第六話 不死種
かつてマスターである俺が座していた豪奢な椅子の背もたれには金細工の紋章が刻まれ、肘掛けには獅子の彫像が睨みを利かせている。
そして今、その椅子の前の黒曜石の床に敷かれた古びた絨毯の上に俺たち四人は輪になって座っていた。
なぜいつもの会議室ではなくてこんなところにいるかだって?
そんなの決まっている。
「おぉ~! この焼き加減、完璧!! いやぁ、コンロのいらないゴラクZさんの熱気がありがたいねぇ!」
―――俺は、焼き上がった肉を手に取りながらそう言った。
鱗のついた指先に、肉の温もりがじんわりと伝わる。 それは、確かに“かつての世界”の感触だった。
俺たちは今、先ほどゴラクZさんの熱気によって燃え盛った森を俺が吹き飛ばしたときに出てきた偶然の産物……この森に棲んでいた魔獣の肉を熱気で焼く焼肉パーティを行っていた。
「うっま~~~~~!!」
「ふん……俺の炎はただの灼熱じゃない。王の灼熱。そりゃ美味いだろうよ」
ゴラクZさんが炎の鬣を揺らしながら、誇らしげに言い、自身も目の前の肉を手に豪快に噛みちぎって食べていた。
ただ……その隣で黙って座っている二人――猫バイトさんとサクラノヴァさんは、手を伸ばすことはなかった。
理由はもちろん……。
「……えっと……あの……」
俺が言いにくそうにしていると猫バイトさんは岩の肩をすくめて笑った。
「いやいや、気にしないでよ! 僕は岩の巨人だからそもそも食事の必要がないし……この体になってからお腹も空かないし!」
それに加えるようにサクラノヴァさんも、骸骨の顔をこちらに向けて静かに言う。
「俺も同じだ。肉体がない以上食事は不要だからな。……むしろ寝なくてもいいこの体はいいぞ? 休日がいれば欲しがりそうな体だろうよ」
と、サクラノヴァさんが冗談めかして言い、僕らは懐かしむように微かに笑った。
……けれど、やはり胸の奥では笑いに混じる小さな痛みが消えなかった。
本当は彼らも思うところはあるはずだ。
かつて人であった頃の普通が普通で無くなる感覚はどれほどの苦痛が伴うか……。
でもそれを彼らが言わないのであれば、俺に何も言えるわけがない、よなぁ……。
――して、ふと視線を落とした俺の手元にある肉を見て、サクラノヴァさんが口を開いた。
「……だが……やはり不思議な点があるな」
サクラノヴァさんがそう口にすると、ゴラクZさんや猫バイトさんも同様に頷く。
「ウム……マスターが仕留めていたこの魔獣……これは……」
「うん。僕たちがやってたゲーム、【ユグ:ドライアス】に出てくる、素材モンスターの一種と全く一緒というのは気になるね~……」
みんなの言葉に俺もこの肉の元の姿を思い出し、やはり俺もまた疑念を抱いた。
……確かに、先ほどの風圧で不運にもそこにいた魔獣は、まさにゲームに出てくる【魔獣】と呼ばれる十種族とは別に存在する素材モンスターの一種と全く一緒だった。
それが指し示すこととすれば……。
「……つまり、一応世界自体は【ユグ:ドライアス】と同じ世界、ってことなのかな?」
俺の言葉にサクラノヴァさんは細い指を顎の下にあて、しばし考える素振りを見せた。
「……現状はその可能性が高いだろうな。……だが、確証を得るには情報が足りなさすぎる……。まずは周辺を探索する必要があるだろう」
脳裏に響くその静かな声が響くと同時に、猫バイトさんが岩の体を跳ねさせるように立ち上がった―――が。
「探索!? 異世界探索なら僕が行きたい~!!」
「まぁ待て。逸る気持ちは分かるが……今回は既に役割を俺が決めている。……当面はこの城の警備・防衛を猫バイトとゴラクZに頼みたい。そして外の探索を俺とマスターでやろうと思っている」
意気揚々と立ち上がった猫バイトさんを手で制し、そう語るサクラノヴァさんに、猫バイトさんは分かりやすく肩を落とした後、岩の腕を組みながら少しだけ首を傾げた。
「……え~! 行きたかったなぁ……って、そう言えばサクラノヴァさんって不死種じゃん? ゲームならいざ知らず、この世界での日中のダメージって大丈夫なの?」
