第十二話 倒れている兵士
その日。
夜空を裂くような、見るものを平伏させる圧を放つ翼を広げた影が空を駆けていた。
そして、その背には漆黒のローブに身を包んだ骸骨が一体と、大きな体の大蜥蜴が一体。
そんな異様な光景の中、骸骨姿の男がローブをはためかせながら不服そうにこう言った。
「……なぁ、マスター……なんで完全体じゃないんだ?」
一人の骸骨―――サクラノヴァさんが風を切る音に紛れないよう、低く問いかけてきた。
骸骨の顔は当然無表情だと思うが、その声色にはほんのりと不満が滲んでいるのがわかる。
「さっきも言ったけどさ、完全体になると勝手に“竜王の領域効果”が発動されちゃうんだって……」
俺は少しだけ翼を傾け、気流を調整しながら答えた。
「んで、そうなったら多分サラマンダーが死ぬから……」
「……ふん」
俺の言葉に、一時的に納得したかのようなサクラノヴァさんだったけれど、一拍置いたのち、冷ややかに言い放った。
「おいサラマンダー。お前、死んでみるか?」
「えぇええ!?」
当然、死神もびっくりの―――って不死種の王だから死神に近いんだろうけど―――いきなりの死刑宣告にサラマンダーが悲鳴を上げた。
尾をぎゅっと抱え、俺の背中にぴったりと張り付いたまま震えているのが伝わる。
「骸骨の旦那! おおおおお助けを!?」
前足――いや、手をバタバタさせながら、俺の背中を必死に叩いてくるのを感じつつも、俺は不思議とこれから起こることが楽しみになっていた。
「……なんだか賑やかになりそうだな……」
なんとなく、これが今の俺たち【ネクサス・レグリア】の日常なんだと思うと、今だけは異世界にいることを忘れられる。
(……さて、城に戻ったら、次は何が待ってることやら)
そんなことを思い、ついに《オルディレスト城》の輪郭が見え始めた―――その時だった。
「……ん?」
俺は空中で翼を少し傾け、視線を下に向ける。
目を凝らしてみると、森との境界線――その地面に、何人かの人影が倒れているのが見えた。
「……サクさん。あれ、見えるか?」
「……あぁ。あれは人間種だな……動いてはいないが……これは―――」
「―――っ、敵襲か……!?」
そう判断した俺はすぐに飛行速度を上げ、城の上空を旋回して急降下する。
俺が着地すると同時に、サクラノヴァはサラマンダーを抱えたまま俺の手を取り、唱えた。
「【転移】ッ!」
途端。
空間が歪み、視界が一瞬白く弾けたかと思えば、次の瞬間には俺たちは《オルディレスト城》の玉座の間に立っていた。
転移の余韻がまだ肌に残る中、俺はすぐさま駆け出す。
「―――ゴラクZさん! 猫バイトさん! 無事!?」
俺の声が城内に響き渡る。
サクラノヴァさんはローブを翻しながら無言で俺の後を追い、サラマンダーは転移酔いなのか、尾を抱えてふらふらしながらも俺たちの後を追ってきていた。
そうした緊張感が走る中、奥の広間に見えてきたのは――。
「……ふむ。詰み、だな」
炎の鬣を揺らしながら、静かに盤面を見つめている大きなライオンの姿。
そしてその対面には、巨大な腕を組んだ大岩が頭を抱えてのけぞっていた。
「……ったは~~~!!! また負けた~~~!!」
「……え、何してんの?」
大きな岩の巨体で後ろにのけぞっている中、その背後で俺が呆然と立ち尽くしながらもそう聞くと、燃え盛るライオン―――ゴラクZさんがちらりとこちらを見て、鬣を火花でパチパチと鳴らしながら口を開いた。
「……おぉマスター! 何か収穫はあったか?」
――が、その声はまるで夕飯の買い出しを聞くかのようなテンションで、思わず俺が拍子抜けしていると、猫バイトもまた岩の腕を組み直しながらにこっと笑った。
「結構長く調査してたね~! って、あれ? サクラノヴァさん、それなに?」
と、すぐに猫バイトの視線は、サクラノヴァの隣で尾を丸めて震えているサラマンダーに向けられていた。
サラマンダーは、視線を感じてビクッと跳ね、目の前に相対する岩の巨人に怯えながらも、今度は炎の鬣を持つライオンを見て――――。
「……オウ……王……」
などとしきりに呟きながら放心状態になってしまった。
まぁ理由は何となくわかる。
……そりゃ一介の灼炎種が、自分の種族の王に出会ったのならこうなるのは仕方がない。
俺も目の前にトンデモ偉い人が現れたらこんな反応になるだろうしな。
「……おぉ! そやつはサラマンダーか? いやはや猫バイトが眠れないからと暇だったんで、猫バイトが作った簡易オセロで遊んでたんだが……とするともしや近くに火山地帯があるのか?」
と、当の本人であるゴラクZが炎の鬣を揺らしながら、盤面を片付け始めながらそう言葉を続ける。
その動きは妙に丁寧で、少し大きめに作られた駒を一つ一つ拾っていて――――っていやいや、それどころじゃないって!!
