聖女の魔獣訪問7・ユーケルン(後編)
自分を召喚したレミリア・アルバードと相思相愛になったユーケルン。この地で蜜月を過ごしていたが、『聖女の素質』がなかったレミリアは心が蝕まれ、身体も蝕まれようとしていた。
「……そして、アルバード家へ帰したのね」
確かクロエの話では、一か月後に帰って来た、という話だった。
セルフィスに魔精力の耐性の話を教えてもらったときから、ちょっとおかしいなとは思っていたの。
処女好きというのは新しい物好き、そして1回こっきりということでもある。そんなユーケルンが、一人の令嬢を一か月も手元に置いていたということ。
そして、一か月後にわざわざアルバード家に戻した、ということ。
令嬢は魔獣召喚をした。この場合、令嬢が魔獣に喰われるのは約定違反ではない。ユーケルンに攫われてそのまま帰ってこないのが当たり前なのに。
『レミリアが魔法陣を描いてアタシを召喚してしまったのは、危険のない魔獣だと思っていたから』
「……そうね」
魔王侵攻の際にフェルワンドとサーペンダーが荒らした大地を浄化し、魔王へ献上したとされるユーケルン。
魔王の配下に加わって以降は、魔獣の中では珍しく、自ら人間を駆逐することは無かったと言われている。
『それでは駄目ね。やはり魔獣は人に恐れられる存在でなくては』
「それを知らしめるために、あえて狂った彼女を返したの?」
『ええ。そういうことがあれば、二度と魔法陣を使おうとは思わないでしょう?』
「……」
『アタシも自分の本能には逆らえないし。可愛い処女ちゃんを狂わせたくはないわ』
「……」
そうね……。愛したくても、相手を破滅させてしまうんじゃね。
でも……あら?
何か都合よくせつない悲恋話にまとめられちゃったけど、肝心なところを聞いてないわ。
「ちょっと待って。人助けって、結局何なの?」
『レミリアと暮らしていた頃、その姿を見られたことがあったみたいでね。それ以来、この島にときどき人間が訪れるようになったのよ』
「え?」
『ほらぁ、ここはアタシのテリトリーだから、森の奥までは入ることができないでしょう?』
「そうね」
『そんな場所に、真っ白な翼を持つ美しい存在がいる。きっと神の使いだろう、みたいな感じでね。街からときどき人間が願掛けに来たり、どうか助けてくれと懇願しに来たりするようになったのよぉ』
「……」
美しいって自分で言っちゃうんだー。
でも確かに、あの男装麗人の姿で真っ白な翼を生やされたら天使かと思うかもしれないわね。そして、普通の人間は入れない森の奥に消えて行った、となれば。
神の聖域みたいな扱いになっている、ということかしら。神秘の力で守られた神聖な森、みたいな。
うーん、実際の主は真逆なのに……。
「人々の願いって?」
『まぁ、いろいろね。無理矢理結婚させられそうで逃げてきたとか、大漁祈願とか、苛められてるので助けてくれとか、貧乏が辛い、とか』
「……」
『当然、男はシャットアウトよ。可愛い処女ちゃんだけ一時的に匿ったりついでに可愛がったりしてるのー』
「……それ、人助けなの?」
『願いを叶えてあげることはできないけど、精一杯慰めて、素敵な夢を見せてあげてるの。……あっ、心配しなくても、一日か二日でちゃんと帰してるわよ!』
レミリアの二の舞はごめんだもの、と言って、ユーケルンは少し寂しそうに笑った。
自分の魔精力で歪まないように、手元には置かないと決めているらしい。
元の町に帰すようにしているが、例えば街から逃げてきて、本当に逃がしてあげた方がいいと判断した場合は、受け入れてもらえそうな町まで運んであげたりもしているそうだ。
『ね、人助けでしょ?』
「……」
そうね、と素直には頷きかねるわ。見方によっては人攫い……。
これはどうなんだろう? 放置しておいていいのかな?
だけど、何かに縋りつきたくなるときはあるわよね。すぐ近くとは言え、わざわざ海を渡ってこの島に来るだけの理由を抱えた少女たち。よっぽど現実から逃げたくなるようなことがあったんだろう。
そういう現実逃避する場所があるというのは、そう悪いことではないのかもしれない。
でも……うーん?
「そもそも島全体に結界を張ってしまえば上陸できないんじゃない? もう人々が願掛けに来ることもなくなるわよね」
『イヤだ、聖女ちゃん! アタシの楽しみを奪わないで!』
「やっぱり楽しんでるだけじゃないの! だいたい、魔王は知ってるの!?」
『どうかしら? わざわざ報告はしてないけど、知ってるんじゃないかしらねー』
まぁ、セルフィスは放置だろうな、きっと。
人間と魔物のどちらも何の被害もないでしょう、むしろwin-winでは、とか無表情で言いそうだわ。
そう言えば人攫いは普通にあります、とか言ってたっけ。
『それでね! 魔王とラブラブな聖女ちゃんにお願いがあって!』
「ラブラブって……」
『聖女の素質がある、可愛い処女ちゃんがいたら紹介してほしいんだけど』
「はぁ!?」
何を言い出すのかしら、このエロ魔獣は!
