第82話:先生が、この学院でやるべき事
研究室と聞いていたが、随分と粗末な誂えだな!?
おそらく元は倉庫だったものを、中身を取っ払ってそれっぽい家具を揃えただけなのだろう。
そういえば、俺が以前使っていた研究室は学院を追われた際に解体されたって聞いたような……。
予想はしていたけどショックだな。
……でも、それより大切な事がある。
かつて受け持っていた生徒達の近況だ。
今日回った授業の中で何人かは顔を確認できたけど、詳細までは聞いていない。
「ギャベラー先生は、皆さんに退学をほのめかしていました。一体、何があったのですか?」
「はい。実は演劇の出し物の数日前、オスカー・テラネセムの暴行事件が学院裁判で不起訴になりまして、その抗議運動をしたら……校則違反だと」
オスカー……またしても、オスカー……ッ!!
体中の血液が沸騰しそうになる。
でもここで怖い顔をしちゃ駄目だ。
落ち着いて、落ち着いて……
対象を自身に設定……――
魔力量最小限で算出……――
“鎮静付与”
オーケー、これで多少おだやかな顔になれただろうか?
あとは言葉をなるべく柔らかく出力するだけ。えっと……
「なるほど、オスカーについては僕としても、なるべく早急に解決したい案件の一つでした。抗議運動の詳細を、教えてもらえますか?」
こう、かな。
俺の質問に、生徒達は互いに顔を見合わせる。
うち、ロエンが遠慮がちに挙手した。
「バロウズ先生は……ダンの奴が、オスカーの事件は冤罪だって主張してた事については、どこまで知ってますか?」
「課外授業に出る前から主張していたようなので、かなり以前から主張していただろう事は伺えます。彼は僕を目の敵にしているのか、まともに話してくれないので、正確な時期までは判りませんが」
「やっぱり敵対してたんですか」
「はい」
リード
「あいつが転校してきて、オスカーはすぐに打ち解けたんです。あのヤロー無駄にコミュ力だけはあるから、あっという間に友達同士に……クソ野郎が、ふざけやがって!」
サナベルが横からリードをつつく。
「落ち着けないならせめて、ちょっと黙ってて。えっと……それで、ダンは初日から飛ばしまくって学院最強の座に輝いたんですけどね」
それきりサナベルは黙り込んでしまった。
入れ替わりに、ジュリアンが口を開く。
眉間にシワが寄っていて、口元も歪んでいる。かなり怒っているようだ。
「オスカーのやつ、強い味方を引き入れて調子こいたのか、昔の事まで蒸し返して……いや俺知らなかったんですけど、ヒルダが部屋に連れ込まれた事……あいつが騒いだせいで明るみに出て……ちくしょう!!」
「もちろんご存知だとは思いますが、その件は本人の前で言わないであげてくださいね」
ヒルダ本人にとっては触れて欲しい話題ではないだろうからね。
すでに何度も誰かが彼女の目の前でその件に触れていたとしても。
「……ンなこたぁわぁってますよ!」
ならいいんだけど。くれぐれも気をつけてね……。
と、ここでアレットがずずいと割り込んで、ジュリアンを睨みつける。
「それを理解できる頭がありながら先生に八つ当たりするの、ちょっと理不尽じゃありません?」
「な、なんなんだよお前!?」
「先生の、助手です」
「話がややこしくなるので、冒険者パーティのメンバーで新入生ってだけ認識してくれると助かります」
……アレット。そんな頬を膨らませても困るよ。
そら、もう話を戻そうね。
「それで、行動を起こしたと」
生徒達は次々とうなずき、そして口々に証言する。
「署名を集めて、理事長への直談判を試みました。でも門前払いされて」
「成績劣等生の意見なんて聞く耳持たないそうです」
「それで、プツッとなって、みんなで看板持って、会議に突撃しようってなって……でも、準備していたところをギャベ公に見つかって……」