「というか! さっき外を見てみたら、森の境界線で人が倒れてたんだけど、一体なにがあったんだ!?」
俺の声が玉座の間に響く。
あまりの切羽詰まった様子に、ゴラクZさんは駒を収める手を止めて驚いた表情をするも、しかし困惑の表情を浮かべた。
「……ん? 外の話か? それなら俺たちは一歩も外に出ていないが……?」
……え? 外に出ていない?
「……それはどういう……」
その言葉にサクラノヴァもまた眉をひそめていると、今度は猫バイトが岩の腕を組みながら、首を傾げて言った。
「うんうん! ゴラクZさんの言う通り僕らは特に何もなかったよ? ずっと本読んでたり遊んでたりしたし……ほら」
猫バイトさんはそう言うや、後ろに散らばるいくつかの本を指し示した。
それを見た俺とサクラノヴァで顔を見合わせていると、急にサラマンダーが意識を取り戻したように立ち上がり、今度はゴラクZにひれ伏しながら言った。
「せっ、僭越ながら新王様……発言の許可をいただけないでしょうか……?」
「……む?」
「―――えっ、喋った!?」
―――が、そういえばこの生物の説明をするのを忘れていたことを思いだし、俺は申し訳なさそうにしながら手を合わせた。
「あぁ~、悪かったな。まずはゴラクZや猫バイトにこうなった経緯から話そうか―――」
◆◇◆
「ううむ……喋るサラマンダーに、人間種が支配する王国か……これはまた……」
「いや~、なんていうか、前進したような後退したような……良くも悪くも【ユグ:ドライアス】と違う点が出てきたのは驚いたね~……」
俺はその二人の様子を見ながら、静かに頷いた。
「うん。それで一応灼炎種だからゴラクZさんの熱気にも耐えれるっていうのと、この世界の情報を知るためにこいつを連れてきたってわけなんだよね」
「なるほど……それならば俺も異論はない。今は情報が足りなすぎるからな……してサラマンダーよ。君は俺の部下……ってことでいいのか?」
その言葉にサラマンダーは尾をぴんと立て、前足を揃えて地面にひれ伏した。
その落ち着き様は先の比ではなく、本当の王に仕える者としての立ち振る舞いだった。
「もちろんですとも。私の忠誠の炎は貴方様にあります」
―――だから、だろうか。
「へぇ~? じゃあ俺に忠誠はしないんだ?」
少しだけ意地悪してやろうと俺がそう言うと、再び先のようにサラマンダーはビクッと跳ね、尾をぶんぶん振りながら慌ててこちらを向いた。
「いっ、いえっ、そういうワケでは……っ! と、というか僭越ながら、王が複数いるこの状況が普通ならあり得ないワケでして……っ!」
そう前足をバタバタさせながら、必死に言い訳を並べるその姿を見て俺が満足すると、サクラノヴァさんがサラマンダーに向かって鋭い視線を向けた。
「……そんなことはいい、おいサラマンダー。さっきお前が話しかけてたことを言ってみろ」
と、その言葉にサラマンダーは再び姿勢を正し、尾を静かに巻き直す。
そして前足を胸元に添えたまま、ゆっくりと口を開いた。
「はっ、はい! ……あくまで少し見えた程度なので確実ではないかもしれませんが……おそらく、外で倒れていた者たちは近隣の王国――王都の兵士たちではないかと思います……」
「……なるほど。やはりそういうことか……」
サクラノヴァがローブの裾を揺らしながら静かに呟く。
「やはり?」
「……あぁ。恐らく近くにあるであろう王都側は突如現れたこの城を調査する過程で、ほぼ無条件に発せられるゴラクZの熱気に晒され、倒れていたということだろう」
「ん? 熱気に? いやいや、だって僕らはずっと城の中にいたんだよ? ゴラクZさんも外に出てないし!」
と、サクラノヴァさんの言動に猫バイトさんが岩の腕を組みながら首を傾げる。
その顔には純粋な疑問が浮かんでいて、そんなバカなとでも言いたげだったけれど、サクラノヴァさんが冷静に答える。
「……俺も初めは城の中でなら、ゴラクZの熱気は抑えられるものだと思っていた。……だが、それは違った」
「どういうことだ?」
彼の言葉に俺は思わず眉をひそめ、ゴラクZは炎の鬣を揺らしながら無言でこちらを見ていた。
「マスターは見ていなかったのか? 上から城を見た時、城を取り囲むようにしてあった森との境界線を」
サクラノヴァの言葉に俺は一瞬だけ記憶を遡る。
飛行中に見下ろした城の輪郭――そして、その周囲に広がる焼け焦げた地面―――。
「いや、見てはいたけど――――って、あっ! もしかして!?」
俺の考えを察し、サクラノヴァさんと俺は思わず事の発端である彼を見た―――。
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