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第84話:先生と、最後の賭け


 エガンラウセン家、国防騎士団。

 それぞれが、この王立魔術学院の門戸を叩き、事務員達が対応に向かう。


 彼らは、あっという間に会議室へと辿り着いた。

 事前に学院の間取り図を渡してあったし、どちらも受付を通さず敷地を出入りする権限がある。


 スムーズに取り調べが行われ、俺が学院側に対応を求めて再三指摘していた案件の大半が、証拠を押さえられた。

 エガンラウセン家と国防騎士団それぞれの調査官に説明する。

 同時に説明するほうが効率的だから、両方とも一緒に動いている。


 ちなみにアレットは、ウスティナやピーチプレート卿と一緒に行動してもらっている。

 学院の中を歩かせるよりは、そのほうがずっと安全だ。




 他の教師達も調査官から説明を求められたが、その調査官が俺のところにも来た。

 その折、ミゼール・ギャベラーが後ろから茶化してくる。


「“ぼくのところにきたーやっぱりぼくのしゅちょうはただしかったんだー”……とか思ってねぇだろうな、ビロウズ君?」


 ……呆れた。まるで躾がなっていない。

 俺は思わず肩をすくめてしまったが、気を取り直して振り向く。


「複数人から証言を取るのは、ごく当然ですよね?」


「あ? テメェおい、スカしたツラしやがって――」


「――はいそこ! 調査の邪魔しない!」


 ミゼールが俺の胸ぐらを掴もうと詰め寄ってきたところを、調査官が割り込む。

 ほらね。大人げない事をすると、こうなる。




 一通り説明を終えて、会議室へ戻ってくる。

 すると、ホプキンスがわざわざ俺の近くまでやってきた。


「これは所詮、君自身の力ではない。あまり思い上がらないことだ」


「生徒達に健全な環境を与える為に尽力する事の、何が思い上がりだというのですか」


「心得ておきたまえ。一個人の独断専行で勝敗を決する事はありえないぞ。生徒達の青春と絆を、肥大化した無秩序な被害妄想のために台無しにされてはたまらないじゃないか」


 勝負事なんかにするなよ。

 生徒達の将来が掛かっているんだぞ。


 青春、絆……たしかに大切だ。

 だがそのために罪のない生徒を踏み台にする事があってはならない。

 そのような過ちは、糺されなくちゃいけない。



 ――バタンッ


 会議室の扉が押し開けられ、何人かがなだれ込んできた。

 ダン・ファルスレイ、ローディ……それから、まだ名前を教えてもらっていないエルフとドワーフの女の子達。


「聞いたぞ、ルクレシウス! こんなの不当なガサ入れだ! 冤罪には断固として立ち向かうぞ!」


 残念だけど、冤罪じゃないんだ。

 君達が冤罪だと主張しているそれは、杜撰な証拠隠滅行為も虚しく発覚した、紛れもない事実なんだよ。


「冤罪の根拠を、一応お聞かせ願います」


「それは……――」



 たどたどしく語られた、幾つかの論拠は……とてもじゃないが論理的とは言えないものばかりだった。


 曰く『あんなに明るいムードメーカーのあいつが、そんな事をする筈がない』とか。

 挙げ句に『賠償金目当ての捏造』『女として認められている事がそんなに不名誉なのか!?』『弱者のふりをしている奴がいる』『線引きを拡大すればキリがない』だのと……。


 はい、ここまでの話を、最後までちゃんと遮らずに聞きました。

 ツッコミどころしかない与太話を、最後まで! 遮らずに!


「追加で言いたいことはありますか?」


「いや、全部だよ」


「では反論をさせていただきます」



 物的証拠と状況証拠には、多角的な検証がなされている。

 捏造の可能性は極めて低い。


 まして、理念の異なる複数の組織が調査を進めている以上、捏造するメリットそのものが成立しづらい。

 ……という内容を、何度も話の腰を折られそうになりながらも、丁寧に丁寧に説明した。


「……僕からお伝えできる事は、以上です。反論を諦めないのであれば、反証をしっかりと書類にまとめ、法廷で証拠品として提出する事をお勧めします」


 と、ここでドワーフが顔を真赤にした。


「横暴であります! この冷血えこひいき教師!」


 続いてエルフも。


「お気持ち配慮!? お気持ち配慮ですかぁ!?」


 ふたりに便乗するように、ローディも声を上げる。


「そうよ! 惚れた女に格好つけるために、そこまでやるわけ!? 確かに女を複数人侍らせるのは男の甲斐性だけど、職権乱用は良くないわ!」


 まだ言うか。違うと言っただろう。


「……偏見を捨てて、よく考えてみてください。確かに絆というものは、たとえば君達や僕にとっては非常に大切かもしれません。ですが、だからこそ、罪なき誰かを踏み台にする為の口実にしてはならない筈です。何故、頑なに“被害妄想”と決めつけたがるのですか。あの子達が一体、何をしたというのですか」


「は!? すぐに答えられないような質問をするなよ!」


 いや、そこはすぐに答えられるようにしようよ……。

 ろくに調べもせず“被害妄想だ”とか“冤罪だ”とか、被害者達がどれだけ絶望すると思っているんだ。



 なおも食い下がるダンを、横から出てくる影が手で遮る。


「議論の必要はないぞ、ファルスレイ君」


「はぁ!? ホプキンス先生まで!? どうしたんだよ!?」


「先刻、国王陛下より捜査の中止が言い渡された。全ては王女殿下の血気に逸った独断専行であるとの結論が出たのだ」


 ……。


 ……?


