プロローグ 2 十の種族
――――いつの日か、誰かが文献として遺していた言葉がある。
『この世界――ユグドラシルに滅びを与える種族が現れる』と。
その予言じみた言葉は当初、人類以外に存在する者がいないこの世界の人々の耳に届くことはなかった。
ある者は狂言だと。
ある者は盲執だと。
またある人は虚構だと口にしていた。
……しかし時が経つにつれ、その予言が徐々に信憑性を帯びていることを世界は否が応にも知ることになった。
ユグドラシルという名がつけられたこの世界に、我々人類の他に、ある一つの種族が誕生したのだ。
それは人の形をしていながらも、空を飛ぶことができ、炎を吐くことも、爪で容易く紙を切り裂くこともできる種族はまるで誰かが作ったお伽噺に出てくる竜そのものであった。
そして―――彼らは恐れた。
人類よりも圧倒的な力を持つ種族が誕生したことを恐れることは仕方のないことではあった。
そして、予言による世界の破滅は間違いなくこの種族であると断定した当時の世界の権力者は、誕生したばかりのこの竜種を恐れ――――殺害した。
……だが、その判断には意味がなかった。
竜の返り血を浴びた権力者はまるで呪いかのようにその身を日に日に弱らせ、ついに亡くなった。
……殺害から三日後のことだった。
そしてそれを機に誰が産んだのか、はたまた自然に生まれたのか。
人類以外に、瞬く間に九つの種族が世界に根を下ろした。
空を駆ける種族。
海を舞う種族。
炎を統べる種族。
森と同化する種族。
心を見透かす種族。
未来を見通す種族。
無から有を生み出す種族。
あらゆる事象から身を守る種族。
そして、輪廻の理に反する種族。
先に文明を築いた人類種を加えた十の種族は、自らの領地を作るために、かたや守るために数百年の時を争い続け―――ついに、世界は十の大陸に分かたれた。
十の大陸に分かれた種族は、それぞれの思惑を抱え、世界を掌握すべく今―――――戦いの火蓋を切った――――ッ!
――――なんていう触れ込みで、華々しく登場したゲームがあった。
時は2212年。
『世界初の全感覚没入型VRMMORPG』として華々しいスタートを切ったゲームの名は――【ユグ:ドライアス】。
専用のカプセル型ゲーム機に入り、付属の装置を体に装着することで脳神経に直接アクセスし、医学と技術の最高峰である感覚再現システムを駆使して五感すべてを仮想空間に転送するという、まさにゲームとしての最高傑作ともいえる夢のようなゲームだ。
一度ゲームに入り込めばそこはまるで現実と見紛うほどの風景に加え、肌に感じる風をも感じることができる。
それどころか、焼きたてのパンの香りに味。一度剣を振るえば筋肉が軋む感覚まで再現されるという、まさに第二の世界と言える機能に、世界は瞬く間に虜になり、公式発売からわずか二日で同時接続者数は一千万を突破した。
だが――それも今では昔話だ。
技術は常に進化する。
そして進化の果てに残る過去の栄光は、やがて静かに幕を閉じる運命なのだ。
【ユグ:ドライアス】の終焉は、あまりにもあっけなく、しかし納得がいくものだった。
当然、最初期に出た最新鋭の装置のゲームとしては評価が高くあったものの、時間が経ち、続々と後発の全感覚没入型ゲームが登場すればユーザーは雪崩のようにそちらへと流れていき、ついには同時接続数は数千、いや、数百になることなんてのはどのゲームでもよくある話。
全てが後発に劣っているとは言わないが、やはり、より高精度な感覚投影に、より広大な世界。より自由なプレイスタイルを前にすれば、流石にかつての王者も時代遅れの遺物となってしまった。
そしてつい三か月前。
【ユグ:ドライアス】発売から優に十年の月日が流れたとき――運営からの最後の告知が届いた。
《【ユグ:ドライアス】は三か月後の今日をもって、サービスを終了いたします》と。
俺はその告知を眺めながら静かにカプセルの中に入り、ヘッドギアの位置を調整する。
