第十八話 邂逅
一方、玉座回廊にて――――。
俺らは今、サクラノヴァさんの魔法―――【遠隔視野共有】で、空間に浮かぶ魔法陣の中心にある揺らめく映像を見ていた。
そこは城の外にある森の一部。
剣聖の一行が、熱気に包まれながら前進している様子だった。
だが―――。
その光景を見て、猫バイトがぽつりと呟く。
「……ねぇ、あれ、なにしてんの?」
岩の腕を組みながら首を傾げた彼の言葉に、俺とゴラクZさん、そしてサクラノヴァさんも同時に映像へ視線を向ける。
映像の中では二人の兵士が熱に耐えきれず倒れ、剣を携えた女性――外見や気配からしておそらく剣聖であろう人物が慌てて彼らを抱え、境界の外へと運び出している様子が映し出されていた。
そのあまりにも残念な姿に皆が微妙な表情を浮かべる中、俺は言う。
「……もしかして、ゴラクZさんの熱気に誰も耐えられないんじゃ……」
俺がそう言うと、ゴラクZさんはゆっくりと天井を見上げ、炎の鬣を悲しく揺らした。
心なしか鬣もしおれているように思える。
「……ぬぅ……これは、我が熱気を完全に防ぐ鎧はない、ということなのか……」
その声には落胆が滲んでいた。
とはいえその気持ちは痛いほどよくわかる。
周囲を焼き尽くすほどの熱気を抑える鎧があるかも!という期待を大きく抱いていただけに、目の前の光景はその幻想が壊れたことを示していて……それは気持ちの落差は大きいことだろう……と思っていたのだが、次の瞬間――彼の目が大きく見開かれる事態が起きた。
「……ム? ムム!? こ、これは!? 奴だけがこちらに来ているぞ!? これはもしや!?」
その言葉に再び映像を見ると、そこには剣聖が仲間を安全圏に運び出した後に単身でこちらへと向かっている姿が見えた。
その歩みは力強く、おそらく熱気をものともせずにまっすぐに《オルディレスト城》を目指している彼女。
これが指し示す事実にゴラクZさんは拳を握りしめ、歓喜の声を上げた。
「おぉ来るぞ……来るぞ! やはり俺の熱を防ぐ鎧は存在するのだ! よし、歓迎の準備を―――」
だが、その熱に浮かされたような興奮の中、サクラノヴァがふと思い出したかのように、静かに言葉を挟んだ。
「……今思ったのだが……先の兵士がやっていたような耐熱魔法……俺らもやればこんな無駄なことをしなくてもよかったんじゃないのか……?」
その言葉に、場の空気が一瞬止まる。
「「「あ」」」
俺と猫バイト、そしてゴラクZさんが同時に声を漏らした。
その顔には、なんとも言えない間抜けな驚きが浮かんでいた。
それを見たサクラノヴァさんは、眼窩の青い光を揺らしながら肩をすくめる。
「……いや、冷静に考えれば、一応俺も魔法職だしな……。耐熱魔法くらいできる……というか、使う機会がなさ過ぎてあることすら忘れていただけだが……」
彼のその言葉に猫バイトが岩の頬をぽりぽりと掻きながら言う。
「うわぁ~確かにそうじゃん……! てか今更だけど僕って耐熱壁を作るのも、そもそもの装備品を創るのも出来たかもじゃん~、ごめんよぉ~……」
二人のその申し訳なさそうな表情にゴラクZさんが炎の鬣を揺らしながら、目を細めて呟いた。
「……す、すまん。俺も気が付かなかった……思えば最初からそうしていればこうはならなかったな……反省する……」
その光景に俺は思わず笑いながら、円卓に肘をついた。
「いやいや、これは俺も含めて全員忘れてたし仕方ないよな! まぁでも結果的にこれで問題なく剣聖と会えるわけだし? 今からでも遅くないよ。サクさん、お願いしていいかな?」
俺のその言葉にサクラノヴァさんは静かに頷き、改めて別の魔法陣を展開し始めた。
「……ふむ、確か……【熾炎障壁】、だったか?」
そして。
彼の詠唱とともに朱金色の結界は瞬く間に広がり、映像の中の剣聖の足元を照らす。
不審に思った彼女の足が止まり、驚愕の表情を浮かべたのち、周囲を見渡してから再びこちらに歩みを進め始めた。
