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聖女の魔獣訪問1・フィッサマイヤ(5)

『このあとは……おおよそ語り継がれている通りだと思いますわ。ルヴィはジャスリー王子を説き伏せ、それぞれ人間側と魔物側に分かれて説得を試みた。魔獣達もルヴィを認め、魔王を――地上の未来を、聖女シュルヴィアフェスに託すことに決めたのです』


 話し終えたマイヤ様はふうう、と肩から力を抜き、コクリと一口紅茶を飲んだ。

 

「ジャスリー王子は、聖女シュルヴィアフェスを愛していたのでしょうか……?」


 魔獣側からの話を聞くと、まるで聖女を利用したように感じてしまうのだけど。

 マイヤ様は曖昧な笑みを浮かべ、わずかに首を傾げた。


『どうでしょう? 大事にはしてくれていた、とルヴィは言っていました。でも大事にしていたのは自分だったのか聖女だったのかはわからない、と』

「……」

『それは魔王も同じだ、と。ただ、無理矢理身体を奪われたこと、その後もろもろのことが積み重なって、ジャスリー王子への想いは複雑だったようです。魔王の行動の方がまだ理解できる、と』


 ワイズ王宮が聖女シュルヴィアフェスを『客人』として扱ったのは、純粋に『聖女』に敬意を表してとも考えられるし、彼女を魔王への盾に使う気はない、というジャスリー王子の愛情のようにも思える。

 だけど、聖女――いえルヴィは、もともと大事に王宮の奥に囲われておとなしくしているような人ではなかった。

 彼女は、より自分を必要としている魔王を、最終的に選んだのかもしれない。


『そして、どうか魔界へ――魔王の下へ来てほしいというわたくしどもの願いを、ルヴィ……いえ、聖女シュルヴィアフェスは受け入れてくれたのです』

「つまり……約定は、ジャスリー王子には寝耳に水だっただけで、聖女シュルヴィアフェスはとっくに承知していたことだったのですね」


 絵本では、泣いて悲しむジャスリー王子に対し聖女は非常に落ち着いていた、と書かれていた。

 そのあと、聖者学院で習った歴史学でもほぼ同じ内容だったわね。むしろ聖女がジャスリー王子を宥め、静かに魔王の元へと赴いた、と。


『そうです。しかし聖女が望んだ訳ではありません。我々の望みに応えてくれただけですわ』

「……」

『ですから、こたび……聖女はどうして自ら魔界に来たのだろう、と。とても不思議だったのですが』


 そこまで言って言葉を切ると、マイヤ様は私を見つめ、にっこりと微笑んだ。


『相思相愛だと伺って、安心いたしました。きっと、初代魔王もルヴィも喜んでいることでしょう』

「……そうだと、いいですね……」


 魔界に行ってからの聖女が、魔王とどう過ごしていたのかは、はっきりとは分からないけれど。

 だけどあの『聖女の匣迷宮』は、魔王が居場所を失った彼女を想って用意したものなんだな、と思う。

 聖女じゃない、人間の『ルヴィ』のために。


 それにしても、だ。

 ここ一カ月探索して思ったのだけど、農場とか牧場とか湖なんて、本当に地上にいるのかと錯覚するぐらいなのよね。

 どうも話に聞いている限りだと、魔王は……こう言っちゃなんだけどコミュ障のポンコツ気味で、あれだけのものを事前に準備できたとは思えないのだけど。


「それにしても、あの匣迷宮は……」

『匣迷宮?』

「あ、魔王城の下の、聖女の領域なんですが」


 ああ、とマイヤ様が納得したように頷く。


「完璧に地上の様子を再現しているんですよね。素晴らしく細部にまで配慮が行き届いていましたし、地上に興味の無かった魔王がなぜ……と」

『うふふ、違いますわ。あれはルヴィが作り上げたのですよ。……おほほほほ!』


 マイヤ様が急に大声で笑い始めたので、少し驚いてしまう。

 何事かしら、とビクついていると、マイヤ様は当時のことを思い出したのか

『フフ、ウフフフフ』

と身をよじらせるようにしてお腹を抱えていた。

 な、何がそんなに笑えるのかしら……。


「あの……?」

『ああ、ごめんなさいね』


 うふふ、と微笑んだマイヤ様は、とても楽しそうにそのワケを教えてくれた。


 私の推測通り魔王はやっぱりポンコツで(失礼)、地中に穴を掘って周りから隔離した空間を作り、それっぽく再現した池と庭、そして聖女が住むための小さな一軒家を用意しただけだったらしい。