視界いっぱいに広がるログイン画面には、かつての荘厳なタイトルロゴが静かに揺れ、その世界観を示すかのように、十に分かたれた世界を一望できた。
ふと視線を上にあげると、そこにはカウントダウン―――このゲームのサービス終了までを示す残り時間である、一時間が示されていた。
無情にも刻々と減り続ける時間から目を離し、大きく息を吐きながら俺は、最後のログインを決意した。
「……終わってほしくないなぁ……」
誰に届くこともないそんな言葉を呟きながら俺は手を伸ばし、その指先が視界の目の前に表示されたウィンドウに触れた瞬間―――――視界がブラックアウトする。
意識が虚空へと引き込まれていき、次第に身体が浮遊するような感覚や耳鳴りのような音が遠ざかり、代わりに荘厳な音楽が流れ始める。
そして、次に目を開けたときにはもう―――――俺はそこに立っていた。
先まで居た質素な部屋から一転。
巨大なステンドグラスから差し込む光が床に幻想的な模様を描いており、天井は高く、壁には多くの灯が並び、空気は静謐で、どこか神聖な気配を漂わせていたそこは―――と、ふと視界を上げると、まるでここが世界の中心であるかのような威厳を放っている巨大な漆黒の椅子に、一人の……いや、一つの大岩がいるのが見えた。
その岩を見た俺は思わず声を上げる。
「えっ、"猫バイト"さんじゃん! 今日来るって言ってたっけ!?」
俺が明るい声でそう告げると、椅子に座って満足げにしていた大岩の存在―――"猫バイト"さんは驚いた顔をしながら、その外見からは想像できないほど身軽に、さながら猫のように飛び跳ねて答えた。
「げっ! マスターじゃん!? うわぁ~まだ来ないと思ってサプライズ登場しようと思ってたのに~~!!! バレんの恥ずいじゃん~~~!!」
そう恥ずかしそうに口にした彼の姿は、人間よりも遥かに大きく、岩肌のようにゴツゴツとした腕と背中に浮かぶ鉱石の結晶が光を反射して鈍く輝き、 その頭には名前を模した似合わないふわふわの猫耳がちょこんと乗っているという異形の姿。
さらに首元には小さな鈴付きのチョーカーに加え、腰には猫尻尾が揺れているという、何度見てもなんとも言い難い姿にもかかわらず、青年らしい爽やかな声というそのギャップに俺は思わず笑ってしまう。
「え~、でもめっちゃ驚いたよ! 今日来るのは俺含めて三人だと思ってたから……ってか来たのが俺で良かったね! サクさんならやばかったんじゃない??」
俺がそう言うと、猫バイトさんは岩のような手で硬そうな岩の頭を掻きながら苦笑いを浮かべた。
それは癖にしても意味があるのだろうか、という言葉は言わないお約束である。
「いや本当にそう……。"サクラノヴァ"さんだったらきっと『その椅子はマスター専用だから座るな!』って怒りそうだし……って、まだ来ないよね???」
「あはは……確かに言いそう! えっと、連絡だともう少しだけ遅れてくるらしいかな? まだ時間あるし椅子には座ってて大丈夫だよ」
俺の言葉に、猫バイトさんは「マジっすか!?」と目を輝かせ、再び椅子にどっかりと腰を下ろした。 その姿はまるで、造岩の王が玉座に鎮座したかのような威厳――いや、猫耳と尻尾が揺れてるせいで、どうしても威厳は台無しだな――うん。
「ふふっ……似合ってるじゃん、代理マスター!」
俺がそう茶化すと、猫バイトさんは照れくさそうに笑いながらふと思い出したように言った。
「あっ、そうだ、"ゴラクZ"さんはもう来て闘技場で遊んでるよ~!」
「あ~、なんか連絡は来てたなそういえば。いや……にしてもあの人本当に鍛練が好きだねぇ……。今日、"休日"さんが来るってんなら一目散でこっちにいるはずなんだけどね……」
……と、彼とそんな他愛ない会話を交わしながらも俺は内心胸の高鳴りを抑えきれずにいた。
俺が愛したこの世界で、最後に仲間たちと会える。
それだけで、心が躍るっていうものだろう?
