな」


 俺の言葉を聞いていたのだろう。仲間達が口々に俺を止めてくる。

 絶対に勝てない。そう言ってくる。

 他の仲間達も次々に無理だと俺を止めてくる。

 特に”聖女”であるゼルビアを筆頭に聖職者達の連中は、俺を必死に止めてくる。

 まぁ神の僕である聖職者達にとっては考えられない事だろう。


 だが、俺はもう決心していた。

 全ての元凶を倒す事を。

 神を倒す事を。


「……お前達が来ないなら、俺一人で行く。……じゃあな」


 俺は仲間達に背を向けて、一人歩き出した。








 結果として、俺は神に負けた。

 最初は拮抗していると思っていたが、徐々に押され、最終的には一方的に(なぶ)られ、甚振(いたぶ)られた。

 完敗だった。悔しいが、そう言うしかない。


「――君、面白いね。気に入ったよ」


 神は――ティノは、全身ズタボロで倒れ込む俺に向けて、そう言った。

 思えば、この時女神に気に入られたのが間違いだったのだろう。


「神様に挑んできたのは君が初めてだ」


 女神に挑んだ結果、女神に気に入られた。

 俺は女神の恐ろしさを、忘れない。

 何故なら、


「――君を不老不死にしちゃおう。それと枷を付けさせて貰うよ。魔術を封じる魔封じの枷だ。神様が特別に造った枷だから、簡単には壊せないよ。これが君への罰だ。そうだね……千年経ったら、解放してあげるよ。大丈夫、千年なんてほんのちょっとさ。……神様にとってはね。……あ、トイレは心配しなくて良いよ。神様も汚いのは嫌いだからね。そこら辺も(いじ)っちゃおう」


 そんな女神の気まぐれで、身体を弄られ、そしてここに――この空間に何百年もの間、閉じ込められたのだから。

 




 ―――――――――――――――――――



 後何年ここで磔にされていれば良いんだ。


「クソ女神め。……何がちょっとだ。馬鹿みたいに長ぇじゃねぇか。……クソ」


 擦れた声が洞窟に響く。

 まだ俺はここでずっと此の儘なのだろうか。

 あの神の事だ。少なくとも俺は千年、この儘なのだろう。

 そう思っていた。

 彼女が俺を見つけてくれるまでは。




 ガラガラ!!


 突如、石が崩れる音が聞こえ、


「――誰かいるんですか?」


 女の声が俺の耳に入って来た。

 俺が其方に眼を向けると、そこにいたのは十代の中頃位であろう少女だった。


「……男の人!?」


 これが俺と彼女――フィリノアとの出会いだった。





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