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男神の回顧録9・男神の高揚【第9幕】

“いやん、舞踏会ですって! 胸躍るイベントねー!”


 すでに監視目的というのを忘れたかのような、スラァ様のハイテンションな声。わたしの中でわんわん響き、こめかみの奥を揺さぶられるような感覚になる。


「……スラァ様、少し声を落としてもらえませんか」

“あら、ごめんなさい。……で? 話って?”

「舞踏会の夜、ムーンの協力を得てマユと二人きりで会いたいと思っています。よろしいでしょうか?」

“えっ”


 声高に騒いでいたスラァ様の声が、急に2オクターブぐらい下がった。


“よろしい訳がないでしょう。舞踏会と言えば登場人物が一堂に会してるんだから”

「しかし恐らく、ミーアはここでディオンのイベントを起こしますよね?」

“うーん……多分ね”

「かなり重要なイベントですし、神々の注意をそちらに引き付けることはできませんか?」

“できなくはないけど、マリアンセイユはそのイベントを阻止しないといけないんじゃないの?”

「マユは物語の先を知りませんし、驚くぐらいディオンに関心がないんです」


 マユからはたびたび学院の話を聞くが、授業のことやミーアのこと、友達になったというクロエの話ばかりだ。

 ディオンとはどうなっているんだろう、と思い聞いてみたところ

「えっ、殆ど話してないわ。だって生徒じゃなくて学院長だし」

という返事が返って来た。

 やっぱりマユは、婚約者とはどういうものなのかわかっていない気がする。


“それってどうなの? そりゃミーアに持ってかれちゃうわよ”

「そうですね……」

“あ、セルフィスとしてはそれでもいいのか。マリアンセイユがディオンの婚約者じゃなくなれば障害が無くなるものね”

「いえ、そういう訳では……」


 ミーアがマユからディオンを奪うことを目論めば、マユの身に危険が及ぶ。

 それならばマユがちゃんと自分の立場を主張してディオンの気を引くべきなのだが、マユがディオンと結婚して大公子妃になるという未来は想像し難いし、できることなら阻止したい。

 ディオンと結婚してほしくはないが、ディオンの婚約者から引き摺り下ろされるマユは見たくない。


“えー、男心は複雑ね”

「当たり前のように心を読まないでください」


 わたしがどうしたいかを考えたところで、どうせ神々への披露が終わるまでは何もできない。

 それにマユ自身が今は『聖なる者』になることしか考えておらず、他のことには全く頭が回っていないようだ。

 それは安心なようで不安でもあるが、何も本当のことが話せないのだからどうしようもない。


 それに大事なのは、わたしの望みではなくマユの望み。

 それがどういうものであろうが、わたしはマユが望むことを叶える、そのために動くと決めたのだ。


 そのマユが

「セルフィスと踊りたい」

と言ってくれたのだから、今はそれに最大限応えたい。


 マユはわたしに愚痴をこぼす割に、あまり無茶な要求はしてこなかった。

 大公の間諜だから、会っていることは秘密だから、と手を変え品を変え距離を取るようにしてきたせいか、踏み込んではいけないと思っているのだろう。


 わたしが引いてしまった線をじっと睨み、決してその線を越えようとはしない。だけどその手前で、精一杯身を乗り出すように手を振ってくれている気がする。

 その様子がいじらしくて、可愛くて……申し訳なくも思う。

 本当のことは何一つ言えず、それでも未練たらしくマユを試すようなことを言ったり、揺さぶるようなことを言ったり。

 そんなことしかできないわたしを必要としてくれることが、たまらなく嬉しい。


“へぇ……ちゃんと進展してるのね”

「進展と言えるのでしょうか?」

“まぁ、朴念仁にはわからないでしょうよ”

 

 けっ、と吐き捨てるように言われてさすがに苛つくが、今はとにかくスラァ様の許可をもらわなければならない。


「それで、先ほどの件ですけど」

“どういう手を使うつもりなのか説明してよ。じゃないと判断できないわ”


 スラァ様に言われ、わたしは作戦のあらましを説明した。

 マユはディオンと踊ったあとはもうすることが無いから適当にぶらつくわ、と言っていた。

 恐らくミーアを警戒して様子を見るつもりなのだろうが、もしミーアがイベントを起こしていたとしたら、踊り終わったマユと対面することは無い。既に令嬢達に東側のバルコニーに呼び出されているからだ。

 となると、マユがその反対側、西側のバルコニーに来たところで隔離すればいい。


“そんな都合よく事が運ぶの? 言っておくけど、セルフィスが舞踏会会場に乗り込むのはナシよ”

「そんなことはしません。マユには『その夜のロワーネの森に浮かぶ上弦の月はひときわ綺麗でしょうね』と言っておきましたから」

“……ああ、言ってたわね”


 どうやらマユと会っているときは必ず監視しているらしいスラァ様が、思い出したように呟く。

 しかし意味が解らなかったらしく、

“え、それだけ?”

