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第69話:先生、セルシディアを背に


 火事の翌日。


 怪我人の治療を終えて、ようやく一息つけそうだ。

 ちゃんと全員集まっているかは、名簿を片手にみんなで点呼をとってもらった。


 途中で、ゴステトゥーロとノエルもいた。


「おじー! せんせー来たよ!」


「ああ……」



 ……。

 無事で良かった。


 領主からの説明によれば、ダン・ファルスレイの放った“星覇斬ゼノ・スレイブ”は魔術学院の独断だそうだ。

 とはいえ、ウェスト・セルシディアでの武装蜂起という噂が独り歩きしていた事は把握済みで、部外者の介入を止められなかった責任を取るということだった。


 被害のあった住民に治療費を全額負担、それから受け入れ政策の表明が主たるものだ。


 対応が後手に回りまくってはいるものの、アレットが言うには嘘が無かった。

 俺達を嵌めようとする意図は無いと見ても良さそうだ。



 さて、肝心要のミゼール・ギャベラーおよびダン・ファルスレイの処遇についてだ。

 どちらも魔術学院から保釈金が出て示談に持ち込んだため、お咎め無しとのこと。

 ただし、あくまでも学院側の主張は『野盗がゾンビを用いた武装蜂起を企てた』の一点張りらしい。


 ……どうなんだ、それは。

 たった一夜で保釈金を出すっていう妙なフットワークの軽さといい、まだまだ裏がありそうだが……現時点ではどこまで調べられる?

 ミゼールとダンはあくまでも尖兵で、詳しくは知らないだろう。


 しかも、ひと足早く学院に戻ってしまった。

 そりゃあ確かに、セルシディアに残っていたら住民から報復を受けるかもしれないけどさ。



 あとは……そうだな。

 ウスティナとアレットから聞かされた話によると、シージャック事件での盗聴器にはカレン・マデュリアが関与していたらしい。

 と言っても、学院の指示によるものだそうだが……あれについては結果的にオストラクル家の因習を明らかにしたから、俺としてはセーフだ。


 もちろん、そこで暴露したフランに対して馬鹿野郎共が揃って「あの魔女を犯せ」と騒ぎ出した事については嘆かわしいとしか言えないが。




 とにかく色々なことが解ったり、変わったりした。

 けど……特に目覚ましい変化といえば、これだ。


「ええ、できましたわね! 見事ですわ。皆さまの吸収が早いのか、それともバロウズ先生の教え方がお上手だからかしら? きっと両方ですわね。さぁ、術式の記入が終わったら、起動してみましょう! 行きますわよ……それっ! この腕のような光を、トラクタービームと呼び――」



 えっと……これは……どういう風の吹き回しだろうか?

 いくら心境の変化があったといっても、ここまで変わるものだろうか?


 ロビンズヤードのガイローン達一同は、言ってみれば承認欲求の発露の方法を変えるよう指導しただけだ。

 カレンのそれは、まるきり人が変わったように見えた。



 ウスティナが、腕を組みながら壁により掛かる。


「カレンの話を聞いて解ったのは、一歩間違えれば私も奴と同じような道を辿っていたかもしれんという事だ。もっとも、貴公と出会えたゆえ、そうはならなかったがな」


 間違いなく、ウスティナはカレンから、何かしらの共通点を見出した。


「僕がお役に立てるのは嬉しいですが……複雑ですね」


 ゆうべウスティナから、少しだけ昔話を聞かせてもらった。


 自分達の種族を世界に認めさせようとしたウスティナと。

 自分の提唱する理論を社会に認めさせようとしたカレン。

 それぞれ当人達にとって、心が粉々に砕け散るくらい大切なものだろうという事くらい、俺にだって解る。


 だから比べない。

 その重みを比べるなんて、俺にはできない。


「ルクレシウスよ。貴公を殺そうとしたあの女を、許すか」


「戦争での殺し合いは恨みっこなしだと思いますよ。もちろん、争わないに越したことはありませんが」


 と、ここで――


「――……ますます、ジャスティスを感じますね」


「うぉおおあヴェラリスさん!?」


 いきなり隣に現れるなよ!

 もしかしてウスティナは気付いていた、か……?

 いや、珍しくウスティナも驚いていたらしい。慌てて武器に手をかけた。


 待て待て。

 まだ言っていないことがあるんだ。


「おそらく此処にはあまり立ち寄りたくなかったでしょうに、ご足労頂いて、すみません」


「いえいえ。構いませんよ。だって放っておけないじゃないですか。あなたは私と同じタイプかと思いましたが……どうやら見込み違いでした。私にとって、親切って最高の賭け事なのに」


