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第77話:先生達の演劇鑑賞・急


 気がつけば俺は、食い入るように劇を観ていた。

 初めのグダグダ感は何処へやら、演者達も慣れてきたのか、勇者扮するダンの狼狽がなくなったためか。

 おそらく、ダンだけが原作の台本の台詞でもどうにかなるように練習をしていたというのもあったのだろうけれど。


 騎士達は魔王の部下達と戦いながら舞台の端へと下がっていく。

 魔王は中心に立ち、両手を広げた。


「くだらん争いにばかり明け暮れる愚かな人類よ! 何者かを悪と定義せねば満足な団結も儘ならぬ惰弱な人類よ! 我が理想郷を受け入れたまえよ! さすれば空に太陽は再び昇るだろう!」



 勇者が聖剣で斬りかかる。


「どうしてお前なんかにあれこれ管理されなきゃならない!」


 魔王がそれを弾き飛ばす。


「それが我らと人類の幸福を保障するものだからだ!」



 聖女がモーニングスターを構える。


「略奪を繰り返してきたくせに」


 魔王がそれを押し退ける。


「初めから痛みを以て調教すれば、人は容易くこうべを垂れる!」



 騎士団長が皆の前に立ち、盾を構える。


「貴様のそれは理想郷などではない! 圧制だ!」


 魔王がそれを掴む。


「恭順と沈黙のもとに生まれる平和は存在するとも!」



 黒エルフが物陰から飛びかかる。


「私の死んだ友人……スレイドリンは、同胞達を人間と共に歩むべく立ち上がっていた! 貴様なんぞに、邪魔はさせない!」


 魔王がそれを叩き伏せる。


「誰かと思えばいつかの小娘か! 聞いたぞ! 数百程度の領民で随分な増長ぶりだな!? 我が部下を屠ってくれた返礼に、貴様には特別な死をくれてやろう! 自らの名を貶めた、貴様の友人のようにな!」


「命の重さは、数では決まらない!」


 スレイドリン……?

 待った、その名前をなんで知っている?

 いや、あとで訊けばいい。集中、集中。






 コボルトが火の玉を放つ。


「弱者のためなどと嘯いているが、所詮はそれをダシに支配権を獲得したいだけだろうに! 太陽をこの世に戻せ!」


 魔王がそれを掻き消す。


「人ならざる者にありながら人の側に就いた愚か者め! 奪われた側が奪い返して何が悪いというのか!」



 総出でかかっても、膠着状態。

 だがその均衡を打ち破ったのは――



「我ら王国婦人兵団!! 総員、抜剣!! かかれェ!!」


「「「「「おおおおお!!」」」」」


 勇ましい掛け声。

 魔王は部下達と必死の抵抗を試みるが、圧倒されていく。



「勇者達よ! 私達で祈りを捧げ、その聖剣に力を込めます! 聖剣が完全な姿に戻ったら、魔王を倒せる筈です!」


「ああ!」


 祈りを捧げるシーンの最中、舞台が暗転してスポットライトが勇者に当たる。

 勇者は聖剣を眺めながら、舞台の中を歩き回った。


「俺には何もないと思っていた。一人じゃ何もできない。夢の中ではあんなに何でもできたのに」


 おっ、ついにダンもアドリブに目覚めたか?