 ……なん、だって?

 捜査の……中止……本当に、そんな事をしてしまうのか?


 いや、待ってくれ。

 まったく予想していなかったわけではないが、まさか本当に、その手に出てしまったというのか。

 めまいがする。



「……嘘、でしょう……?」


「嘘なものか。おい、きみ。見せてやれ」


 上手く動けないでいる俺をよそに、ホプキンスは事務員を呼び付け、エガンラウセン家のサイン入りの書状を俺に見せた。

 本物だ。魔術インクは偽造ができない。


“国王陛下の命により、調査活動およびそれにより得られた情報の一切を放棄する。

 本件は既に解決済みとされ、当方はこれを受諾した事をここに表明する”


 そう書かれていた。


「諦め給えよ。しかし、王女殿下の衰弱した精神に付け込んで、あらぬことを吹聴するとは。まったくもって度し難いな、きみという奴は」


 血の気が引いていく。

 視界が暗くなっていく。


 脅しじゃない、本当に……本当にやりやがった。

 学院は、俺が思っていたよりずっと腐敗していた。

 救いがたいクズが取り仕切るゴミの山に、無辜の生徒達が放り込まれているというのか。

 ああ……頼むよ……。



「それから、ルクレシウス・バロウズ。きみには最低3日の謹慎処分が下された」


「……そうですか」


「目に余る軽挙妄動だったとはいえ、能力は本物だ。それに、きみを慕う生徒は多い。今後は深く反省し、その能力を学院の為に役立てる事だな。追放でないだけ温情があると認識したまえよ」


「……」


「連れて行け」


 立ち尽くす俺を、両脇からホプキンスの生徒達が抱えて運んでいく。


「一応伝えておくが、抵抗は無意味だぞ」


「……そうでしょうね」


 王権により捜査中止命令が下った以上、この件はどうあがいても公的には触れられない事になる。

 強く噛んだ唇から、血が滲む。




 * * *




 俺は、ロウソクの頼りない灯りに照らされた天井を見上げた。

 研究室のベッドから起き上がる。


 昼間の事を思い出すたび、手のひらに爪痕がつくくらい強く拳を握りしめた。

 無力感で、全身が鉛のように重たい。



 ドアと窓にはそれぞれ、ホプキンスに従う生徒達が交代で見張っていた。

 学内では授業の過程で行われる実技講習を除き、たとえ正当防衛であっても生徒に攻撃を加えてはならない。


 だから、俺はおとなしく待っているしかない。



 今回外部に依頼した調査は、明確に犯罪行為とされるものについてだった。

 その調査を、国王が中止させるのは異常だ。

 恣意的に歪曲した報告書でも使っているのだろうか。


 公的な機関に依頼するという正道を潰された以上、次善策はデモ運動という事になる……。

 暴力を交えての要求は勝ち目が薄いし、正当性を証明できなくなる。世論も敵対的な視線を向ける事だろう。



 捜査の取消と俺の謹慎処分は、おそらく遠からぬうちに知れ渡る。

 そこから状況を動かす他ないだろうが、前回より確実に難しくなっているだろう。

 俺にできる事は殆ど無いかもしれない。



「なんだお前、消灯時間は過ぎて――ぐあぁ!」「ぬお!?」


 窓から、小さい悲鳴が聞こえた。

 程なくして、窓が開けられる。

 フードを脱いで揺れる銀髪と、紫色の目……よく知っている顔だった。


「エミールさん」


 見張りに攻撃を加えた事については……いや、今は不問にしておこう。

 両手を縛っているだけみたいだし。


「お師匠様……あの灯りが何だかわかりますか?」


 遠くを指さして、エミールは問う。

 だが俺には、どれが正解なのかが解りかねていた。


「僕を処刑場に送る、にしては灯りの間隔にバラつきがありますし、速度も遅いですね……」


「凶報じゃないですよ。実はあれ全部、デモ隊なんです。ウスティナさんと、ボクの姉さんが、お師匠様の謹慎処分の報告を聞いてすぐに動いてくれました」


「――!」


 そう、か……。

 王立魔術学院は俺の予想を超えて腐っていたけれど、エミール達のコミュニティは俺の予想を超えた情報伝達速度を持っていた。

 もしかしたら、思ったよりも早く、状況を変えられるかもしれない。


「お師匠様。合流しましょう。アレットが待ってますよ」


「行かねばなりませんね」


 これは最後の賭けだ。

 学院の対応如何によっては……学院から何割かの生徒達を避難させないといけなくなるだろう。

 その覚悟を、今ここでしておこう。



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