第十六話 来訪
城の固い床を歩く二つの足音が、静かに城内に響いていた。
一つは軽く、もう一つは重量感のある足音。
―――俺と猫バイトは現在、《オルディレスト城》の各部屋に続く回廊を巡回していた。
目的としては、剣聖が来るまでの暇つぶし……じゃなくて、転移後の城に何か異変がないかの確認――だったのだが……。
「いやぁ~、それにしてもあの囲碁……悔しかったなぁ……!」
猫バイトさんが俺の隣で岩の腕を組みながら肩を落としていた。
その背中は見た目のゴツさに反して、完全に項垂れている。
そしてその姿を見て俺は彼の顔を覗き込んだ。
「……それで? 今回のイカサマはどんなことしたんだ?」
そう俺が呆れ気味に言うと、猫バイトは「うっ」と声を詰まらせた。
理由は単純。
「い、いや、ちょっとだけ整地するときに盤面はいじったぐらいだけど……。で、でもさ! それでも勝てなかったんだよ!? ……いや~……あの人囲碁のプロなんじゃない~?」
いたずら好きの猫バイトさんは、真剣勝負の中でも自分が負けそうだとみると必ずイカサマをする。
正直みんなにはもうバレてはいるのだが……俺を含めて種族王としてのプライドからなのか、そのイカサマすら捻じ伏せて勝ちたくなっちゃうんだよね……だから敢えて言わないというか……。
まぁでも俺は思わず彼のその正直な姿に笑ってしまうが、話に出てきた一方の彼―――ゴラクZさんの姿を思い出しながら俺も答える。
「……猫バイトさんってさ、このギルドに入ってからあの人の名前の由来って聞いたことある?」
「え? ゴラクZさんの? あ~、そういえば特にネットネーム気にしたことなかったかも? ゴラクZ……娯楽に、Z? うーん、カッコよさ……とか?」
猫バイトさんが岩の首を傾げてこちらを見る中、俺は少し得意げに話を続けた。
「ははっ、確かにそれもあるかもね! でも結構前にあの人に聞いたらさ? 娯楽はそのままの意味で、Zっていうのは、その道の行き着く先を意味してるんだって」
「行き着く先~? あ! もしかして、Zが英語の最後だからってこと!? うっわオシャレな名前~!」
「そうそう。だから娯楽の一つとして囲碁ももしかしたら極めてるのかもしれないよね」
俺のその言葉に猫バイトは目を丸くしてぽかんと口を開けた。
「は~、意外すぎるな~! あんなお堅い武士みたいな人が娯楽を極めるとか……ギャップがすごいなぁ。っていうかゲームにのめり込むのも意外だったけどね~!」
「あ~、まぁ俺ら全員がこの見た目と中身が一致してるわけじゃないしな。俺からしたら猫バイトさんが一番ギャップあるもん」
「まぁね……。いやぁ、僕ってさ、ゲームをするときのキャラメイクをいつも尖ったものにしたくなっちゃうんだよねぇ~……名前も適当に付けたものだし……それがまさかこんなことになるとは思ってなかったけど……」
確かに猫耳を付けた岩の巨人で猫バイトだなんて、尖ってなければ普通はやらないだろうな……と思いつつ。
「……猫バイトさんはさ、その姿を後悔してる?」
そう俺が少し真面目に聞くと、猫バイトさんは腕を組んで、うーんと唸った。
サクラノヴァさんとはまた違ったベクトルでの異形化。
生物でなく、無機物として生きている彼が何を思っているのか。
ふと気になったのだが―――。
「う~ん、してないっていうと嘘になっちゃうけど……でも、長年共にしてきた体だし、気に入ってはいるよ! あ、お風呂に入らないでいいのは大きいかも!」
その瞬間、俺は思わず口角が緩んだ。
俺の感覚では、自分の体がいきなり岩になってしまったら人間時代の感覚とは違って嫌な気持ちのほうが多くなってしまうと思う。
……ただ、きっと彼にもそれがないわけではないと思うけれど、それでも少しでも前を向くために利点を考えるところはサクラノヴァさんと同様に、手放しに尊敬できる部分でもあると思ったから。
「いや~……ほんっと、すごいと思うよ。サクさんも、猫バイトさんも……」
「エ!? なにそれ!? 急にマスターに褒められると怖いんですけど!? なんで!?」
