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第十九話 最強の獅子ならぬ犬




「なぁ……とりあえず、さすがにこの姿のまま会うわけにはいかないじゃん? でも《幻惑の指輪-人間種(ヒューマ・ナイズ)》って二つしかないんだよな? どうする?」


俺は円卓の端に腰を下ろしながら、鱗の浮いた腕をみんなに見せる。


剣聖との邂逅に向け、会議室の準備をしている俺たちだったけど、ふと思い出したように俺はそう告げた。

このまま剣聖と対面するには、さすがに見た目が異世界ファンタジーすぎる。

冷静な話し合いを望んでいる側が、骸骨に大岩、燃えるライオンだなんて無理がありすぎる……。

けど、以前サクさんが言ってた感じだと人間種に誤魔化すことができる指輪の数は二つしかない。

つまり、誰かが“人外”のまま出るしかないワケなんだが……。


「う~ん、正直マスターはほぼ外見は人間だし、鱗を隠せばそのままでいいんじゃない?」


と、創造種らしく、飾り付け用の折り紙やらパーティグッズを生み出している岩の巨人――猫バイトさんが、岩の頬をぽりぽりと掻きながら言った。

彼の重厚な顔の頭上には可愛らしい猫耳がぴょこぴょこ動いてて、妙に説得力がある。

初対面でこんなのが出てきたら普通に気絶してもおかしくはないからな……っていうかそのパーティグッズはいつ使うんだ……?


「つっても、他三人がマジの人外異形じゃん? どの道、個数が足りないし……」


俺がそう言うと、場の空気が一瞬だけ静かになった。

猫バイトさんが生み出した茶葉で作ったお茶を温めているゴラクZさんは炎の鬣を揺らしながら唸り、遠距離から剣聖を案内しているサクラノヴァさんはローブの裾を静かに整えていた。

三者三様に動きながらも、場には何か策を考え込む空気が漂っていた中、ゴラクZさんがふと猫バイトさんの方へ顔を向け、 炎の鬣を揺らしながら首を傾げた。


「猫バイト、創造種の力でどうにかならないだろうか……?」


それを聞いた猫バイトは手を止め、石の顎に手を当てながらうーんと唸る。


「さっきサクラノヴァさんにも言われて試したんだけどね~? ここにはシステムの制限がないから装備品でも何でも創れはしたんだけどさ……今回のに限っては何回か実験とかしないと戻れなくなったり変になったりする可能性があるから、すぐには難しいかもな~……」