「ウム……確かに。俺が外に出られないのは理解したが……サクラノヴァも影響が大きいのではないか?」
―――不死種。
かつて【ユグ:ドライアス】の世界において最も異質で、最も人気を集めた種族の一つとして名高いこの種族は他種族と比べて異なる点が多岐に渡る。
ゾンビやスケルトン、リッチにグール、果てはゴーストからヴァンパイアなど……種族レベルの上昇値によって変化する姿はいくつかあるが、とはいえそのいずれにも他種族にはない昼間の太陽光での継続ダメージ判定や聖属性攻撃の乗算ダメージ判定という“お約束”のデメリットが存在する。
ただまぁ、それでもなお不死種の最大の特徴の前では小さき事。
不死種における他種族との最大の違い、それは”不死”という特性にこそある。
これはその名の通り、ゲーム内での死亡判定が行われないというものであり、先に述べた太陽光や聖属性攻撃などといった弱点を突くもの以外では彼らを倒すことができない。
勿論、ゲームでの敵による攻撃においても同様。
まさに無敵かのように思え、明らかにゲーム内でのメリットが多大なようにも思えるが……しかしこのゲームをプレイしている人ほど、不死種は絶対に選ばない……いや、選ぶわけがないという共通認識が存在している。
―――理由はただ一つ。
不死種最大のデメリット―――消滅。
当然ゲームである以上、キャラクターが死亡すれば復活ポイントから復活することができる。
しかし、不死種は死ぬことがないことから死亡判定ではなく、代わりに消滅判定というものが設定されている。
これは、弱点を突かれて彼らが消え去ったとき――――そのゲームデータすらも消滅するという鬼畜仕様だ。
分かりやすく言えば、一度でも消えれば強制データリセット……というわけ。
……考えた人はアホですか???
……まぁそれはそれとして。
故に、知る人は語る。
―――不死種とは、最強の種族にして、最強の縛りプレイヤーだと。
……して、これに加えてもう一つだけ、かの種族を代表する言葉が存在する。
それが―――。
サクラノヴァは二人の疑問に静かに顔を上げ、ローブの袖を持ち上げて指先に嵌められた黒銀の指輪を見せた。
その表面には太陽を象った逆紋が刻まれており、僅かに光を放っているようにも見えた。
「これって……」
「……ふん、心配には及ばない。俺は不死種の王だぞ? 日光によるダメージを完全に遮断する対日の指輪は当然所持している」
「げっ!? すっげぇ~! それ種族専用ガチャの目玉景品じゃん……エ、いくらかけたの……?」
その指輪を見た猫バイトが感心したように目を見開き、ゴラクZさんは唸りながら再び炎の鬣を揺らした。
それに対し、サクラノヴァはゆっくりと両手を掲げ―――すべての指を立てた。
「十万……? それならまだ―――」
「―――百だ」
……。
「……正確には百二十だがな」
いや、聞こえてますけど、という言葉は、もはや誰も口にできなかった。
確かに、数千数万ものプレイヤーが存在するこのゲームにおいて種族王になるということはそれなりにお金をかけなければいけないこともある。
いくら実力で上に上がれるとはいえ、便利になる課金要素がないわけでもないのだが……それでもなお一つの商品に百二十万とは……。
さすが【ユグ:ドライアス】において、その特性から消滅を避けるために限定ガチャを回し続けなければいけない故に最もマネーパワーを強いられる不死種……"課金装備の亡者"なだけあるぜ……。
今の姿じゃシャレにならんかもだけど……合掌しておこう――――。
「……それで、他に異論は? ……ないなら、問題ないな。それで決まりだ」
―――と、その金額の異常さに引き気味の俺らが何も言えないことから流れるように決まった異世界探索だったが、この時。
既に俺たちの物語が大きく動いていることに―――俺らはまだ気が付かなかった。
―――それは、俺が吹き飛ばした森の境界線上のこと―――――。
◆◇◆
「なん……っだ、これは……っ!?」
そう叫んだのは、銀の甲冑に身を包んだ青年。
王都守護隊第七番隊の隊長――レイヴという人物。
