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男神の回顧録8・男神の忍事【第7幕・第8幕】

 夢となってしまった真夜中の密会後――マユに会いに行くことができたのは、それから二週間後のことだった。

 学院に入学した以上、マユの拠点はロワネスクへと移る。それはミーアの拠点でもあり、当然足を踏み入れることはできない。

 頻繁にガンボを派遣する訳にもいかず、スラァ様の言いつけを守ってずっと魔界に引き籠っていたところ、やっと連絡が入ったのだ。


“マリアンセイユはパルシアンにいるわ。今から1時間ぐらいは一人のようよ”

「ありがとうございます」


 行くなら今のうちに行きなさい、と言われ、すぐに魔界を出る。

 まるでスラァ様に飼われている犬のようだ……。そしてあながち間違いでもないのが悔しい。

 やや凹みかけたが、マユに会えないよりはマシだ、と思い直した。



 そうして会いに行くと、マユは驚くほど項垂れていた。てっきり楽しい学院生活を送っているのかと思いきや、そうでもないらしい。

 わたしの顔を見るなり半泣きで抱きつこうとするので、慌てて制した。


 何しろ今は、『影』の状態だ。なぜ目覚めた後も『影』で動いているのかと言えば、魔王の身体でウロウロするより魔精力の制御がずっと楽で、まず誰にも見つからないからだ。

 解除すればすぐに魔界の魔王の身体に戻れる、というのも利点だった。その際は魔精力の放出に注意しなければならないが。


 少し見ない間にマユの魔精力はかなり活性化していて、触れられると確実に『影』は壊れてしまう。

 それぐらいギリギリの状態で、わたしは地上に降りている。万が一にも、スラァ様以外の神に見つからないようにするために。


 当然そんな事情を知らないマユは、わたしに拒絶された、と感じたらしくひどく寂しそうだった。

 そんなことはない、と言ってやりたい。……だけど、とにかく今はどうすることもできない。


 これはマユのため、と何度も心の中で唱えつつ、適当な嘘をつく。

 こうしてまた、マユに言えないことばかりが降り積もってゆく。


 いや……マユのためじゃない、わたし自身のためか。

 最初から今まで全て、マユを守るためと言いつつわたしの保身のために吐き続けた嘘のような気がする。


「ねぇ、セルフィス」


 しばらく考え込んでいたマユが、意を決したように口を開く。


「何ですか?」

「すごく久しぶりに会う気がするわね。いつ以来だったかしら?」

「……ここで召喚魔法について説明したとき以来ではないでしょうか」


 内心ギクリとしたが、冷静にするりと言葉を返せた。


「マユはそのあと、ギルマン領に行ってしまったでしょう」

「あ、うん。……そうだね」

「ですから、約1カ月前ですね」


 わたしの言葉に、マユは「そっか」と呟き、しばらくじーっと私を見つめた。

 わたしもいつもの笑みを浮かべ、平静を装ったつもりだったが……マユのその碧の瞳に覗き込まれると、心がぐらついてしまう。



   * * *



“あれは……多分、信じてないわね”


 マユとまた会う約束を取り付け魔界に戻ってくると、スラァ様が当然のように話しかけてくる。


「覗き見していたのは隠そうともしないんですね」

“こんなことになったのは私にも責任の一端があるから。監視義務があるのよ”


 それだけだろうか、と思わないこともないが、何しろスラァ様に逆らうことはできない。


“大胆なようで慎重。深慮なようで直観。面白い()ね”

「今さらですか……」

“あら、随分とノロけるのね”


 ノロけ? そんなつもりはないのだが。


“ディオンとの初顔合わせは最悪だったみたいね”

「そうですね」


 マユはロワネスクでの生活で随分と鬱憤を溜めていたようで、堰を切ったように大量の愚痴を吐き出した。

 それは、ディオンに喧嘩を売られた話や、貴族令嬢達の視線、噂話など、外の世界に関わったからこその苦い体験ばかりだった。


 だからパルシアンにいればよかったのに……と言いたいところだが、マユの魔精力の活性化を考えると『魔導士』としての成長には必要だったように思う。

 もしマユが将来、召喚聖女としての道を歩むことを選んでくれるなら……それは決して、無駄にはならない。


“前も言ったけれど、本人がいかに悩みながらも真摯に考え、努力して、自らの人生を決めるかが重要なのよ。発言には気を付けなさいね”

「わかっています。マユが愚痴を言えるのは、わたしだけですから」

“……え゛”

「わたしがマユに会いに行くのは、話をするためじゃありません。マユの話を聞くためです」

“……ノロケが止まらないわね。あの唐変木のセルフィスが……ほんと、びっくり”


