第81話:先生、学院復帰の初日
前回投稿から間が空いてしまった事をお詫び申し上げます。
学院へ復帰した俺と、新たに入学したアレットは、学内の案内を受けた。
それも、ちょうど人手の足りない授業を手伝いながら!
前日に講義の順番を変更するなどという荒業は、そう簡単にできるものでもない。
(ホプキンスめ!)
まずはワイアッツの、魔術基礎学科。
アレットの自己紹介を挟んでから授業が始まる。
この学科は座学を中心としていて、魔術の成り立ち、歴史とか、属性魔術の簡単なものとかを学んでいく。
アレットに掛けられている呪いはまだ解けていないから、文字は読めないままだ。
そこは俺が適宜、図面を作ってサポートする。
今日一日、アレットは授業の度に自己紹介をしなくてはならなかった。
手間ばかりかかるが、専攻する学科が決まっていない以上は仕方ないだろう。
イザヴェロ・オニールの、召喚術学科。
召喚術の触媒をケチったせいで失敗が続出!
本日は一体どうしてこんな事になってしまったのだろうか?
かと思ったら、召喚の実習をする時はだいたいこんな感じだと生徒から聞かされた。
冗談じゃないぞ!
カート・ジョルジェノウィッツの、精霊術学科。
生徒の外見いじりを挨拶代わりにやるんじゃない。
意見を述べた生徒達に、自分の思想から遠ざかるほど減点するのもどうなんだ。
タリクス・エストマギウスの、霊薬学科。
提出課題が多すぎるし、それぞれの課題の内容に重複が見られる。
これは統合してしまったほうがずっと効率的だし、その部分が理解できなかった場合にこそ授業中で補足を付けるべきだ。
というか長期的なスパンの中で失敗しちゃっている。是正するには骨が折れるぞ、これ……。
結局は与太話が長すぎて、授業時間を大幅に超過して受講生達の昼休みの半分くらいが消えた。
おじいちゃん!!
最後はガラント・ホプキンスの、近接魔術学科。
両腕を縛られた上で、受講生全員と総当たり戦だ。
一人ずつ相手するとはいえ、結構しんどかった。
「ホプキンス教諭! この者の腹筋に一発お見舞いしても!?」
「許可する。やりたまえ」
「やぁああめぇえええろぉおおおお!! ぶほぉぇッ!?」「先生ぇええええええ!?」
……思い出したくもない。
付与術に頼らなかったら、この程度では済まされなかった。
あの野郎、一体どんな事を生徒に吹き込んだ?
殴ってきたときの生徒、スゴい形相だったぞ……。
「……ひどかった」
学院の敷地から少し離れた公園のベンチに座るなり、俺はようやく、その言葉を口にした。
隣に座るアレットも同感らしく、死んだ魚のような目で天を仰いでいた。
「うぅぅ……しかも購買部、あんなですもんね。以前から、あんな品揃えを?」
「いえ。以前よりひどい状況です」
購買部ではエナジーポーションがいっぱいあった。
かつて俺は、刺激物が多くて発育に悪影響だと何度も何度も忠告したのに!!
むしろ、あの頃より品数が増えている。一体どういう事なのか。
徹夜しなきゃ終わりそうにない課題が多いのも、あんまりじゃないか。
そんなに早死にさせたいのか!?
ただでさえ少子高齢化なのに、これじゃあ若者達を絶望させるばかりじゃないか。
少しずつ、変えて行かないと。
「アレットさんの所感を、もう少し詳しく聞いてもいいですか?」
「う~ん……思った以上に、ひどい状況ですね……先生が焦るのも解る気がします。窓ガラス、あちこち割れてるし……退学者リストなんかが掲示板にデカデカと貼られてたり、スカートめくりとか、殴り合いとか。治安悪すぎじゃないですか?」
やられたらやり返す、それ自体は責めるべきではない。
人の悪意は無限大。だから、自制を説いても聞き入れない相手はどうしても出てくる。
力を示して自衛する事は……結局の所、必要になってくる。
でも、問題はそこに到るまでのあらゆる事に大人が責任を取ろうとしてこなかった事だ。
そんな状況に追い込んだ事、生徒が暴力的手段に移らざるを得ない事。
それらに対して教師が、或いは親が責任をとっているようには……とてもじゃないが見えない。
みんな揃って、見ないふりをしている。
現状の“いじめには反撃を”というスタンスは、ダン・ファルスレイが主流になって広めているらしい。
けど、おかしな事に、教師は全くと言っていいほど介入しない。
さながら子供の喧嘩とでも言いたげだ。
問題が表沙汰になっているのに、無視するつもりか。
ダン・ファルスレイに何もかも背負わせるつもりなのか。
「……正直なところ、悪化しています。以前より、ずっと」
「なるほど……」
とはいえ。
「目についたのは悪い事ばかりでもありませんでした。何割かの生徒は僕を見た瞬間に、安堵したような表情を浮かべていました。それだけでも、戻ってきて良かったと思えます」
そんな顔を見るたび、俺は自分の両方にかかった責任の重さを実感する。
――この子達を、助けないと。
今度こそ、守りきってみせるんだ。
今度こそ、この学院を変えていこう。
そんな決意を、燃やすことができる。
「さて……問題は、これからですが――」
「――お前さぁ、その安堵した顔っていうのが“見下す相手が帰ってきたから”だってなんで思えないの? 他人の敵意に鈍すぎる。ホンッッットにムカつくぜ」
「ギャベラー先生」
ミゼール・ギャベラー……この度し難いクソ野郎は。
