第二十話 彼女の決意と俺たちの意思
「私たちが暮らす王都 《サルトルーク》は……かつては活気に満ちた美しい都でした。朝には市場の鐘が鳴り、通りには笑顔の商人と子どもたちの声が響く。季節ごとの祭りでは、貴族も平民も垣根なく踊り、広場には音楽と香ばしい屋台の匂いが溢れていたこともあるぐらいです。……人々は互いを信じ、助け合い、誇りを持ってこの国を支えていたのです」
俺の質問に、小さく息を吐いてそう答えてくれた目の前の女性―――ソフィアさんは、過去を思い出してかどこか悲しい目をしていた。
そして、その話の中で少しだけ引っかかった点について俺は口を挟む。
「……かつての、ってことは、今は違うのか?」
正直、俺らの世界に王都としての名称で《サルトルーク》というのは聞いたことがない上に、俺らが転移する前の暮らしが存在している事実についても気になった点ではあるのだが、それはソフィアさんに聞いても分からないだろうからな……。
「えぇ、仰る通りです。現在、我が王都は非常に不安定な状態にあります……。表向きは平穏を保っていますが、実際には……」
彼女はそう言って視線を落とした。
その横顔には、わずかな疲れが滲んでいた。
「……それもこれもすべて、今の王が即位した頃から始まりました。現在の王は、先王の死後に即位した"ゼルファリオ=マギステリア"。武力による支配を好む王故に、即位後から急激に強硬な政策を取り始めました。外敵への警戒を強め、軍備を拡張し、まるで自分の力を誇示するように周辺の魔物の討伐を名目に各地へ兵を派遣し始めたのです。……王の意に沿わぬ実力者を排除するための施策、といったところでしょうか……」
「ねぇねぇ、なんか長々と語ってるけどさ~、それって王として民を守るための行動としてはそんな間違ったことはしてないんじゃない?」
と、彼女の話にいきなり猫バイトさんが割り込んだことに思わずサクラノヴァさんが止めようとするも、彼女は特に気にするでもなく話を続けた。
「……言葉だけで見ればそう思う人もいるでしょう。……ただ、王はその守るべき民ですら前線へと無慈悲にも送り出し、気に入らない者がいれば即刻裁きを下すのです」
「あ~独裁政治ってやつ~? 確かにそれは良くないね~」
そう語る彼女の語り口は冷静だったが、どこか諦めにも似た感情が感じられた。
「話を戻しますが、王の凶行の矛先は今や私たち王都を護るために編成された守護隊にも向けられています。忠誠心の高い者が重用される一方で、私のような王への忠誠が低い者は、こうした未知の場所へと赴かされ……そこで命を落とす者がいることも彼の謀略の内で……」
彼女はそう言って、わずかに自嘲気味に笑った。
だから俺は思わず疑問を投げかけた。
「……民もソフィアさんも、反乱は起こさないの?」
彼女は少しだけ目を伏せ、そして答えた。
「そう考えたことも当然ありますし、何度か私が不在の時に起きたことがあると聞きました。……しかし、そのいずれも失敗に終わっているのです」
「全部が失敗に……? って、それって王様自身が強いってことですか? それともその王派の守護隊が強いとか?」
俺の問いに彼女はわずかに頷く。
「後者です。王は自らの血筋から権力を振りかざすだけの存在ですが、それらを守る実力者である王派の守護隊長が数名……そしてなにより、彼の従える強力な魔獣がその悉くを排除しているのです。隊長同士の一対一ならいざ知らず、複数に囲まれては私でさえ……」
「へぇ~、守護隊長に魔獣ね……守護隊長はさておき、魔獣の姿はどんな感じなんです?」
俺が身を乗り出すと、彼女は少しだけ視線を逸らして低く答えた。
「すみません……私はあくまで王派ではありませんので、そこまでの秘密には触れることができませんでした。……ただ、王の間の奥――玉座の背後にある大きな檻……姿は闇に紛れて見えませんでしたが、魔獣はあそこにいます。……それだけは確かです」
その言葉に俺は再び背もたれに寄りかかる。
そっか……姿さえ分かれば【ユグ:ドライアス】で見たことのある魔獣か分かったんだけど仕方がない。
それにしても玉座の背後の姿の見えない魔獣に、何人かの守護隊長。
そしてそれを“従えるだけ”の王ねぇ……。
―――多分外れかなぁ……。
「……よくわかりました、ありがとうございます……って、俺らのが結果的に多く質問しちゃってましたね。次は俺らが答えられることならなんでも答えますよ」
俺のその言葉に彼女は一瞬だけ驚いたように目を見開き、そして――何かを覚悟するかのようにきゅっと口元を結んだ後……こう続けた。
「……質問……ではありませんが、一つ、お願いがあります」
「お願い?」
俺は少し身を乗り出しながら問い返す。
彼女は深く息を吸い、そして心の奥底から絞り出すように言った。
「……はい。これは貴方方にとって利点がある提案ではありません。……ですが、先ほど私がお話ししたように、今の王都は腐りきっています。……お恥ずかしい限りですが、私一人の力では何も変えられず……! どうか、貴方様方のお力を貸してほしいのです……!」
その声には懇願というよりも叫びに近いものがあった。
彼女の拳は膝の上で強く握られ、肩はわずかに震えている。
それに対し、俺が口を開こうとしたその時―――サクラノヴァさんが静かに口を開いた。
「……どうして俺らが助けられると思った?」
「……え?」
サクラノヴァさんの言葉に彼女が戸惑いの表情を浮かべ、彼の人間姿の瞳がじわりと揺れた。
「……それに、俺らが今の王に共感し、ここで貴方を殺さない保証がどこにある?」
「えっ? サク……サクラノヴァさん?」
――が、突如彼が発した台本にない言葉に俺が思わず声を上げ、猫バイトさんも「えぇっ!?」と岩の耳をぴょこぴょこさせて驚いた。
あれぇ!? とりあえず仲良くするのが目的じゃなかったっけ!?
