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第3話 何だかおかしなことになったわ

 大講堂から出た途端、ドライが凍てつくような眼差しをズィープに向ける。やや笑みを浮かべている分、かえって怖い。

 ズィープはビクッと肩を震わせ、子犬のようにプルプルしている。


「さーて、ズィープ。ネタは上がっているよ?」

「待ってください、ドライ。ズィープを叱らないでくださいな。わたくしが無理を言ったのですから」


 ドライは他の二人の副部隊長と比べてもいつも飄々としているというか穏やかで、こんなドスの効いた声を出す人ではない。

 よく分からないけどかなり怒っているらしい、と思わず間に入ると、ドライは

「いえ、彼は自分の好奇心に負けて間違った行動をしてしまったんですから」

と、チラリとズィープに視線を寄越した。ズィープはビクン、と肩を震わせ、このままチビってしまうんじゃ、と思うぐらい怯えている。


「随分とテキパキと更衣室の確保、マリアンセイユ様の誘導などを行ったそうだね。それはいいとして、君は何をしたのかなぁ?」

「だ、だって、大公宮の舞踏会ですよぉ? 僕たちは周辺警護の任務があるから入れないじゃないですかぁ!」

「だからと言って、盗撮は駄目でしょ?」


 ドライがズボッとズィープの武官服のポケットに手を突っ込み、あっという間に引き抜いた。

 握った右手を私の目の前で開いてくれたので、恐る恐る覗き込む。

 手の平の上には、拳大の小さなガラスの窓がついた円筒形の器具と、鉱物のような六角柱状の白い結晶。


「マリアンセイユ様。僕はズィープに対しあなたを止めなかったことを怒っているのではなく、コレを怒っているんです」

「それ、何ですの?」

「記録水晶と、その魔道具です。映像を写し取るための物ですね」


 ああ、あの、植物園に付けられていたという、カメラ的なやつ。それのミニチュア版かしら。いえ、携帯用?

 ……あれっ、さっき盗撮って言ってなかった!? 


「『外政部』では諸々の任務のために一部の武官に持たせているんですがね。こんな風に使う為じゃなかったんだけどなあ?」

「だって、みんな見たがりますよ、絶対! 楽しみは共有しないと! 僕だけ拝見したなんてバレたら逆に吊るし上げられます!」

「そんなものが言い訳になると思う?」

「お願いします、その映像だけは、仲間の元へ持ち帰り……」

「ダーメ!」

「あの、それならわたくしにその記録水晶を頂けません?」


 思わず口を挟むと、ドライとズィープが揃って「は?」というような顔をした。


「わたくしの先ほどの様子が写っているんですよね?」

「そうですが」

「ちゃんとできていたのか、客観的に見てみたいですし。アイーダ女史にも見せたいですわ」


 これは本当よ。け、決してその盗撮カメラに好奇心を持った訳じゃないわよ?


「ですので、わたくしの勉強のためにズィープが撮影してくれた、ということにしてはどうでしょう? まだディオン様には報告していませんよね?」

「してはいませんが……」

「でしたら、わたくしに免じてズィープを許してあげてくださいませんか? わたくしとしては資料映像が頂けるのは有難いですし」


 悪気は無かったみたいだし、こんなことでズィープが近衛武官をクビ、とかになるのは気分が悪いわ。

 何とか穏便に済ませられないかしら……。


 そう思いながらドライをじっと見つめると、ドライは「ふうむ」と鼻から息を漏らしながらしばらく考え込んでしまった。その隣ではズィープがハラハラしながら私とドライを見比べている。


「……わかりました。そのようにいたしましょう」


 ドライが記録水晶と魔道具を私に差し出す。両手の手の平を上に向けると、その上にポン、と置いてくれた。


「こちらは、マリアンセイユ様にお渡しします」

「ぼ、僕の……」

「どっちみち没収するつもりでしたから」

「え、あ、ごめんなさい!」


 どうしよう、これじゃカツアゲだわ。ズィープを助けたつもりが、脅して魔道具を巻き上げたことに!


「いえ、マリアンセイユ様、いいんです」


 私が慌てふためいていると、ズィープが無理矢理笑みを作って「ははっ」と乾いた笑いを漏らした。


「クビになって最下層の労働力として拘束されるより全然マシですから……」


 僕、まだ青い空を見ていたいです、とズイープが遠い目をしている。


 ひぃぃぃ、思ったより罰が重かった! 庇って正解!

 最下層の労働力って何!? 奴隷!?


「あの……」

「マリアンセイユ様、お聞きにならない方が身のためです」

「は、はい!」


 ドライの全然笑っていない瞳にビクつき、思わずいい返事をしてしまう。どうやらリンドブロム大公宮の闇の部分らしい。

 さすがにこの場では好奇心を引っ込めよう、と自重したのだった。



   * * *



「あなたは、ご自分の立場をどうお考えなんでしょうね?」


 学院長室のひと際大きい黒塗りの机の向こう。これまた立派なふかふかの椅子に腰かけたディオン様が、机に肘をつき、組んだ両手の上に顎を乗せ、張り付いたような笑みを浮かべている。


 ディオン様って無表情がデフォルトだから、これはかなりイラついているとみた。

 でも、どうしてこんなに不機嫌そうにしているのかしら。皆目見当がつかないわ。

 確かに、ドライとズィープの一悶着があったし、練習着から制服に着替えるのも少し手間取ったから、来るのが少し遅れちゃったかもしれないけど。でも、そんなに怒らなくてもいいのに。


