プロローグ 1 灰燼の王
燃え盛る街。
そこかしこで立ち上る赤黒い炎が空を裂き、音を立てて崩れ落ちる瓦礫と黒い煙が視界を覆う。
四方に聞こえる人の鳴き声と叫び声。
悲鳴であり、助けを求め、神に祈る声は、しかし一瞬にして炎に吞み込まれて、やがて静寂に変わる。
見渡せば、炎で灼けた紅い空には視界を埋め尽くさんとするほどの大量の竜がいる。
彼らはその強靭な翼で空を裂き、屈強な体で地を踏み砕き、ただ破壊の衝動に従って咆哮する。
空気を震わすほどの咆哮が街中に響き渡る中―――俺は、その街の中心に立っていた。
乾いた空気の中にただ一人。
何もせず、天を仰いでいるだけの俺に……しかし誰も近づこうとはしない。
……いや、近づけないのだ。
空飛ぶ竜よりもさらに大きな体を持つ二頭の竜が俺を守るかのように地に降り、俺の意志を待つかのように鎮座しているのだから。
相も変わらず聞こえる人間たちの悲鳴と、燃え滾る灼熱の炎によって崩れた建物の瓦礫を見て、俺は誰に言うでもなく呟いた。
「……今なら、貴方が言っていたことがわかる気がするよ……」
そう呟いた時。
燃え盛る街の中心で静かに立ち尽くす俺の前に、一人の男が現れた。
瓦礫と炎の迷路をかいくぐり、竜の群れをすり抜け、奇跡のように生き延びてここまでたどり着いたそれは、名も知らぬただの人なのだろう。
彼は俺の姿を見つけた瞬間、膝から崩れ落ちた。
逃げ回り、叫び続け、その体は既に限界を迎えているのか、全身は煤にまみれ、服は焼け焦げ、血と汗と涙でぐしゃぐしゃになっている顔で、彼は何かを叫んだ。
「――――……っ! ――――!!」
声にならない声で、彼は何かを訴えていた。
泣き叫び、祈りを捧げ、必死に命を繋ごうとしているのだろう。
だが――――俺の心は、何一つ動かなかった。
「……行け」
俺はゆっくりと腕を上げ、その男を指し示した。
次の瞬間、俺の背後に控えていた二頭の竜が俺の指示とともに同時に咆哮を上げる。
その咆哮は空を飛ぶ竜でさえ震わせ、地を揺らす絶望を告げる鐘の音のように響いた。
再び男が何かを叫んだ。
それは助けを求める声だったのか、呪いの言葉だったのか。それともただの断末魔だったのか。
双竜の口から放たれた紅と蒼の炎が男の身体を包み込み、一瞬のうちに肉も骨も、灰すら残さず。
祈りも絶望もすべてが無へと還り……その意味を知る者は、もうこの世にいなくなった。
……だが、俺はそんなことなど気にも留めずに再び空を眺める。
――あぁ、暇だなぁ……。
燃え盛る雲と、崩れゆく街の残骸。
人々の悲鳴は既に遠く、炎の弾ける音だけが耳に残る中、ふと、俺はそう思った。
そして―――。
あぁ……そうだ。
暇だし、こんな世界……滅ぼしちゃうか……。
――――これは、俺がこの世界を滅ぼすまでの物語。
裏切り、喪失、絶望、その全てを吞み込んだ俺が、この世界の終焉を告げる者――魔王としてこの世に君臨するまでの物語。
……さあ、始めよう。
俺が、ただの暇つぶしに世界を滅ぼすまでの物語を―――――。
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