 池と庭と言いつつそれはハリボテのようなもので、生き物もおらずただそこにあるだけ、というもの。聖女の部屋は少しマシだったそうだが、家具や洋服など最低限の身の回りの物を揃えていただけだったという。食事や飲み水などは、毎回地上から運ばせて。


 これに聖女シュルヴィアフェスが

「こんなんじゃ生活してるって言わないよ!」

とプチンとキレてしまい、

「あああ、黙ってられない。アタシがここにちゃんとした村を作るから!」

と言い出し、ハッチーやカバロン達に農作業や牧畜、家事なんかを一から仕込んだのだそうだ。


 魔王にも

「こんなヒラヒラした格好で作業なんかできる訳がない。動きやすい服を用意して。ほら、あんたも手伝いなさい!」

と言い、魔王を通して魔獣たちにも声をかけたらしい。


『地上に詳しいマデラは勿論、ヴァンやルークも手伝わされていましたわ。水脈関係ではペントも手伝うことになって、“なぜ我がこんなことを……”と愚痴っていましたの。オホホホホ!』

「あは、あはは……」


 とてもじゃないけれど、そんな聖女シュルヴィアフェスと魔王や魔獣たちとのやりとりは想像できないわ。

 でも……そうか。あの場所は、そうやって魔王と聖女と魔獣が協力して作り上げた場所だったのか。


「話を聞いてみなければ、本当にわかりませんね」


 聖女シュルヴィアフェスの話は、最初は切なくて、心臓をぎゅうっと鷲掴みにされたように苦しくなって。

 だけれど、すべてを聞き終えた今は、何だかぽかぽかとあったかい。


『お役に立ちましたかしら?』

「はい。やはり、王獣や魔獣の皆さんと直接お話をすることは大事だと思いました。ただ……」

『ただ?』

「こんなことを言っていいのかわからないのですが。……聖女シュルヴィアフェスのイメージは絵本や初代フォンティーヌ公爵の日記を読んだときとかなり違っていて、少々驚きました」


 どちらかというと、しとやかな淑女のイメージだったのだけど。

 実際には、エネルギッシュで男勝りな、姉御肌の女性だった。


「あ、悪い意味ではなくてですね」

と慌てて付け加えると、マイヤ様はフフフと笑った。


『そうでしょうね。ルヴィは表に出る際や孫である公爵の前に姿を現す際に、かなり頑張ったと言っておりましたから』

「頑張った?」

『後世に語り継がれるかもしれないから、さすが聖女よ、気品のある素晴らしい女性だと思われたい、と。……虚勢を張るところは、逆にルヴィが魔王に感化されたところかもしれませんね』

「……なるほど」


 学院に通っていた頃、

「公爵令嬢としてみっともない真似は見せられないわ」

と私も頑張っていたけれど。

 それは、お父様やお兄様の顔を潰したくない、アイーダ女史やヘレンに迷惑をかけたくない、というのが前提としてあったけど。

 でも、私自身が周りに『完璧な令嬢』と思ってもらいたい、という思いも間違いなく根底にあったと思う。

 親近感を感じて、思わず何度も頷いてしまった。


「マイヤ様をお手本にされたのでしょうか。何となく……似ているように思えて」


 何気なくそう言うと、マイヤ様の瞳がきゅうっと弧を描き、大輪の花が咲いたような今日一番の素敵な笑顔になった。


『ありがとう、マリアン。……とても嬉しいわ』



   * * *



 話を終えると、マイヤ様はふわっと魔精力を辺りに振りまき、金色の狐の姿に変わった。

 聖女シュルヴィアフェスと暮らしていた頃は、お茶をするときだけは人型になっていたという。

 その時間をもう一度味わいたくて、だから今日のこの機会をとても楽しみにしていたのだ、と。


 扉を開けてマイヤ様が大きな尻尾を振り、ヒュルル~と小さく歌うと、やがて月光龍(ムーン)が現れた。

 家の前の雪原に舞い降りると、“フン”といつもの癖で鼻を鳴らす。


“満足したか、マイヤよ”

『ええ。でもまた来てくださると嬉しいわ、マリアン』

「はい。また、必ず」


 会釈をし、差し出されたムーンの手の平に乗る。

 どうやらお昼を少し過ぎた頃らしい。高い位置にある太陽からは眩しい光が差し込んでいて、雪原の表面がダイヤモンドを散りばめたようにチカチカと光っていた。


 大きく尻尾を振るマイヤ様に見送られ、私を乗せたムーンは真っ青な空へと舞い上がった。


“随分と長かったな”