ここで恩を売っておいたほうがいいんじゃないっけ!?
サクさん、どうしちゃったの!?
俺はそう内心で焦り続けていたがしかし、サクラノヴァさんは冷静に彼女を見据えている。
少し間が開いた頃。
やがて、目の前の彼女はそれに対して少しだけ息を吐いた後、話し始めた。
「……先刻、私は王都近くのある村を訪れました。……そこの村人曰く、彼らはそこに降りかかる火の粉を払った後、何も言わずに立ち去ったと言います」
近くの村っていうと……あぁ、この人は俺とサクさんが行った後に来たのか。
「……勿論、それだけで断定はできませんでした。……ですが、私もこれでも王国を守護する身……明確な敵意や悪意が滲んでいれば察することができます。……その上で、貴方方と会い、少なくともあの狂王とは違うことは分かりました。……私には、それだけで十分なのです」
そう話す彼女の言葉に、俺は何となく、彼が問いかけた言葉の意味が理解できた気がした。
彼女の目は真っ直ぐで揺れておらず、ただ目を逸らすことなくサクラノヴァさんの瞳を見据えている。
そして――サクラノヴァさんはそれを聞き、さらに踏み込んだ問いを投げかける。
「……もし、その目の前の相手が、人間じゃないと知ってもか?」
「……っえ?」
「サクラノヴァさん!? それは言わないはずじゃ―――!」
あまりにも急な俺たちの核心に迫るような言葉に猫バイトさんが慌てて声を上げる。
だが、俺は猫バイトさんの前に手を翳して制した。
「―――猫バイトさん」
ただ、それはサクラノヴァさんの意思に全てを従わせようとしているわけではなく、単純に彼が今、何を思って、どうしてそんなことを聞いたのかを理解できたから。
そして当然、一方の彼女は困惑したように俺たちを見回す。
「人間じゃ、ない……? い、いや、何を言って……貴方方は私たちと同じ人間―――」
しかしその言葉が終わる前に、サクラノヴァさんは静かに指輪を外した。
その瞬間――彼の姿が変わる。
人間の外見は瞬く間に崩れ、ふくよかな体から黒いローブが舞い、そのフードの下から現れたのは……白く乾いた骨。
深い眼窩の奥に青い光を宿した――――死者の王としての姿。
「なっ―――!? リッチ……!? ッぐ……しかし、な、なんだこの圧は……!?」
そう言い放った彼女は思わず後ずさり、扉の近くまで下がって思わず膝をつきながら息を乱した。
その顔には、驚愕と恐怖が入り混じっているのがわかるが、それも当然。
指輪の効果には完全な擬態能力があるために、普段のサクラノヴァさん―――不死種の王としての"圧力"と"死の気配"は隠れていて気が付かず、今しがたそれを近距離で浴びることになったのだから。
まぁ……彼の無垢な姿はリッチという俺らの世界では下級の不死種と勘違いされるのはよくあることだったけれど、しかしそんなことすら彼にとっては些事のようで、サクラノヴァさんは静かに言葉を続けた。
「……これでもまだ、俺たちが信用に値するモノだと言い切れるか?」
「~~~~~っ!」
彼の脳裏に響く言葉に彼女は言葉を失い、拳を握りしめたまま立ち尽くす。
俺はサクラノヴァさんの意図を理解している。
うん……まぁ理解しているんだけどさ?
……いや、その上で言うけど、コレは流石に無理があるんじゃないか……?
そりゃ実は俺って魔物なんですよね~!って言って、その相手が魔物どころか死者だなんて誰が見たって困惑するに決まっているじゃん?
ほら、彼女……腰に掛けてる剣に手をかけてるし……。
……ま、だからって俺も今更実は竜種でした~なんて言ったところで更に困惑させるだけだし……ここは……うん、一旦冷静になりますかね。
そうして俺はこの様子を見かねて、ゆっくりと口を開いた。
「ソフィアさん……あの……別に先の件については呑んでもいいんですが、こちらからもまた条件を出してもいいですか?」
「条件……だと……!? まさか私の命を―――!?」
と、彼女が警戒を強めるのを見て、俺はすぐに手を上げて否定する。
「あぁいやいや! 命を奪おうとかそんな物騒なことはしないので安心してください。求めるものはただ一つ。……俺らの本当の姿を見て、それでもなお、さっきと同じことを言えたのなら――――俺たちは、必ず貴方の力になる、というのでどうでしょうか?」
―――――その言葉に、沈黙が落ちる。
彼女は依然として骸骨の姿となったサクラノヴァさんを見つめ、俺の言葉を噛み締めるように聞いていた。
これは、彼女にとっては試練のようなものだろう。
……だけど、これは俺たちにとっての試練でもある。
俺たちがこの世界で認められる存在なのかどうか。
まともな感性を持つ彼女の答えで……俺たちの運命は大きく変わるだろう。
ただ……。
―――そこで俺は彼女の表情を見て、ふっと息を吐いた。
だって目の前にいる彼女は――――かつての彼女と同じ目をしていたから――――。
【応援お願いします!】
「続きはどうなるんだろう?」「面白かった!」
など思っていただけたら、下にある☆☆☆☆☆から、作品への応援お願いいたします!
面白かったら星5つ、つまらなかったら星1つ、正直に感じた気持ちでもちろん大丈夫です!
ブックマークもいただけると本当にうれしいです。
何卒よろしくお願いいたします!
更新は第一章は毎日【AM1時】更新予定です!