「リンドブロム聖者学院の一生徒、と考えておりますが」

「公爵令嬢としては?」

「先生に合格もいただけましたし、おかしな振舞いはしていないと思っています」


 証拠に貰った記録水晶を出したいところだけど、それはマズいわね。ズィープの首が飛ぶ。

 まぁ私自身に後ろ暗いところは無いし、とハキハキ答えると、ディオン様はハーッと長い溜息を漏らした。


「なぜ合格が必要なんです?」

「ディオン様が仰ったではありませんか。社交デビューしていない人は必ず受講して下さい、と」

「確かに言いましたが……」

「わたくしも該当者ですから。ディオン様の婚約者として、恥ずかしい振舞いはできませんし」


 あんた、しかも目で威嚇もしてたじゃないのよー、という思いはとりあえず胸の奥に引っ込めておく。

 

「わたしが、婚約者であるあなたを招待しないことなど、あると思いますか?」

「え? 招待状はまだ届いておりませんので、念のためと申しますか」

「上流貴族は子息令嬢含めて全員招待します。本日発送したかと思いますが」

「まぁ、そうなんですの」

「婚約者を『まだ社交デビューしていないから』という理由だけで除け者にするほど、わたしは狭量の人間と思われたのでしょうか」

「まさか、そんな……」

「せめて授業に出る前に、わたしに問い合わせることはできませんでしたか? 不安なら大公宮から講師を……」

「とんでもない!」


 何を言い出すのやら、この人は。

 一生徒が大公世子でもあるディオン学院長に物申すなんて、おかしすぎるでしょ。しかも私用に講師を派遣するとか!

 こんなことで、なぜ婚約者の威光を使わないといけないの。


「ただでさえ公務でお忙しいディオン様のお手を煩わせるわけには参りませんわ。それに、婚約者という立場を振りかざすような真似もしたくはありません」

「どうも前提がおかしいですね。まるで、わたしがあなたに関わりたくないと……わたしがあなたを疎ましく思っているかのように聞こえる」

「そうは申してはおりませんが……何しろずっと眠っていたのですから、わたくしがちゃんとお役目をこなせるか不安視されているだろう、とは思いました。ですから授業に出て先生にきちんと合格を頂き、堂々と参加したかったのですわ」


 ひょっとして、私がディオン様へのあてつけのように授業に参加した、と考えているのかしら?

 だとしても、どうしてそういう思考回路になったんだろう? この人、私に嫌われていると思っているのかしらね。

 いや、嫌うも何もそんな間柄ですらないじゃないの、私達。

 婚約者です、と大公殿下の意向でただ線で結ばれただけ。そこには何の感情も無いし、恐らくまだ信頼関係すら築けてはいない。


 シャルル様の『魔獣使い』という言い方といい、この監視体制といい、私は相当警戒されているんだな、と思う。諸刃の剣、といったところかな。

 だから、以前のように膨大な魔精力に振り回されることは無い、きちんと公の場に出られるだけの教育を受けているし、力や権力を振りかざすような人間ではないので信用してほしい、ということを訴えたかった。


 私の言葉を聞いたディオン様は、ふと視線を逸らし押し黙ってしまった。

 あまりゴチャゴチャ言ってもなあ、としばらく同じように黙っていたものの、だんだん不安になってくる。

 どうしよう、もう少しちゃんと説明した方がいいだろうか……と悩み始めた頃になってようやく、ディオン様は目線を上げた。


「……つまり、婚約者という特権ではなく一人の令嬢として、問題なく大公宮に来るだけの素養と礼儀を身につけている令嬢であると認められたかった、ということですか?」

「はい!」


 さすがディオン様、物分かりが良いわ!

 思わず拳にグッと力が籠る。


「わたくしは、ディオン様の婚約者としてこの学院に来ているのではありません。聖女の血を継ぐ者として恥ずかしくないよう、自らの魔精力を磨き、真の魔導士となるために来ているのです」


 だから、あなたの婚約者だからって『聖なる者』の候補から外されるのだけは困るのよ!

 ここ強く主張したいところ、と意気込んで畳みかける。そんな私に、ディオン様はゆっくりと口を開いた。


「話は、わかりました。あなたは大公家とこの世界の行く末を考えておられる、と」

「そう、その通りですわ!」


 言いたいことが伝わって思わず笑みがこぼれたけれど、それを聞いたディオン様はというと、妙にガッカリしたように肩を落とした。

 

「あなたの志は立派です。この一カ月半の学院での様子も聞いています。講師陣からの評判はすこぶる良い」

「ありがとうございます」

「ですので、間違っているとは言いませんが――男としては、あなたに頼りにされたかったですね」

「……え?」


 なぜ急に『男』の話になってるのかしら。意味がわからないわ。

 私が目をパチクリしていると、ディオン様はふうと息をつき、元の張り付いたような笑顔に戻った。


「講師の合格は出ましたし、招待状は間違いなく公爵家に届きます。もう授業は出なくてもよいですね?」

「あ、はい」

「アイーダ・フランケル女史は教養もあり実績もある、素晴らしい方だと聞いています。わたしも勿論、信用していますから、お家で練習なさってください」

「畏まりました。驚かせてしまったようで、申し訳ありません」

「もし……」


 ディオン様は何か言いかけたけれど、すぐに口をつぐみ「いえ」とその言葉を呑み込んだ。

 そしてそのまま「どうぞお帰り下さい」と言われたので、私は首を傾げつつも学院長室を後にした。


 途中までは良かったと思うんだけど、どうも最後の方はしっくりこなかった気がするわ。

 何が悪かったんだろう……?

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