しかし、本来なら喜ばしい出来事にも拘らず。
その魔法を見たゴラクZさんは少しだけ嫌そうな顔をしていた。
「ムゥ……改善案が見つかったのはいいものの……この魔法に煮え湯を飲まされた経験が蘇ってきたから複雑な気分だ……」
「あ~、確かに! そういえばゴラクZさんとサクラノヴァさんの一騎打ちってこれでほぼ完封だったんだっけ? 不利相性も良いところだよね~……」
猫バイトさんの言葉に、ゴラクZさんが肩を落とす。
その姿に場の空気が和やかになったのを見た俺は、手を叩いてみんなに指示を出した。
「まぁまぁ、過去の遺恨は後にして、彼女が来るから早速おもてなしの準備をしよう!」
◆◇◆
黒曜の城壁が日差しを受けて輝く。
その荘厳な姿は城というよりも神殿に近く、見る者の心に畏怖を刻む。
剣聖――ソフィア=グレイスは、苦難の末ついにその正門の前に立つことを許されていた。
先まで感じていた熱は一切感じず、その反動か、今や背筋を凍るほどの嫌な予感をひしひしと感じている。
「なんなんだ、この寒気は……」
手の震えを抑えるように、剣の柄を必死で握りしめながらも彼女は目の前に見える巨大な大扉を前に、思わず言葉を零した。
「……しかし、ここは一体……」
誰に言うでもないその声は、ただ空気に溶けるように消えた。
ふと振り返ってみれば、周囲には幾人かの兵士たちが倒れている。
彼女がそれを見て歯を食いしばった次の瞬間―――。
ギィィィィィィ……という重厚な音を立てて、おそらく正門であろう大扉がゆっくりと開き始めた。
「ッ!? なんだ……これは……扉が勝手に?」
誰も触れていない。誰も命じていない。
それでも、まるで彼女の到来を待っていたかのように、門は静かに、確かに開いた。
彼女は無意識のうちに唾を飲み込むと、まるで誘われるかのように、一歩、また一歩と足を踏み出す。
そして彼女が完全に城の中に入り切ったとき。
『……進め……』
―――声が響いた。
比喩ではない。確かに響く声が彼女の頭に入り込んだのだ。
耳ではなく、頭の奥に直接響くような奇妙な感覚に戸惑い、思わず立ち止まって周囲を見渡すも、その周囲に気配は一切感じない。
「……誰だ!?」
そう問いかけても、返事はない。
ただ、再び―――。
『……いいから進め……』
やや強めの言葉が頭に響く。
ただ……この時、彼女は不思議と嫌な感覚がなくなっていることに気が付いた。
それは、自身の経験からこの声の主が害を与える気がないと判断したからだろうか。
気づけば足取りは軽く、彼女はまるで普段の買い物をするかのように、自然と歩みを進めていた。
「……誰も、いないのか……?」
城内は、外と同様に異様な静けさを放っている。
この規模の城であるのなら幾人かの兵士たちや使用人がいてもおかしくないのにも関わらず、感じられる気配は全くない。
外壁と同じく黒曜でできた床は足音を吸い込み、壁に刻まれた紋章が淡く輝いている。
一度も見たことがない紋章を前にどこか違和感を覚えつつも、ただ、赴くままに歩みを進めていると、―――その瞬間、彼女の前に一つの扉が突如として現れた。
「な、扉!? 一体どこから……!?」
『……入れ……』
彼女がそう呟いた直後、またも頭の奥に響く、誰かの“意志”。
彼女は一瞬だけ躊躇した。
怪しい城にいきなり現れた扉に入るのは危険ではないのか?
だが、そう思うのも一瞬。
すぐに剣の柄を握り直し、扉へと手を伸ばした。
何かあってもすぐに対処できるよう、神経を鋭く尖らせた。
……緊張で手汗が滲みながらも重厚な扉に手をかけて、開いた瞬間―――。
「「「―――ようこそ! オルディレスト城へ!」」」
そこには三人の人間と――――。
「ア、アオーン……」
一匹の動物の、明るく、朗らかな声が響いた―――――。
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