そんな他愛もないことを話しながらも、俺らは歩きながら異常がないかを調べていった。
―――と、その時、猫バイトがふと声を潜めて言った。
「……ねぇ、マスター。こないだの剣聖……あっ、ゲーム時代の剣聖のほうね? ……その話で思い出したんだけどさ? ……あの剣聖との試合のあと、マスターだけ彼女と少し話してたよね? あれ、何の話だったの?」
彼のその言葉に俺は足を止め、その大岩の顔を見た。
無骨な岩の顔もまた表情には乏しいが、辛うじて分かったのは、猫バイトさんにとってこれは真剣な問いであろうということだった。
普段は軽口ばかりの彼が、こうして真面目な顔をするのは珍しい……んだけど。
「あ、ホラ、嫌な話とか秘密とかだったらいいんだけどさ? ……マスターとの試合の後……彼女、ユイさんって、ゲームを辞めちゃったじゃん? サクラノヴァさんは何か知ってる風だったけど中々聞く機会がなくて……」
あれはそんな勿体ぶってたわけでもないんだけどね。
ていうかそんな重要な話でもなくて、ただ……。
「……あぁ、あれは――」
―――と、俺が彼の問いかけに答えようとした瞬間、突如背後に気配を感じ、俺らは同時に背後を振り向いた。
瞬間、視界の先の空間が揺れ、そこから黒いローブに身を包んだ骸骨―――サクラノヴァさんが現れた。
「……マスター。猫バイト。……今しがた剣聖と思わしき者が現れた。全員玉座回廊に行くぞ」
「っ!」
「えっ、早くない~!?」
その言葉に俺と猫バイトは一瞬だけ顔を見合わせ、そして頷き合いながらサクラノヴァさんの手を取り―――転移した――――。
◆◇◆
―――《グレイヴミルの森》。
獰猛な魔物が跋扈し、薄暗い森を取り巻く不気味な霧に包まれ、今や誰もが近づくことのない場所。
しかし今、私たちは話に聞く森とは全く様相の違う森の中に入り、その先にあるものを目指していた。
「……この熱気……先の竜の炎の影響なのだろうか……? 皆、大丈夫か?」
私は頬に伝う汗を拭いながら、背後に付いてきている隊員にそう声をかけると、すぐに若い隊員のリュカが背筋を伸ばし、私と同様に汗ばんだ額を拭いながら声を張る。
「はいっ、なんとか……!」
その声には虚勢と、少しの焦りのようなものが混じっていた。
そしてその声に合わせ、その隣にいる隊員――ラッドも剣の柄に手を添えながら頷く。
「俺も大丈夫です! ……しかし、これほどまでとは……これなら隊長が出向く理由も納得できますね……!」
私は彼らの様子を確認しながら、少しだけ眉を寄せた。
「あぁ……みんな、無理だけはするなよ。今のところ周囲に魔物の気配はないが……ここが《グレイヴミルの森》だということを決して忘れるな!」
その言葉に隊員たちは一斉に背筋を正した。
しかし、最低な予想は大きく外れ、特に魔物に出会うこともなく、私たちは森の奥へと歩みを進めることができた。
そしてその先で、私は暗い人影を捉えた。
「む……あれは……」
木々の間から現れたのは、近くに鎧を脱ぎ捨てている男――王都守護八番隊隊員のシープスだった。
それを見た私は、彼に向かって問いかける。
「おいお前、第八番隊のシープスだな? 現状はどうなってる?」
私の声にシープスはその暑さから反応が遅れるも、やがてこちらに視線を向け―――そして驚愕の表情で叫んだ。
「え……? いや、どうもこうも、この先に行ったら熱すぎて死にます……って。け、剣聖!?!? なんでここに!?」
「これは王からの命だ。……して、お前の隊長のクラウドはどこにいるんだ? 姿が見えないが……」
私はふと周囲を見渡し、シープスが所属する八番隊の隊長―――クラウドがいないことに気が付き、問いかける。
するとシープスは目を泳がせ、口を開いたまま言葉を探す。
その様子に、再び私は問いかける。
「なんだ?」
「……あ、いや、なんかその……お、怒らないでほしいんですが……クラウド隊長はあの城を見た途端……なんか急に叫んで……そのままどこかに行ってしまって―――」
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