王都守護隊一の守銭奴で、此度の依頼に関しても我先にと他の依頼を放棄し隊を率いてたどり着いた先に彼が見たのは―――まるで何者かが城を中心に森を抉ったかのように広がった巨大な荒地だった。
かつてそこにあったはずの木々は跡形もなく消え失せ、先に見える城を等間隔で覆う森の境界線がさらにその異様さを感じさせていた。
《グレイヴミルの森》。
王国北端に広がる未開の地であり、そこには獰猛で凶悪な魔獣が住んでいると言われている。
―――そのはずだった。
「隊長……やっぱり魔獣の一匹もいないのはおかしくないですか……?」
「えぇ……それに、魔獣だけではなく他の生き物の気配すら……まるで何かに怯えているかのような……」
「それに……なんだかこの辺、やけに暑くないか?」
仲間たちがぽつりと呟くその言葉に、レイヴは額に滴る汗を拭いながら眉をひそめた。
確かにこの辺りは森が消え去っているせいで日照りが直接地に差し込むせいで熱気を帯びて陽炎を残してはいるが……しかしそれだけとは思えないほど、周囲の熱気が肌を刺すようにまとわりついてくる。
「……気温が異常……それが魔獣がいない理由だといいんだが……。あの城を見ていると、まるで何かがこの地を支配しているような……そんな気にさせられるな……」
レイヴがそう言うと、後方に控えていた魔法使いの一人――ローブ姿の青年が前に出た。
「隊長……とりあえず探知魔法を試してみます。魔力の流れを見れば、何かしらの痕跡が……」
そう言って、青年は静かに詠唱を始める。
空気が震え、彼の周囲に淡い光が広がった――が。
「……っ!? な、なんだ……っ!?」
すぐに光が弾けるように消えた。
それは何かに拒絶されたかのように、魔力の流れが断ち切られたのだ。
「なんだ、何が起きた?」
「い、いえ……これは……魔法が届かない……? い、いや、違う! 何かが遮っているような感じがします……」
魔法使いは兵士としてはまだ若い。
しかしそれでも王都守護隊の一員に数えられる精鋭の魔法使いであることをレイヴは知っている。
だからこそ、目の前で起きた事実に再び汗が体を伝うのをより強く感じた。
「……王都の戦力を超えるほどの強力な魔法使いでもいる、ってのか……?」
するとその様子を見ていた斥候の一人――軽装の青年が焦れたように前に出た。
「……なら俺が直接見てきます。この辺りには障害物はないですが……何かあっても俺の速度なら躱せますから!」
「お、おい待て、無理はするな!」
―――と、レイヴが制止する間もなく斥候は素早く森の境界線へと駆け寄り――その足が、境界線を越えた瞬間。
「――っあづッ!!」
短い悲鳴が上がった。
突然走った体の痛みに、斥候らしく悲鳴の声を抑えていることから相当な実力を宿している彼だったが、しかしその足元からは黒煙が立ち上っていた。
靴の先が焼け焦げ、皮膚が赤く爛れた彼は苦しみながら辛うじて境界線の内側に倒れこむ。
「お、おい! 大丈夫か!?」
「~~~っ……す、すみません……っ。けど、熱が……っ!」
斥候は涙を浮かべ、息を荒げながら足を押さえた。
その様子を見たレイヴは、思わず息を呑む。
(足を踏み入れただけで焼き焦がすほどの熱気……だと? ……ふざけるのも大概にしろ……!)
レイヴの背に冷たい汗が流れた。
だがその汗すら周囲の熱気にすぐ蒸発していく。
……もし、斥候が境界線の外―――荒地へと倒れていたら……そう考えるのも悍ましい事実を彼はすぐに頭を振って払拭し、小さく仲間たちに告げた。
「……金は命がなけりゃ使えん……デュランはトーレスを連れて先に撤退しろ。俺とフォルカで他の仲間を待つ」
隊長の指示に隊員たちは無言でうなずく。
その場に漂う空気はただの異変ではなかった。
理の外側――“異質”ともいえる気配に、誰しもが言葉を失う中。
「一体、何がいるってんだ……!? あの城に……っ!」
半ば泣き言のように零したその言葉を皮切りに。
王都と異界の王たちの物語が静かに交差し始めていた――――――。
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