 賭け事、ねぇ。

 言わんとしている事は解るよ。


「厚意を賭けて、感謝や報酬という配当を得るわけですか」


「ええ、その通りです。よく心得ておいでですね」


「何となく解ります。お察しの通り僕は、親切をしようとして動いたわけじゃなくて――」


「――みなまで言わずとも」


「……!」


「ええ、存じておりますとも。善行を為す者の性根が善人であるとは限らない、とね。フフ……」


 まぁ、そうだろうね……。

 まったく、いい性格してるよ。


「そうそう、シャノン・フランジェリクさんという方から言伝ことづてを授かりましてね。貴方もあの人も忙しいからと、私が伝達係に」


 本当だよね? 俺は疑心暗鬼になっていたが、筆跡を見る限り手紙は本物だった。




 ◆ ◆ ◆




 それから3日が経った。

 カレンが加勢してくれた事で、倒壊した建物の瓦礫の撤去が驚くほどはかどった。

 何割かは習得した機動オービタル魔導書グリモアをすっかりモノにして、東側でも役立てているようだ。


 条件や境遇さえ除けば、西側と東側の能力差は無いという事を証明できた。

 身体的な不利が発生しているなら援助(言い換えると、投資)が必要だという事を東側の沢山の人達が理解してくれた。

 窃盗や詐欺といった手段よりも、カタギで堅実に稼ぐほうがずっと安定しているという利点を西側の沢山の人達が理解してくれた。


 昨日より確実に前進している、そう確信できる成果を目にするのは気分がいい。



 今日は、出発の日だ。

 シャノンからの手紙によれば、学院側と話が付いたという。

 降誕祭に間に合うようにするには、今日ぐらいに出発するのが一番いいだろうというのが、俺達のパーティ内で話し合った結論だ。


 何せ、エミール達に同行できる。

 時間差は少ないほうが何かといいだろう。



 ジェイミーが、門の所まで別れの挨拶に来てくれた。

 後ろにはゴステトゥーロとノエル達もいる。

 でもヴェラリスは……いないようだ。


「バロウズ先生、アナタにはホントお世話になりっぱなしだったわ。何かあったらいつでもまた来てね! ママって呼んでもいいのよ」


「呼べませんよ。僕にとって母は、守りきれなかった苦い記憶しかありませんでしたから」


「そう……辛かったのね……」


 ジェイミーの広げた太い腕は、しかし、遠慮がちに止まったままだ。

 俺は、右手を掴む。せめて、握手だけでも。

 俺達は恋人同士にはならないけれど、俺はあなたが、当たり前に生きていけることを望んでいる。


「ゴステトゥーロさんと、お幸せに」


「ええ」


 向こう半年分の薬をヒルダが調合しておいてくれている。

 飲み続ければ病はいずれ完治するだろう。

 寿命を延ばすことはできないが、余生は穏やかになる筈だ。


「アレットちゃん。火事のとき、消火活動で大活躍だったって聞いたわ。ホントにありがとうね」


「いえいえ! できることが増えるって嬉しいです」


「ウスティナちゃん。うちのダーリンがアナタの過去について知っているみたいだけど、なるべく言わせないように頑張るからね」


「クククッ、別に構わんぞ。私も、さも自分が有能であるかのように振る舞い続ける事について、些か考えさせられたよ」


 そう言って、ウスティナはカレンのほうを見た。


「仮面は、まだ外したいとは思わんがな。貴公も、その口調や、皆の相談役という立ち位置に疲れていると、数日前の夜に盃を交わした折、言っていたか」


 いつの間に飲み会を!?


「あれから考え直したけど、これもワタシらしさなのかなって。もちろん、同じような境遇の子達にこれを強制しない、させない、というのは大切だけどね」


 と、ジェイミーはウスティナにウィンクをする。

 このふたりはこのふたりで、色々と語らっていたようだ。

 仲間の交友関係が広がるのは、俺も何となく嬉しい。


「ピーチプレートちゃん」


「ははッッッ!!! それがしをお呼びですかなッッッ!!!」


「今の今まで言い損ねたのだけどもね。アナタからもジャスティスを感じるわ……ゾンビに噛まれそうになった冒険者を助けたりもするものね。でもどうしてかしら。格好いい決め台詞の割には、いつも他人との距離を測りかねている感じがするのよ」


「それは……」


「やっぱり、アナタ自身の生い立ちが気になっているのかしら」


「ご存知でしたか。いやはやお恥ずかしい」


「ワタシは、恥ずかしいとは思わないわ。ゴステトゥーロちゃんの事をダーリンと呼んでいるところから察してよン!」


「それも、そうでしたな」


 次は、学院組に向き直る。


「エミールちゃん。魔術学院にいる子達を一生懸命説得してくれてありがとうね。バロウズ先生への憧れと、ジャスティス、確かに見て取れたわ」


「至らない事ばかりでした。精進します」


「頑張りすぎには注意してね」


 固い、とよく言われていたっけ。

 俺のような単に融通のきかない性格とは違って、エミールのそれは実直さと表現したほうがいいのかも。


「クゥトちゃん。“男らしさ”なんて、誰かが勝手に決めたもの、律儀に従ってやる必要は無いの。アナタは、アナタの“らしさ”を目指しましょ。お面、似合ってるわ。妖精のリーガンちゃんと仲良くね」


「あ、あり、ありがとうございます」


 ……いつか必ず、クゥトの吃音が悪化した原因を突き止めねば。

 せっかく良くなっていたのに。

 とはいえ、ここ数日間で再び回復しつつある。

 エミールと話している時は特に吃らないので、やはり緊張とトラウマに起因するものだろうか。



「ヒルダちゃん」


「ほい」


「この前言ってた女体化のお薬だけど……やっぱりワタシ、やめとくね。ダーリンの治療薬、ありがとう」


「……まぁ、いいんじゃない?」


 曖昧に微笑むヒルダの心中を察する事はできない。少なくとも現時点では。

 彼女は、完全には心を開いていない。

 それにしても、オスカー・テラネセムか……。

 学院に到着したら、そのへんも詳しく調べておく必要がありそうだ。



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