第68話:先生VSミゼール
飛んでくる光を避けて、避けて、避ける。
氷の塊や、雷撃、火の玉、それから岩。
四方八方から繰り出されるそれらを、最低限の動きで回避した。
どれも基礎的な攻撃系の魔術だが、生徒達は加減を知らないのか、周辺の被害などお構いなしに連発してくる。
足場が崩れそうになるから、飛び退いた。
手摺の欠けた柵を飛び越えて、苔むした階段を駆け登り、その先の、出口の見えないトンネルへ。
背後から、ミゼール・ギャベラーの声が反響して聞こえてくる。
ガツンッ、ガツンッと、何か金属製のもので壁を殴る音と共に。
「俺はリアリストだからな! 切り捨てるべき対象にまで思いを馳せる馬鹿なことはしねぇよ。現実は理不尽だって割り切ってる! 折り合い付けてんだよ俺はよォ!」
知った事じゃない。
湾曲したトンネルを駆け抜けて、バラック小屋の建ち並ぶ大きな吹き抜けの螺旋階段へ。
小屋は吹き抜けの上から降り注いだ光の雨で炎上していた。
背後を振り向く。ミゼールと生徒達はまだ追ってくる。
「だがお前とエミール・フランジェリクは違うよなぁ?」
くそっ!
こんな所で強力な魔術をブッ放してくるなんて、正気か!?
まるで、俺を殺そうとしているみたいだ。
「世の中は理不尽だって事から目を背け、頑張れば何とかなるとてめぇを誤魔化し続け、その結果が学院追放だろ!? お前のせいでどれだけみんなが窮屈な思いをしていたか解ってねぇようだなぁ!? オォオオッ!! みんなお前を煙たがってんだよ! ろくに結果を残さないくせに口だけは達者で、他人の失敗に横から首突っ込んで、思いつきの解決法で引っ掻き回して、綺麗事で何もかも美談にしくさりやがってテメーこの野郎ォ! お蔭で迷惑ったらなかったよ! どうせ惚れた女子生徒の前でいい格好したいだけだったんだろ! 残念だったな!!」
そろそろ、放っておけない。
なんとかして行動不能にでもしないと、避難民が被害を受ける……それは、駄目だ。
「言いたいことは……それだけですか……!」
「あぁ!? うるッせぇや!」
「――理不尽な現実に立ち向かい、後の世代に少しでも笑顔が増えるようにするのが大人達の役割だろ!? 俺達が諦めたら、子供達の笑顔は誰が守ってやれるんだ!」
立ち向かわないと。
理不尽な現実に!
転がり落ちてきた杭を掴む。
短縮術式呼び出し……対象を杭の先端に設定。
――“放電付与”
杭を槍のように振って、牽制する。
「自分の身を自分で守るしかない、できないなら終わりだなんて絶望を浴びせ続けて、歪んだ大人に育てて、そうやって呪いを再生産すれば、最後に残るのは暴力のぶつかり合いだけだ!」
「ぐぉ!? てめぇ!?」
最大出力……!
「あんたはリアリストなんかじゃない……現状打破を諦めた、ただの怠け者だッ!!」
杭を顔面に叩き付けようとする。
が――金属製の義手に防がれ、杭はボロっと崩れた。
「じゃあ聞くけどよ……俺は目の前にいるお前のせいで苦しんでるんだが、取り除いてくれるんだよなぁ?」
――ガシッ
「ぐぁあ……――あああ!!」
義手によって、俺は頭を掴み上げられる。
「さんざっぱら追い掛けっこさせやがって、クソが」
「くっ……! この!」
俺は蹴り上げによる抵抗を試みるが、義手が変形したことで充分に距離を詰められず、俺の足は虚しく空を切った。
「ハハッ! 当たんねーよバーカ!! 決め手に欠ける付与術なんざ俺の敵じゃなかったね! いいか! この義手は触媒になっていて、今ここで俺が指先に魔力を通しただけで魔術が発動し、お前の頭蓋骨は木っ端微塵に弾け飛ぶ!!」
もってくれ、俺の頭蓋骨……!!
目の前の義手が、緑色のスパークを帯びていく。
――バチ、バチバチバチ……ヂヂヂヂヂッ
「おい、おめーらよーく狙っておけ。こいつが変な動きしたら殺していいから」
「それが……人に物を教える立場の言葉か……!」
「安心しろよビロウズ君! 頭の潰れた黒焦げ死体がここでひとつ増えたところで、ゾンビと見分けなんて付きやしない。お前は!!! ここで!!!! 死ぬ ん だ よ !!!!!」
――カチンッ、カチンッ
「ん!? 不発か!? くそ、雑な調整しやがって、あのババア!!」
「……安全装置、ですわよ」
今の俺は頭を掴まれているから、声のするほうを見ることまではできない。
が、その声は聞き覚えがあった。
俺は思わず口を開いた。
「カレン・マデュリア先生……?」
「破損した状態で無理に発動させようとして魔力回路が暴走でもしたら、使用者にダメージが行ってしまいますもの」
直後に感じる浮遊感。
そして背中に強い衝撃と痛みから、俺は放り投げられたことに気付いた。
「余計な真似しやがって! だったら直接ぶん殴って――」
ミゼールは腕を振り上げようとするも、その腕は半ばから両断され、ひび割れた石畳をガランゴロンと転がった。
「――ぎゃああああ腕が! 俺の腕がぁああああ!? ――かひゅっ、あっ、ぐっ、い、息まで……!!」
ミゼールは、喉を押さえてうずくまる。
これは、一体……?