「ええ。聖女シュルヴィアフェスと初代魔王の馴れ初めを聞いていたの」

“ああ、アレか……”


 思い出したのか、ムーンがふうう、と長い溜息をつく。


「敵の大将を妻にしたいと言い出せば、そりゃ臣下は驚くでしょうね」

“それだけではない。それまで『ああ』『好きにしろ』ぐらいしか言わず、何にも興味を示さなかった魔王だ。急に何をトチ狂ったことを、と思ったものだ”


 女神の操り人形のようだった、初代魔王。

 彼は聖女に出会って、初めて自分の意志というものに気づいたのかも。


「それからいくと、セルフィスの方がまだ話しやすいのかしら」

“こたびの魔王は、知識が豊富で用意周到、まったく抜け目がない。我らの話をよく聞いてくれるのはいいが、いい加減なことを言えばすぐさま斬られそうな怖さがある。特にヴァン辺りはかなり恐れているな”

「ああ……」


 ヴァンってヴァンクのことよね。そりゃまぁ、私を食べようとしたからね……。

 初代魔王が放任主義のワンマンタイプの社長だとすると、セルフィスは細部まで把握し自ら具体的な方針を打ち出す敏腕タイプの社長、といったところかしら。


“まだ日は高い。次はどこへ行く?”

「ううん、もういいわ。今日は真っすぐ帰りましょう」

“ほう?”


 ムーンが意外そうな声を上げる。


“珍妙な口論までして勝ち取った機会だろう。てっきり外の世界を満喫するかと思ったが”

「うーん、普段ならそうなんだけど」


 空はやがて赤と黒の靄の中へ。魔界の火の領域だ。

 ここを抜けると、金と銀が渦巻く魔王直轄エリア。そしてその奥には、禍々しくも美しい、漆黒の魔王城がある。

 かつて聖女シュルヴィアフェスと初代魔王が暮らした――そして今は、私とセルフィスが暮らしている場所。私の、還る家。


「今は、一秒でも早くセルフィスに会いたい気分なの。……とってもね」






≪設定メモ≫


●火の王獣『フィッサマイヤ』(愛称:マイヤ)

 フサフサとした長い尻尾を持つ金色の狐。小さい顔に大きな耳、体長は50cmほどと魔獣の中でも最小。

 真の名は『フィス=トルージュ=マイヤ』。


 額にある赤い宝石の光であらゆる魔法を無効化する結界を張ることができ、フィッサマイヤの意思により段階を調節することができる。最強モードにすると魔獣の魔法すら無効化してしまう。

 フィッサマイヤの森はルヴィが住んでいたエルダ村の北、ディエールの森のさらに奥にある。ワイズ王国の北の果てにあり、人間の足で辿り着くのは至難の業。


→ゲーム的パラメータ

 ランク:S

 イメージカラー:金色

 有効領域:地上

 属性:火

 使用効果:魔法無効

 元ネタ:カーバンクル


●フィッサマイヤの詩歌

 リンドブロム大公家に代々伝えられている、『金毛の腕輪』と『詩歌』を指す。

 一時的に魔法無効の結界を張ることができるが、これは『金毛の腕輪』に込められたフィッサマイヤの魔法を術者が『詩歌』により引き出す、という仕組みなので、フィッサマイヤ自体を呼び出すことはできない。

 また、フィッサマイヤが身重の聖女を護るようにと授けたもののため、聖女の血(=天界由来の魔精力)をもつ魔導士でなければ使用できない。

 そのため、ルヴィから初代大公リンド・リンドブロムへと託され、リンドブロム大公国の秘宝となった。


●魔獣の真の名

 初代魔王が力を分け与える際につけた王獣・魔獣の真の名で、魔王との契約の証。

 マユは秘密のアトリエにおいて魔法陣を解読した『誓約呪文』を覚えたため、八大魔獣の真の名は知っている。

 しかし王獣の魔法陣は存在しないため、王獣の真の名は知らない。


●魔獣の人型への変身

 人間の姿となり魔獣特有の魔精力オーラを抑え込む。長時間はもたない。

 大半の魔精力を人型の保持に使用するため、強力な魔法も使えなくなり、極端に弱体化する。

 そのため好んで会得する魔獣はおらず、使えるのは『フィッサマイヤ』と『ユーケルン』のみ。これは人間(※)と触れ合いたかったため。

 ※フィッサマイヤ:聖女限定。

 ※ユーケルン:可愛い処女限定。

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