 だからどこがノロケなのか、その辺をもう少しきちんと教えてほしいのだが。

 スラァ様は「じゃ、またね」とだけ言い、スッと気配を消した。


 ディオンと上手くいかなかったと聞いて、ホッとしてしまっている自分がいる。

 しかしそれは、ミーアが付け入る隙を与えているということにもなる。

 もしミーアがディオンを選ぶようなら、マユは明らかに邪魔者だ。その身に及ぶ危険性は、かなり高くなる。


 陰で気を揉むことしかできないというのは、ひどくもどかしかった。



   * * *



「マデラがミーア……『聖女の再来』と会った? どういうことです?」


 ムーンからその報せを受け取ったのは、マユが学院に入学して一か月半が過ぎた頃だった。


 ミーア・レグナンドがマデラに出会うイベントは、確かに存在する。アッシュのところにいるスクォリスティミが地上に逃げ出したことにより発生するイベントだ。

 しかしこれは、ワイズ王国領のホワイトウルフの群れの嘆きにスクォリスティミが引き寄せられる、というのがそもそものきっかけのはず。マユによる『ホワイトウルフの殲滅』が起こった以上、消失したと思っていたが。


“事の発端は、聖獣が魔界から地上に繋がる穴を無理矢理開けたことなんだが”

「……は?」


 聖獣というと、マユに絡んだ話だろう。何だそれは?

 ……そうか、だからわたしが知らないのか。本来の『リンドブロムの聖女』にはない出来事だから。


 ムーンの話によれば、マユは入学試験において聖獣を登場させるために、いつもの召喚ではなく魔界から無理矢理穴を開けさせたらしい。

 なぜそんなことをしたのかは謎だが、とにかくそのせいでスクォリスティミがアッシュの沼からリンドブロム城へと逃げ出してしまったという。


 頭痛がする。つまりマユが元凶なのか……。

 そもそも、このイベントはプリーベ様のプロットには記載してあったもの。発生条件さえ揃えば多少経緯は変わっても起こってしまう。


 そしてこれは、ミーアが最短でディオンと出会うイベントで、しかも場合によってはマユを魔界へと追放するイベントに繋がる。

 だから魔獣達にはリンドブロムには関わるなと言っておいたはずなのに、なぜこんなことに?


 しかし……そうか、スクォリスティミは魔物ですらない。ましてやマデラも、地上を攻め入る訳ではなくアッシュの依頼を受けてスクォリスティミを探しにいっただけだ。

 約定の範疇外だから、事前の牽制も効果が無い。失念していた……。


“マデラは、ミーアという娘は確かに『聖女の再来』だと言っていた”

「マデラの姿が見え、対話をしたからですね」

“そうだ”


 ミーアが落とし穴に落ちたのは偶然か?

 いや、『早坂美玖』の魂を入れてからもう2年が経過している。物語がすでに始まっている以上、『早坂美玖』としての記憶は取り戻していると考えていいだろう。

 となると、罠だと知っていてわざと落とし穴に落ちたことになる。……ディオンを選ぶつもりがある、ということだ。


“しかしアッシュは、パルシアンの娘を聖女に推しているようだ”

「え?」

“スクォリスティミは今、パルシアンの娘の下にいる。マデラがそう伝えたところ『そのままでよい』と言ったらしい”

「それが、どうしてマユ……いえ、マリアンセイユを聖女に、という話になるんですか?」


 わたしとしてはそれは願ったり叶ったりだが、まだムーン以外には魔王復活の事実は伏せられている。

 当然アッシュには何も言っていないし、それに、マユに会う際は細心の注意を払っていた。魔王の魔法の方が遥かに上なのだから、アッシュの『水通鏡』にもわたしの姿は映らなかったはずだ。


“スクォリスティミがやけに娘に懐いているらしい。聖獣もあの娘の下にいるし、恐らく魔王があの娘を望んでいることを悟っている”

「……」


 ムーンはわたしが魔王として目覚めたとき、すぐさまマユの元へ行ったことを知っている。

 ひょっとして何か漏らしたか、と思わず睨むと、ムーンは

“言っておくが、わたしは何も言っていない”

とやや憤慨したように語気を強めた。


“アッシュは聖獣を保護していた。聖獣からあの娘の元へ下った経緯などを聞いて、そう判断したのだろう”

「……」

“これらの出来事の裏に魔王の意図が見える、と。……目覚める前に、実はかなり『影』で動いていたのだな、魔王”


 どうやらムーンは、わたしが彼に何も言わず黙って動いていたことに、少し腹を立てているらしい。

 自分は魔王の相棒ではないのか、と。


「……事情がありまして。これからはムーンを頼ることにします」

“そうしてくれ。わたしの結界ならば、すべてを退けるのだから”

「そうですね」


 わたしが微笑みかけると、ムーンはフン、といつもの鼻息を鳴らし、きまり悪そうに顔を背けた。


 この世界の者として他と関わることで、事態は動いていく。

 俯瞰で眺め、一線を引いて接するのではなく……相手の気持ちに寄り添うこと。少しずつでも歩み寄ること。

 それが、『この世界で生きる』ということかもしれない。

 ――それは勿論、マユに対しても。





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