 元の台本での展開を夢に喩えるのは上手いな。


「聖剣もご覧の通り、折っちまうし」


 観客達に折れた聖剣を見せる。


「俺に優しくしてくれる女の子には、つい意識しちゃうし」


 ……。


「でも俺は! そんな俺を受け入れてくれたみんなが好きだ! そんなみんなを受け入れる世界にしたいから……魔王を倒して、復讐の連鎖をここで断ち切るんだ!」


 暗転終わり。

 聖剣に光が集まって、元の形に戻っていく。


「太陽を、お前だけのものにはさせない!」


「そうともさ! 女も!」


「美しくなくとも!」


「人ならざる者も!」


「腕を失っていても!」


「「「「「太陽はいつもそこにあり、皆を照らしてくれる!」」」」」


 聖剣の光が魔王を切り裂く。

 空に満天の星が煌めいて、魔王は炎に包まれた。


「ぐわああああ!! この愚か者共! 諦観の秩序より、希うゆえの争いに身を投じるなどと!」


「それでも、誰かの独善で何もかもを決めるより、みんなで話し合って決めたほうがいい」


「我が消えようとも、次なる魔王は再び世に生まれようぞ!」


「誰かが道を踏み外す時、新しい勇者がそれを正しに行くさ」


「おのれぇえええええええ!!」


 暗転して、ナレーションが入る。


「こうして、魔王は倒されました。勇者達は凱旋ののち、盛大な宴会が開かれました」


 楽しそうな食事のシーンだ。

 婦人兵団を演じていた生徒達のうち数人が、今度は踊り子を演じている。


「勇者よ、話があります。王女としても、そうですが……私個人として」


「いかようにでも」


「私の夫に、次代の王になってはくれませんか?」


 ダンが何かを言いかけたところで――


「――勇者は王女のプロポーズを快諾し、善政を敷いたのでした。続いて聖女は……」


「争いの傷痕は残っている。世界中の怪我人を治してみせよう」


「これまでの旅路で培った治療の秘儀で、魔王軍との戦いで傷ついた人達を治すためにさらなる旅路を続けるのでした。騎士団長とコボルトの魔術師は……」


「教会で式場を用意してくれた」


「これからも宜しくな。愛してるぞ」


「ああ」


「ふたりは結婚し、いつまでも幸せに暮らしたのでした。そして、黒エルフの傭兵は……」


「ああ。スレイドリン……私の最も敬愛する、心の親友よ。今や私の領民も、人間と同じ水準で仕事を受け、食事を摂り、服を身にまとっている。あなたの望んだ世界です。あなたが再び生まれてきた暁には、共に謳歌しましょう。この太陽の光の下で」


 どこまでがアドリブか判らないが、並々ならぬ感情が滲み出ている。


「これは語られざる“もしも”の物語。私達の知る伝説とは大きく異なりますが、ひょっとしたら一部は真実なのかもしれません。或いはこれから訪れる未来の、ひとつの道しるべなのかもいれません……」


 締めくくられ、カーテンコールだ。

 役者達が順番に出てきて、役柄に合ったポーズを決めた後お辞儀していく。

 最後にみんな揃って、手をつないでお辞儀。



 ――パチパチパチパチ


 拍手は、多分この会場の半分以上から。

 そして当然、俺も拍手している。


 アレットは、満面の笑顔だ。

 ピーチプレート卿なんて感極まって歓声を上げ、立ち上がって拍手している。


 でもウスティナは……


「……」


 ウスティナの両手は、拍手をしようとして途中で止まったみたいになっている。

 真一文字に結んだ口元が、少し震えていた。


「お気に召されませんでしたか?」


「いや、その逆だ。私がどんなに頑張っても目にすることの叶わなかった光景を、ああなりたかった“もしも”の私を、劇の中とはいえ垣間見えたのだから。私が口にせずとも、私を知る彼女が肯定してくれた。だから……」