できれば二度と顔を見たくないが、この学院にいる以上は毎日のように付き合わなきゃいけない。
……いっそ力でねじ伏せてやれたなら、どんなに楽だったか。
「ビロウズくん、腕については世話ンなったなぁ。うっわぁ、あんときのガキも一緒かよ。ホプキンスの野郎、マジでやりやがったか。いや探す手間は省けたがよ」
「もう腕は、よろしいのですか?」
「るせぇ! セルシディアいた時ゃあ、さんざっぱらコケにしてくれやがったよな? あぁ!?」
……。
「……アレットさん、下がって」
「いいえ。立ち向かいます」
だったら俺は手で制する。
君をこれ以上前に進ませはしない。
せめてそれくらいは責任を取らせてくれ、アレット。
「ンだぁその目はよ? 俺が正しく教育し直してやらねぇとなァ!? おーい、もう出てきていいぞー」
……また自分の受け持つ生徒を使って袋叩きにしようとするつもりか。
性懲りもなくやってくるあたり、学院側は特に罰を与えてこなかったようだ。
いや、まぁ当然か。
ホプキンスも同じ手をやっていたもんな。
木々から、生徒達が出てくる。
……かつての半分ほどもいないけれど――
「どうして、僕がかつて受け持った生徒達を……」
みんな、みんな知っている顔だ。
胸が痛くなる。
数少ない救いは、この中にヒルダ・ラグザーとクゥト・ウェッジバルトの姿が無い事くらいだろう。
「ほら。お前らを置いてったゴミ教師だぞ! 無責任にも程があるよなぁ? てめえの無能さで追い出されといて、外でお前らと同い年くらいのガキとよろしくやってるんだぜ? ヤベェだろハハハ! こんなゴミは掃除しないとなぁ!?」
……ゴミは、お前だ。
なんて真似を。
「どうした、お前ら? やらねぇのか? おい、早くしろよ。こいつらボコボコにしたら、この前の事は黙っといてやるからよぉ!? 退学しなくてすむんだぜ? ほら行け、な? 行けって!」
「ギャベラー先生、少し黙っていてください」
と、俺が制しても結局ミゼールはギャーギャー騒ぐだけだ。
無視して、周囲の状況を確認する。
「バロウズ先生……」「ごめんなさい」「退学は、嫌だ……」
半分は、本意ではないが攻撃せざるを得ない生徒達。
リード、サナベル、ギリアム。
「あんたのせいで、こんな目に」「余計な事をしなけりゃ……」「今更ノコノコ戻ってきて……」
もう半分は、憎悪を露わにする生徒達。
フィオナ、ロエン、ジュリアン。
「……」
俺は、アレットを物陰へと下がらせる。
生徒達は武器を構え、ミゼールの指示を待っていた。
「オイ早くやれ!」
「「「おおおおおお!!」」」
ミゼールの怒号を合図に、生徒達が押し寄せてくる。
もみくちゃにされ、袋叩きにされる。
そんな俺の背中を、アレットが引っ張る。なんとか庇おうとしてくれていた。
「待って、待って下さいよ! どうして酷いことするんですか!? かつてお世話になった人じゃないですか! 離れて下さい、離れてっ!」
「邪魔するな! ブチのめしてやろうか!」
アレットには手出しさせないぞ。
それだけは駄目だ。
俺は数人の手首を掴んだ。
「アレットさんは、大切な生徒です。皆さんと同じくらい、大切な生徒なんです」
「――ッ! ふざけんな、置いてけぼりになった俺達の気持ちも知らないで!!」
「うッ……」
俺の頬をナイフが掠め、生ぬるい感触がツツーと頬から首に滴り落ちる。
俺はそれを拭うことすらせず、ただ両手を広げるだけだ。
「……ッ、やるなら、僕だけにして下さい。皆さんが落ち着いたら、事態解決に動きましょう」
「「「――!」」」
表情に動きが見られる。
葛藤、戸惑い……それから、無力感。
「僕を袋叩きにした事で皆さんの退学が取り下げられる……それが事実ならば、僕は喜んで身を捧げます。さあ」
……。
緊張状態が続く。
「バロウズ先生、ごめんなさい……俺……」
一人の生徒が武器を手から零れ落とす。
すると、他の生徒達も次々と続いて武器を捨てた。
俺は、広げた両手をそのままに少しだけ微笑んでみる。
責めない事を、態度で示してみた。
すると何人かの生徒達は駆け寄ってきて、口々に謝りながら泣いた。
「ごめんなさい、ごめんなさい……」「こんなの、やっぱり間違ってました……」
「お、お願いです、許してください」
遠くから見ているだけの生徒もいるけれど、それでもいい。
攻撃は、止んだ。
「よしよし……つらい思いをさせてしまいましたね……」
一人ずつ、その頭を撫でる。
俺にその資格があるかはともかく、少なくとも俺の受け持った生徒達は、こうすると安心してくれたから。
その間も、ミゼールに睨みを利かせるのは忘れない。
全員が落ち着いた頃合いに、一旦離れる。
「では、事実を確認させてください。果たして皆さんが退学しなくてはならない程なのかどうか」
ミゼールが、ツカツカとブーツの音を立てて近寄ってくる。
「お前さぁ!? 出戻り雑魚教師にそんな権限あると思って――」
――ガシッ
胸ぐらを掴む。
「……ミゼール・ギャベラー。あんたは必ず報いを受ける事になる」
「てめぇ……」
「皆さん、ついてきて下さい。上には一つ一つ順序立てて説明し、掛け合ってみます。大丈夫、皆さんが責任を取る必要はありません」
まずは真相を解明しないと。
俺は生徒を連れて、俺に宛てがわれた研究室へと足を進めた。
胸の中に、学院への恨みを募らせつつ……。
ミゼールはその場に立ち止まったまま、暗い眼差しで俺を睨んだままだった。