『アタシも番が欲しいの。大事にするからー』
「無理よ!」
『えー? だってリンドブロムって、貴族令嬢の独身率が高いんでしょ?』
「よく知ってるわね、そんなこと……」
私がやや呆れながら呟くと、ユーケルンはふいっと自慢げに顔を上げた。
『当然よ。だからね、勿体ないからアタシにちょうだい!』
「そういう問題じゃないわ。だいたい、聖女の素質を持つ人間というのはかなり稀だという話よ。そう簡単には見つからないわよ」
『そうだけど、ゼロではないはずよね? 聖女ちゃんがいる間は、新しい聖女は要らないでしょ? だから……』
「ぜーったい、駄目!」
『ええー? 自分達ばっかりラブラブでずるいわ!』
「それ、魔王に言えるの?」
『言えないから聖女ちゃんにお願いしてるんじゃないのぉー。だーって護符はもう無いし、ツテは聖女ちゃんぐらいしかないんだものぉー』
「……護符?」
護符ってアレよね。クロエが持っていた、アルバード家に代々伝わるピンク色の小さな石。レミリアを返すときに授けたという。
風魔法で解除することでユーケルンの幻影が現れる……。
えっ、まさか!
「ユーケルン。あの護符、まさか番を見つけるための餌だったの?」
『えっ、ええ!?』
「アルバード家の処女に身につけさせろ、と指示したそうね。そして恐らく、聖女の血を引く処女による風魔法だけが解除できるようになっている」
多分、仕組みはこうよ。
ピンチになったアルバード侯爵令嬢(処女)が護符を発動し、ユーケルンの幻影が彼女を助ける。
恐らくユーケルンは、護符が発動したらすぐに察知できるようにしていた。だからあのときも、すぐに私のところに現れたのよ。
そして人型になって令嬢の前に現れて口説き、そのまま攫う。
護符を解除できる人間が限られていたのは、風の魔獣ユーケルンがふるいにかけていたから。クォンがクロエには懐かなかったように、魔物には属性の相性というものがある。ユーケルンは風属性の魔精力を持つ少女を好んでいるのよ。
そして聖女の素質があれば、そのまま番に。もしなければ少しだけ可愛がり、再び護符と共にアルバード家に帰す。
以下、この繰り返し。いつかは聖女の素質がある少女を引き当てるはずよ。上流貴族の名門、アルバード侯爵家。我がフォンティーヌ家の次に聖女に近い血が流れているんですもの。
実際にはユーケルンを召喚した私をフェルワンドが護ってくれたおかげで、このエロループは途切れた訳だけど。
『くうっ……』
私がそのからくりを説明するたびにビク、ビク、と身体を震わせていたユーケルンが、ガックリと項垂れた。
そして悔しそうに奥歯をガシガシ言わせている。……ちょっと怖い。
『さ、さすがムッツリ聖女ちゃんね……。アタシの目論見を、こうも簡単に看破するとは!』
「ムッツリじゃないったら!」
『まぁ、それなら話は早いわ。そんな訳でアタシの番になれそうな娘、紹介して!』
ワササササ、と白い翼をはためかせ、ユーケルンが前のめりになっている。
ちょっと、人をムッツリの同士みたいに言わないで。
それにしても、何を言い出すのやら。本当にどこまでも本能に忠実な魔獣だこと。危険な魔獣であることには変わりないわ。
こうなると、その『神秘の島』伝承の方はそのままにするしかないのかしら……。
せめてそっちで欲求不満を解消してもらわないと、何をするかわかったもんじゃないわ。
……とは言え、これは長期的な経過観察が必要な事案ね。
「聖女の素質があって、家では虐げられていて誰も味方がおらず、不幸のどん底にいて家を出ることでしか生きる術がないぐらい可哀想な、可愛い処女がいたら考えてみるわ」
仕方なくそう返事をすると、ユーケルンは
『そこまで!? そんな娘いないわよー! 酷いわ!』
とひどく不満気に声を荒げた。
そんなこと言われても、いくら『魔物の聖女』だからって魔獣に人間を斡旋することなんかできないわよ。
困った魔獣だわ、ユーケルンって……。
≪設定メモ≫
●風の魔獣『ユーケルン』(愛称:ケルン)
薄い桃色の体躯に濃い桃色の鬣、真っ白な翼を持つ一角獣。長いウェーブのかかった金髪を靡かせた蒼眼の美男子に変身することができる。
真の名は『ユー=クラン=ス=ケルン』。
世界のあちこちに小さめの領域を複数持ち、それらを拠点としつつ気ままに旅をしている。
人型になったときの姿は金髪碧眼の美しい男性だが、あまりにも目立ちすぎるために人間社会に潜り込めない、という欠点がある。その気になれば目立たない容姿にもなれるのだが、本人の美意識がその姿を許せないため、短時間しかもたない。
→ゲーム的パラメータ
ランク:A
イメージカラー:桃色
有効領域:空中、地上
属性:風
使用効果:浄化、治癒(すべてを癒す大いなる風)
元ネタ:ユニコーン