と不思議そうに声を上げた。


「行動を強制する発言は違反ですから」

“それはそうね。……いやだから、それで必ず西側に来るの?”

「ロワーネの森は大公宮の西にあります。そして舞踏会の時刻なら、上弦の月は西側に見えますから」

“へぇ……”


 マユが来たら、ムーンに結界を張ってもらい、誰も近づけないようにする。あとは私の魔法で作っておいた『聖女の泉』への通路にマユを誘い込む。

 『聖女の泉』は、ロワーネの谷とフォンティーヌの森の分岐点。聖女シュルヴィアフェスが魔界に入る前にこの泉で身を清めたといわれている。

 実はリンドブロム城の敷地からかなり奥にあり、今では誰も立ち入ることのない場所、いわゆる聖域だ。


 地上に魔法の通路を作るためには、次元に穴を開け出発地点と目的地と繋ぐ必要がある。さらにそれらが不自然なものとならないよう偽装するのにも、かなりの魔精力を消費する。

 魔王の力はこれでかなり抑えられるし、聖女の泉自体が自然の魔精力に溢れた神聖な領域だ。これにムーンの結界が加われば、まず見つからないだろう。


“なるほどね。月光龍の結界が神々にどこまで通用するかはわからないけど、仮に見えていたとしても小部屋の人の出入りまで気にすることはないだろうし、ましてや『聖女の泉』を覗く者はいないと思うわ”

「よろしいでしょうか?」

“ま、いいでしょう。ただし、マリアンセイユを西側に直接連れて行くような真似は許さないわよ。あくまで彼女の意志で。彼女には、ディオンとミーアのイベントに割って入る権利があるのだから”

「わかっています」

“来なかったら諦めてもらうわ”

「はい」

“……ま、頑張って”


 素っ気なく励ましの言葉を述べ、スラァ様の気配が消える。

 途端に、ドッと汗が噴き出て眩暈がした。『女神のロッド』によるスラァ様との会話は、得るものは多いがかなり体に負担が来る。

 しかし弱音を吐いている訳にはいかない。


 もうすぐ、この物語は終わる。

 マユの望みのために動くとは言ったが、おとなしくディオンに持っていかれる気はさらさら無いのだ。



   * * *



 舞踏会の夜のマユは、夜空に輝く月のように美しく、可憐で。

 魔法の通路から出てきたのを見たときは、一瞬息が止まった。


 思えば、公爵令嬢として振舞うマユを見たのは初めてだった。

 2年間、アイーダ女史に厳しく叱られて、半泣きになってわたしに愚痴を言いながらも、ずっと努力して。

 わたしのせいで何も知らない世界に来てしまったマユは、本当に何も無いところからここまで来たのだ、と尊敬の念すら抱いた。


 パルシアンにずっと閉じ込めておきたかった。

 けれど、マユが表に出て多くの人間に認められ、数多の令嬢が歯噛みをするような美しい立派な淑女となったのは、陰でずっと見ていたわたしにとっても誇らしいことだった。

 そしてマユにとっても、そうやって公にその存在を認められることは大事だったのだと思う。

 ずっと僻地パルシアンに追いやられていた罪深き可哀想な令嬢のままでは、マユの本当の魅力は花開かなかったに違いない。


「月夜に相応しい装いですね。ディオン殿下に合わせたのですか?」


 緑の絨毯の上で舞いながらマユにそう問いかける。

 ほわっと幸せそうに笑っていたマユは、少しだけ我に返った表情をすると

「そうなの」

とやや気まずそうに答えた。その真意はわからない。

 しかし次の瞬間には、パルシアンで見るいつもの楽しそうな表情に戻っていた。


「でも……セルフィスに合わせるなら、アクセサリーはゴールドだったわね」


 そう言って本当に嬉しそうに笑うので、何とも言えない、甘く切ないものが胸の奥から込み上げてきた。


 何一つ本当のことは伝えられないわたしに、どうしてそんな嬉しい言葉をくれるのか。

 マユのためにと言いつつ、マユがわたしにくれるものの方がずっと大きくて、温かくて、危うく涙が出そうになった。


 物語が終わるまであと少し……本当にあともう少しのはずなのに、随分と先のことのように感じる。

 すべてが終われば、わたしは、わたしの真実の言葉をマユに伝えられるのに。





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