明るい青年で、まるで弟のように人懐っこく、時に自由奔放だけど、いつも笑わせてくれるムードメーカーの"猫バイトさん"。
そして、ゲーム内でも現実でもストイックに鍛錬を重ねる、みんなのお兄さん的存在の”ゴラクZ”――"ゴラクズ"さん。
自分に厳しく、他人には優しくをモットーに生きるその背中を見て、何度憧れを抱いたことだろうか。
遅れてくるらしい“サクラノヴァ”さんは、ギルドのまとめ役。
冷静沈着で、規律を重んじるしっかり者で、ギルドがバラバラにならないように、常に全体を見渡し、時に厳しく、時に優しく支えてくれた。
彼がいなければ僕らがここまで仲良く今までゲームができていなかったかもしれないぐらいの存在。
そして、残念ながらこのゲームで最後に一緒に遊ぶことができなかった“休日”さん。
現実では社畜として日々を戦いながらも、ゲームの中では誰よりも自由に、誰よりも楽しそうに駆け回る彼女はみんなの癒し的存在にして、色々あって多くのヘイトを買っていた人物でもあるけど……その人柄にみんなはいつも絆されてしまう。
そして、俺自身を加えた全五名。
それが、この場所を拠点として活動していたギルド――――《ネクサス・レグリア》のメンバー。
ギルドという名前にして、一見少ないと思えるこの人数に加え、最大百名まで所属可能なこのゲームのギルドシステムにおいても俺たちはたった五人しかいないという事実は確かに異端ではあるのだが、これにはちゃんと理由がある。
《ネクサス・レグリア》――その名は「多種の支配者たちの交点」を意味する。
そしてその意味の通り、僕らの種族は全員が違う種族から成っている。
この世界にはゲームの触れ込みの通り、十の種族が存在する。
竜種、海獣種、灼炎種、樹霊種、魔眼種、巫狐種、創造種、守蟲種、不死種、そして人間種。
プレイヤーはゲーム開始時に、これらのうちいずれか一つの種族を選択することになるが、このゲームの神髄は特にその種族にこそある。
このゲームの成長体系――それは一般的なゲームに存在する"通常のレベル"とは少し異なる。
このゲームにおいて存在するのは、ただ一つ――"種族レベル"のみ。
種族レベルとは、設定としては通常レベルと同様のもので、それを高めることでプレイヤーは選んだ種族においてさらなる進化を遂げることが可能になるものなのだが、その進化は単なる強化ではなく、能力値の大幅な向上と、種族固有の特殊能力の獲得を伴うというもの。
つまり、竜種ならより強大な竜へ、樹霊種ならより深淵なる森の守護者へといった姿形までも影響を受けることになるという、VRMMORPGにしては珍しいゲームなのだ。
しかし当然その道は容易ではない。
種族レベルを上げるためには、敵を討伐して得られる僅かな経験値と、PVPで勝ち取る限られた技能ポイント。
そして、各種族ごとに用意された高難易度の専用昇進クエストを突破する必要がある。
これらをすべて満たした者だけが、上位種族へと昇華し、さらなる力を手にすることができる。
――つまり、この世界における成長とはただの数値の積み上げではなく、経験と実力によって成されていることを意味するため、このゲームでは個人の技量で全てを凌駕できる。
それこそがこのゲームの神髄であり、プレイヤーを魅了してやまない最大の特徴……いや、魅了してやまなかった理由だ。
そしてこのゲームは現在、ログインしなくなった者も含めて一億人を超えるプレイヤーがいる。
各種族において最も人気のなかった人間種ですら数千万人を超えるプレイヤーがいた中で、当然、各種族において“頂点”と呼ばれるものが存在した。
種族レベル、PVP戦績、専用クエスト進捗度――すべてを総合して月単位でランキングが決定され、その頂点に立った者だけが得られる称号―――それが、“種族王”と呼ばれる存在。
種族王となった者は、種族の力を極限まで引き出すことができる上に、専用スキル、専用装備、専用領域などとその力は、まさに神話級にもなり、通常の職業とは一線を画す性能を得ることができる。
ここまで言えばもう察しが付くと思うが……そんな一人でも圧倒的な実力を持つ種族王たちが―――五人も集まったギルド。
それが《ネクサス・レグリア》だ。
創造種の王である、猫バイトさん。
灼炎種の王である、ゴラクZさん。
不死種の王であるサクラノヴァさん。
巫狐種の王である、休日さん。
そして、竜種の王の俺。
当然、たった五人とはいえ総合力はこのゲーム内においてトップクラスであり、ギルド戦、レイド戦、PVP――あらゆる場面で《ネクサス・レグリア》は最強の名を欲しいままにした。
誰もが憧れ、誰もが恐れ、すべてのギルドから狙われたギルド。
……でも。
それもあと一時間もなく消え去ってしまうことを感じ、俺は大きくため息を吐いたのだった―――。
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