 ウスティナ……いつになく熱っぽい語り口だな。

 普段のような厭世観の滲み出る感じからは全然考えられない。


「私も、この旅路で救われたんだよ」


 その一言と共に、ウスティナの目元を覆う仮面の隙間から涙が出た。

 今までに一度も涙を見せなかった彼女の、これまた初めての、これほどまでに嬉しそうな声。


「ウスティナさん……」


 この人が溜め込んできた感情の大きさ、重さ、深さがどれほどのものかが伺えた。

 俺達より寿命が長い分、悲しい経験は俺達よりずっと多いだろう。


 少しでも報われたなら、俺も嬉しい。




 ……だが。

 一部の観客席から舞台へ、空き瓶やゴミが投げ付けられる。


 そこから少し遅れてやってくる罵声。


「グダグダにしやがって!」「ふざけんな!」「キャスト変えてやり直せ!」

「由緒正しい歴史ある演目を、よくも改悪しやがったな!」「台本書いたやつ出てこいや!」

「出てこい!」「出てこい!!」


 王室だって観に来ているのだからなおさらみっともない真似は止せよ、とも思う。

 ところが、騒ぎはすぐに収まった。


「ひかえよ!」


 鋭い声が会場一帯に響き渡り、暴徒たちを制したのだ。

 声の方角へ、一斉に視線が集まる。


わらわはクレイスバルド王国第三王位継承者、ミルディロズネ・ジ・アーク・クレイスバルドである! この劇を作った者を、我が前に連れてまいれ! くれぐれも、丁重にな」


 舞台に上がってきたのは本物の王女様、ミルディロズネ王女だ。

 観客席が一斉に片膝を着いて頭を垂れる。

 俺もそれに倣うが……視線は劇場に向けた。


 今度は王様までもが舞台に上がってくる。

 大臣や近衛兵も引き連れていた。


「ミルド、勝手な真似をするでない!」


「――父上」


 鋭く研いだ氷のような、冷酷な声音。そして、冷徹な眼光。

 そりゃあ、国王ですらたじろぐだろう。


「ううッ……」



「今一度問おう。この劇を作った者は、誰ぞ?」


 舞台袖から、おずおずとシャノンが出てくる。

 俺は立ち上がって警戒した。


「はい……わ、私です……」


「そなたの名を聞かせてもらおう」


「シャノン・フランジェリクと申します」


 名乗りを上げて、シャノンは片膝を着いて拝礼した。


「ふむ」


 腰に差した細身の剣を、鞘から抜く。

 観客達はざわめきつつも、その中には期待を隠せていない者もいた。


 処刑……? それは駄目だ!

 俺は遠くから、シャノンの首に、“障壁バリア付与エンチャント”を掛ける。

 くっ、この距離だと……魔力が霧散してロスが大きいな……!


「こ、こここ、この度は、ご気分を害してしまったこと、誠に――」


「――シャノン!」


 言いかけたシャノンを、王女は制す。

 俺を含む大多数の予想に反して、細剣はシャノンの肩に軽く置かれただけだった。

 あれは、称号を授ける時の様式じゃないか。


「ミルディロズネの名に於いて、そなたに勲章を授けよう。後日、楽しみに待たれよ」


「……へ?」


 剣を鞘に収め、王女は拍手した。

 いたずらっぽい笑みを浮かべつつ。


「そなたの作劇、実にブラヴォーであったぞッ!!」


「あ、あの……」


「昨年も一昨年も代わり映えしない出来で、女は須らく道具のようであった。現実でさんざん、自らの心を殺さねばならぬというに……――それに引き換え、今年は心躍った!」


 たじろぐシャノンをよそに、王女はシャノンを抱き寄せる。


「心して聞けよ? かつてこの王国が魔王ゾディオストロと戦ってから今もなお連綿と、虐げられる者達がいる。そなたの劇は単純化こそしていたものの、その解決方法についてのヒントが記されていたし、皆が幸せになっていた。予定調和で与えられた幸せではなく、各々が自ら考えて掴み取った幸せのようだった。婦人兵団だったか……登場人物の数を絞り込んだ代わりにああいう形で上手く落とし込んだのは完璧な采配ではないか!」


 すごい。すごい早口……。


「とにかく! ……そなたの劇が、初めてなのだ。妾の心が、斯くも躍ったのは」


「あ……ありがたき、幸せ……」


 シャノンはその場にへたりこんだ。破天荒な王女様も、それを無礼などとは咎めない。

 今度は暴徒たちに邪魔されず、それ以外の皆が拍手した。

 万雷と言っていいほどの喝采だ。


 俺はふと空を見る。


 空は、太陽が輝いていた。

 ……ああ、現実もこの劇みたいに行けばいいのに。

 そんな事を、俺は思ってしまうのだった。



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