「フム……そうか……」


そうしてゴラクZさんは短く息を吐き、再び腕を組んだ。

その横で猫バイトさんも石の指先をこつこつ合わせながら考え込む。

再びみんなでどうすべきかを考えていたその時、サクラノヴァさんがこれしかないといった面持ちでゴラクZさんに向かってこう言った。


「……ゴラクZ。お前、プライドはあるか?」

「サクさん? 急に何、どうしたの?」


俺は彼の言葉に眉をひそめた。

猫バイトさんもまた「え? え?」と岩の指をぱたぱたさせて混乱している。


「ウ、ウム、あるかないかで言えば当然あるが……それがどうかしたか?」


当の本人であるゴラクZさんは少しだけ身を引きながら困惑の表情を浮かべ、驚いたのかお茶が少しだけ零れてしまい、それをいそいそと拭き始めた。

しかしそんなことなどお構いなしにサクラノヴァさんは一歩前に出る。


「……仲間のためなら、そのプライド……捨てられるか?」


ローブの裾がふわりと揺れ、眼窩の光が鋭く光る。

そしてその瞬間……俺は彼の言葉のすべてを理解した。


「……え、いやいやいや、それは流石にどうなのかなぁ!?」


思わず声を上げた俺の言葉に、ゴラクZさんもそのすべてを今しがた理解したようで、少しだけ天井を見上げ……。


「あぁ……俺も察したよ。……だが、そうするしかないのなら……俺は喜んで地を舐めよう……」

「いいの!?!?」


彼はゆっくりと四つん這いになり、床に額を擦り付けた……。

炎の鬣がしゅうしゅうと音を立てて、哀愁を漂わせているその姿はまるで―――。


「ワン」

「ガオーでいいでしょ、そこは……って本当にこれで行くんだ……」


まるでライオン……いや、犬のような姿に突っ込む俺に、猫バイトさんはあまりの可笑しさに高笑いをする。

そんな異常な光景に、サクラノヴァさんは骸骨ゆえの無表情でこちらを見据え、言い放った。


「案内は終えた。いよいよご対面だ―――猫バイト、この指輪を。……さて、では俺らなりのおもてなしをしようじゃないか―――」


そう話すサクラノヴァさんは……その骸骨とローブ姿のせいで、どこからどう見ても勇者を待ち構える悪役の魔王にしか見えないのだった――――。




◆◇◆





―――そして現在。



扉が開いてから数分。

空気は張り詰めていた。

俺はそんな空気を以前別ゲーで経験したことのある気まずい会議のようだなと思いながらも、空気を和ませるために、できるだけ柔らかく言葉を紡いだ。


「……では改めて……初めまして! 私がこの城……《オルディレスト城》のマスターです! どうも!」


俺が初っ端で頭を下げたことに、目の前の女性は驚いたように目を見開いた後、慌てたように同じく頭を下げた。


「えっ……えぇ、あぁ、私の名前はソフィア=グレイス。……王都サルトルークより派遣された者として、貴殿らの正体を確かめに来た……まずは不躾にこの城へ赴いた非礼を詫びさせてくれ……すまなかった」


その声は澄んでいて、凛としていた。

そしてその光景に俺は少しだけ肩の力を抜いて、笑みを浮かべる。


「全然気にしないでください! こっちも色々と被害出しちゃったみたいだし……まぁとりあえず気を遣うだろうけど、座ってゆっくり話そう! ……あ、これどうぞ」


そう言いながら俺はテーブルの上に置いてあった金属製のカップを差し出す。

中身は先ほどゴラクZさんが温めてくれた“お茶”なのだが、彼女は眉をひそめ、じっとカップを見つめていた。


「……これは?」

「あぁ、えっと、これは"お……」


っと、そこまで言ったとき、俺は一瞬立ち止まって考え、隣に座っているサクさんにしか聞こえない声で話し始めた。


(ねぇサクさん! これお茶って言っていいの? 異世界文化かもしれないし適当に誤魔化す?)

(ふむ、確かにそうだな……ではここは俺に任せろ)


サクさんはそういうと、()()()()()()()で立ち上がり、コップを手に取った。

――――が。


「失礼。この城の代理マスター、サクラノヴァと申します。こちらは我が菜園にて採れた茶葉の煮だしになります。……っと、これが毒ではないかが心配ですよね? では初めに……」


サクラノヴァさんがそこまで言ったとき、何か面白いことを思いついた表情の笑みを、机の下に向けた。

当然……その視線の先には――――。


「……こちらの犬に飲ませますね?」

「アオッ!?」


いきなり話を振られた足元にいる犬型の魔獣―――もとい、ゴラクZさんが悲鳴を上げる。

マジでプライドを捨てて成りきりすぎていることはさておき。

一見して自ら世話するペットに毒見をさせるという、そのあまりにも非人道な光景に彼女は目を見開き、わずかに身を引いた。


「っ!? え、っと……それは結構ですが……そちらの燃え盛っている生き物は一体……? 初めて見るもので……」

「あぁ、こちらは我が城が飼っている生き物です。最近珍しい生き物を集めておりましてね……最近では火を吐く蜥蜴も手に入れたんです。御覧に入れますか?」


サクラノヴァさんがそう言うと、彼女の顔が一瞬だけ強張った。

それも当然、サラマンダーの話曰く、彼女はその生物を知っているのだから。

……ただ、そこは流石に剣聖という名を冠する者の胆力か、すぐに表情を戻し、目の前のコップを手に取った。


「……で。では……失礼して……」


彼女はほんの少しだけ唇をつけた。

その仕草は緊張からかとても慎重だったが、それでもなお流麗というか、礼儀のようなものを確かに感じる所作だった。


そして―――。


「……っ! これは……おいしい、です……! こんな美味しいもの……初めて飲みました……」


彼女は驚いたように目を見開き、そして静かに微笑みながらコップをさらに傾けた。

やはり喉が渇いていたのか、そのまま勢いよく飲み干し、満足そうな笑みを浮かべた。

俺もまたその表情を見て思わず笑みを浮かべつつも、本題へと移るために会話を始める。


「喜んでいただいて何よりです。……して、早速こちらから一つお伺いしたいことがあるのですが……いいですか?」


俺は姿勢を正し、彼女の目を見て言った。

彼女はその言葉にカップを置き、静かに頷く。


「……は、はい、私に答えられることであればなんでも」

「うーん、じゃあ一つ気になってることがあるんですけど……まずは王都について知っていることを俺らに教えてもらえませんか?」


その瞬間、ソフィアの瞳が少しだけ揺れた。

そしてその対策を……俺らはすでに打ち合わせている。


「あぁ、失礼しました。……実は話すと長いんですが、俺たちはあまりこの周辺に詳しくないんです……。だから、このあたりについて詳しく知れればなと、純粋にそう思っているんです」


俺のその言葉に彼女はしばらく俺の顔を見つめていた。

やがてその視線は順番にサクラノヴァさん、そして猫バイトさんへと注がれ、まるでこの言葉の裏を探るようだったが――やがて、ふっと息を吐き、わずかに頷いた。


「そう……ですか。……わかりました。では、まずこの王都の現状についてお話しします――――」





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