「あのクソ野郎! “許可のない集会は校則違反だ”って! “バラされたくなかったら何でも言うことを聞け”だと! ふっざっけやがって、頭にくるぜ!!」
「バロウズ先生の妨害の他にも、幾つかのいじめの隠蔽、成績優秀な生徒達のパシリとか、外部から探りを入れられたら白を切り通すとか……メチャクチャですよ。俺達がそこに協力したところで、他の人達が協力しなけりゃ成り立つ筈も無いのに」
「腹いせに違いない」
……ひどすぎる。
およそ、教師のやっていい事では断じて有り得ない。
論ずるまでもなく、度し難い汚職だ。
「大変でしたね……お力になれず、すみませんでした」
俺が受け持ったばかりに……この子達は数え切れないほどの悪意に晒されなければいけないというのか。
次の会議は、来週だな。
ならば……――
* * *
――新任は発言権がないというが、そんな既得権益を守るためにしか機能しない因習に従ってやる理由なんて無い。
だから、打ち明けた。
何もかもぶちまけた。
ホプキンスは至って涼しい顔で、周囲を制しながら立ち上がる。
「君は復帰したてだろう。いわば、経験があるだけで扱いは新人と同等だ。発言権までは許していないが?」
「では何のための参加でしょうか。まあ……参加を命ぜられずとも、参加する所存ではありますが」
「君に会議への参加義務があるのは、会議の内容には耳を通しておかねば業務に支障をきたす為だ」
「そういった因習が、生徒に対する蛮行を看過する理由になってはいけないでしょう」
「君のそういう青臭い愚直さが、かつての免職に繋がったと、なぜ理解できないのかね? 反抗的な言動は慎み給え」
「……」
抗議の意を込めて、無言で睨む。
「だいいち、その件は不起訴で結論が出た。もう終わった事を逐一騒ぎ立てるのは、学内の安寧を損ねるというものだ」
そこに召喚術学科のオニールも、
「ただでさえピリピリした雰囲気が漂っている。バロウズ先生、ご納得頂けない事は多々有りましょうが、どうかここは抑えて。大人なんですから」
などと、日和見主義者らしい発言で便乗してきた。
何が安寧だ。何が大人だ。
虐げられているのを見過ごして、自分達が楽をしたいだけじゃないか。
お前達は、いつだってそうだ。そうやって蓋をして、その結果がこれじゃないのか。
自殺者が出てもおかしくはないんだぞ。
俺が在籍していた頃だって、お前達が無理やり抑え込んでいるから自殺しなかっただけで、少しでもさじ加減を間違えれば悲劇が起きていただろう案件は、山程あったんだ。
目を背けるなよ。向き合えよ!
……なんて。
かつての俺は、そんなふうに怒ったりもした。
でもそのように怒るのは、もうやめにした。
「わかりました」
「ならば宜しい。王女は気が触れておいでだ。国王陛下も、お嘆きだったよ。だが騒ぎ立てられては面倒だから、君を再び学院に呼び寄せた」
「そうですか。警告は、しましたからね」
「ゆめゆめ、自覚ある行動を心がけ給えよ」
黙れよ。
お前達には、何も期待しない。
「善処します」
必要以上の追求はしない。
表面上は、ある程度はおとなしくしておくよ。
かつての俺は、馬鹿だった。
外部に助けを求める事もせず、学内だけでケリをつけようとしていた。
けれど、もう違う。
外堀を埋めさせてもらう。
この事は全て、各方面に拡散させる。
王立魔術学院の隠蔽体質は、外圧を以て木っ端微塵に破壊してくれよう。
……やることがいっぱいあるぞ。
証拠を一つ一つ、書類にまとめよう。
霊薬学科の授業では、関係する内容を授業中に済ませる。
生徒達に与える課題は、最小限に。
ただしその範囲をメインにして、テストに出す事をほのめかす……そうする事で関心を高めさせる。
幾つかの授業を股にかける必要があるならば、それを活かした捜査をすればいい。
今度こそ、生徒達の尊厳を……学びと共にあるべき安寧を、守ってみせる。




