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第八話 竜の厄災



「……どうしてこうなった……?」


俺は、目の前に並べられた豪勢すぎる食事の数々を見ながら思わずそう呟いた。

焼きたてのパンに、香草をまぶしたロースト肉。

湯気を立てるスープに、果物の盛り合わせまである。

まるでお洒落な旅館の朝ごはんのような食事は、空から見えた村の規模や住まいから考えても明らかに特別な料理であることが理解できる。


ただ……空から降りてきて、村の外れに着地しただけの者に、なぜこんな振る舞いをしてくれるのか。

そして今、村の長老らしき人物に俺が肉を勧められているのはなぜなのか?


……事の発端は、隣に座り、元は骸骨姿故に体のどこに行くのか分からないスープを飲んでいるサクラノヴァさんのやり取りだった。





―――数分前。





「おや、旅のお方ですか? こんな辺境にどうして?」


畑仕事をしていた農民の一人が、村の外れから歩いてきた俺たちに気づいて声をかけてきた。

俺たちはその言葉に顔を見合わせ、言語形態が俺たちと変わらない事実に安堵しながらも、どう答えるべきか、慎重に考えようとしたその時――。


「俺たちは近くの街から来た。少しばかり、調査の任を受けてな」


サクラノヴァが息をするように嘘を吐いた。

その口調はあまりにも自然で、まるで本当にそうであるかのようだった。

でも、本当に街が近くにあるのかと俺が疑問に思うよりも早く村人が答える。


「おお……! では、もしや王都からの兵士様で……!?」


農民の顔がぱっと明るくなるのを見て、サクラノヴァさんが俺にしか見えないよう不敵な笑みを浮かべる。

……相変わらず怖ろしいほどに頭が回る男だ、敵に回したくないね……。

などと思う間に、まるでその一言が合図だったかのように周囲の村人たちが俺たちのもとにわらわらと集まってきた。


「兵士様だって!? 助かった……!」

「……! これでようやく自由に!」

「まさか、王都が動いてくださるとは……!」


その村人たちのあまりにも異様なほどの喜びように不自然さを感じた俺がサクラノヴァさんに目配せをすると、当然同じことに違和感を覚えた彼が今度は農民に問い返した。


「……そうだ。だが、現地の人の意見も聞きたい。……この村に何があったのかを詳しく教えてくれ」


……いや聞き出し方うっっま。

思わず声が出そうになった。

確かにこれならこちら側に疑いをかけられることなく聞き出せるってわけか……。

……サクラノヴァさん、もともと詐欺師とかじゃないよね????


―――して。

農民は当然だが彼の思惑に気づくことはなく、深く頷きながら語り始めた。


「……実は、この村は最近、“竜の厄災”に悩まされておりまして……」


(……ん? 竜の厄災?)


村人のその一言に、思わずサクラノヴァさんが竜種である俺を見やるが、当然そんなことを俺も知らない。

いや、違うよな? 無意識でとか違うよな?


そんな俺の混乱をよそに、サクラノヴァさんは静かに俺に目配せをした後―――なぜか笑った。

嫌な予感はした。

したけれども……サクラノヴァさんは俺が止める間もなく村人たちに向き直りこう言った。


「そうだったな……だがもう安心しろ。……この者は――“竜の専門家”だからな」

「……え?」


な、なんだって??


「おおおおお……!」


その言葉に村人たちが歓声を上げ、その視線が一斉に俺に集まる。

一方で完全に置いてけぼりだった俺は思わずサクラノヴァを引っ張り、村人に聞こえない声で話した。


「ちょ、サクさん!? 俺、そんな設定ないよ!? 竜の専門家ってか俺自身が竜だけど!?」

「ふん、だからこそ“詳しい”のだろう? ……それに、これは情報を得るチャンスだからな。話を合わせろ」


そうして笑うサクラノヴァさんを見て思い出す。

あぁ、そうだった。彼は仲間であろうが、使えるのならばすぐに駒にするのだと――――。





―――そして、現在。





村を救ってくれる英雄だと信じて疑わない村人たちに俺は諦めて、村長の差し出すロースト肉を食べながら聞いた。


「それで……その“竜”ってのは、どんな感じなんですか?」


俺はなるべく自然に、しかし核心を突くように尋ねた。

サクラノヴァさんは依然としてそれを隣でスープを啜りながら、静かに耳を傾けている。

……ってほんとにそのスープ、体のどこに行ってんの? などと気が散ることをされて困っていたが、村長は気にも留めずにふむ、と頷きながら語り始めた。


「事の始まりは三日ほど前の夜のことです……。山の方から“ゴォォォ……”という唸り声のようなものが聞こえてきてですな……。最初は風かと思ったのですが、次の日には畑の一角が焼け焦げておりまして……」

「焼け焦げる……?」

「ええ。まるで炎でも吹きかけられたように。しかもその周囲には、巨大な爪痕のようなものも……それ以降、森にお供えをしたのですが……先日も再び同様の事象がありまして……」


俺は思わずサクラノヴァの方をちらりと見た。 彼はスープを啜る手を止めず、ただ静かに頷いた。


(……炎に爪痕……ってことは……)


「それで、その“竜”って、誰か見たんですか?」

「いや、それが……誰もはっきりとは見ておらんのです。ただ、村の若い者が言うには、夜の闇の中で、赤く光る目と、長い尾のようなものが見えたと……」

「赤い目……長い尾……」


俺がそう唸ると同時、どこぞへとスープを消し終えたサクラノヴァが口を挟んだ。


「わかりました。ではさっそくその森へ案内してくれませんか?」




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