振り向くと、アレットが手を掲げていた。
その隣には、大魔術学科の生徒達をコテンパンに伸した直後らしいヴェラリスが、涼しい顔で刀を鞘に収めている最中だった。
「わたしの先生に何をしてくれやがってるんですか」
「いいえ私には判ります。さては、災害に乗じた暴徒達ですね!? おお! なんと度し難い! 挙げ句ウェスト・セルシディア復興の妨害などと! これはもう、当局に突き出す以外は考えられませんね!」
ヴェラリスは芝居がかった口調で大げさに天を仰ぐ。
両目は手で隠れているが、口元には愉悦を湛えていた。
やっぱりヴェラリスの本性は、こんな感じだったりするのだろうか?
何にせよ、助かった。
「皆さん、ありがとうございます。えっと……マデュリア先生も」
カレンは、青い長髪を少しだけ揺らした。
目を合わせようとしないのは、バツが悪いからかな。
「この前は、ご迷惑をお掛けしましたわね……これで少しは償えまして?」
ホント、一体どういう風の吹き回しだろうか?
助かったのは事実だけど、素直に喜んでいいかどうかは、少しばかり疑問だ。
だから俺は、せめてもの抵抗で憎まれ口を叩くことにした。
「どうもありがとうございます。でも、償いは生徒達にもしてあげてくださいよ」
「そちらも既にやりましてよ。ちゃんとできたか、自信がありませんけれども」
「珍しく弱気ですね……無用な詮索は控えますが」
「ええ。助かりますわ」
今はそんなことをしている場合じゃない。
俺は、アレットの差し伸べてくれた手を掴み、立ち上がる。
その間に、ミゼールは窒息から回復していた。
「ゲホッゲホッ……てめぇら……!!」
まだやるつもりらしい。
だが――
「動くな」「はッ!?」
大剣を目の前でガシャンッと振り下ろされ、ミゼールは足を止めた。
奴のすぐ横に、ウスティナが着地していた。
褐色の肌に汗が浮いているところから、かなり急いで来てくれたようだ。
「牢屋でゆっくり頭を冷やすことだな、凡骨。衛兵を連れてきたぞ」
――パチンッ
指を鳴らすと、衛兵たちが隊列を組んで螺旋階段を駆け下りてきた。
「な、ちくしょう!?」
たちどころにミゼールおよび彼に率いられた生徒達(全員気絶中)はお縄に付いた。
ミゼールは衛兵に引き摺られながら、俺を睨めつける。
「オイそこのバカ女ども、顔は覚えたからな! せいぜい気色悪い傷の舐め合いでもしとけよ!」
「いや忘れてくれますか? 気色悪いんで」
よく言った、アレット。
ミゼールは衛兵たちに取り押さえられつつ、路地の向こうへと消えていった。
これで、邪魔者は消えた。
救助に戻ろう。それが終わってから、ダンがあんなことをした理由を問いただすぞ。
「皆さん、ありがとうございます……ひとまず消火と、怪我人の救助を急がねば」
「そちらはゴステトゥーロや住民達の協力で、何とかなったよ。遠くを見てみろ。消火されているだろう」
「あ……」
言われてから辺りを見回すと、確かに火は消えていた。
いつの間に、こんなに進んでいたのだろうか。
「すみません……またしても皆さんに、ご迷惑をお掛けしました」
頭を下げると、今度はアレットに顎を掴まれた。
そのじっとりとした眼差しからは、怒りと呆れを感じる……。
「先生死んだらわたし後追い自殺しますからね?」
「申し訳ない。自分の命をアレットさんだと思って大切にします」
パッと手を離された。
「……知りませんっ。ベッドでたっぷりもてなしてもらわないと、許してあげませんから」
そっぽを向きながらも、横目でチラチラと見てくる。
「いいですよ。近頃は働き詰めでしたから……色々してあげたいです」
「え!? たとえば!?」
「本の朗読と、肩揉みと、それからブラッシング、あとはそうですね……子守唄なんてどうでしょうか」
「……ぶぅ。なんですか、それ。子供扱いじゃないですか」
アレットは頬をふくらませる。
何を期待していたのかは知らないが、これ大人でもされて嬉しい事のフルコースじゃないのか?
「まぁいいですけど……」
――ぎゅっ
真正面から抱きしめられる。
「とりあえず、先生のフェロモンたっぷり補給させてもらいますからね」
そう言ってアレットは、俺の胸に顔を埋めた。




