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聖女の匣迷宮(前編)

魔界へ行き、セルフィスと再会したマユ。

その後いったいどうしてるんだろう? ……という話。d( ̄▽ ̄*)

「うーん……」


 腕組みをし、部屋の天井の隅の方を見上げる。ぽっかりと丸い穴が開いていて奥は真っ暗。

 今いる部屋――謁見の間から遠く離れた、私の居室からの唯一の出入り口。


 魔王城のどこかにあると思われる私の居室は、居間・食堂・書斎・衣裳部屋・寝室の3LDになっている。全部が一緒になっていた黒い家(リーベン・ヴィラ)とは違い、居間を中心として、十畳ほどの部屋が周囲を囲んでいる感じね。


 魔王城のどこか、としか説明できないのは……ここから自力では一歩も外に出れないからよ!

 室内だから風は吹かないし、模造花しか飾られてないので土もない。つまり、土と風の魔法は使えない。

 水差しや暖炉はあるから水と火は使えるけど、部屋中水浸しにしてまでこの穴を昇って行こうとは思えないし、燃やしたら私の命が危ないし。


 私がこの部屋から出られるのは、魔王であるセルフィスが連れ出してくれる時だけ。そして移動中はブルンブルン振り回されてるから絶叫マシーンに乗ってるかのような状態だし、どこをどう移動してるのかさっぱりわからないのよ。

 ワープシステムは無いのかしら……。ラスダンって、攻略したあとはショートカットできるもんだと思うんだけど?


 今いるのは居間で、天井の隅に開いた穴からセルフィスがやってくるわけだけど、それ以外だとハチメイド達が忙しなく出入りしている。

 私に食事を持ってきてくれたり、身の回りの物やセルフィスからの言付けを運んできてくれたり。


 ハチメイドというのは、セルフィスが私のために用意してくれた使用人で、元の種族は『ソールワスプ』と呼ばれる蜂の魔物。オルヴィア様の魔物事典で見た覚えがあるわ。


 ハチメイド達は、このソールワスプの働き蜂が魔王の魔法によって人型になったもの。こまごまとよく働くし、主に従順。ちゃんと黒いメイド服も着ているのよ。

 とは言っても肌の色はややオレンジっぽいし、目は黒くて真ん丸でベタな宇宙人みたいな顔。頭から黒い触角を二本生やしてるし、背中に茶色い二対四枚の羽根を生やしているから、明らかに魔物ではあるんだけど。

 でも集まってわちゃわちゃしている感じが、何か癒されるのよねぇ。


 ちなみに居間には窓らしきものはある。だけどこれは疑似窓で、外は真っ白。

 光が差し込んでいるように感じるのも、魔王の魔精力で日光を再現しているからに過ぎない。地上の夜の時間に合わせて真っ暗になるし。

 うううう……。その無駄に溢れた魔精力を、別のことに使ってくれないかしら。全力でここの環境を整えてくれなくてもいいのよ!


 最初のうちは書斎にある本を眺めてみたり、蓄音機で音楽を聞いたり、山のようにあるドレスをとっかえひっかえ着てみたり、とそれなりにお姫様生活を楽しめたんだけど。

 さすがに飽きてきた! 外に出たい!

 だいたい、聖女には聖女の仕事があるはずよ! どうしてこう、みんな私を監禁したがるのよ!


“……?”


 穴を見上げて黙り込む私が気になったのか、三人のハチメイドがひしっと互いに寄り添い、心配そうにそわそわしている。

 私の言葉は理解してるみたいだけど、ハチメイドたちは喋れないの。何となく感覚で意思を交わしている感じ。


「ねぇ、ハッチー達はこの穴の向こうに棲んでるの?」

“……”


 天井の穴を指差して聞いてみると、ハッチー達はコクコクと頷いた。

 ハッチーというのはハチメイドのことね。個々の名前はないみたいだから「ねぇ」「ちょっと」とか言ってたんだけど、何か不躾だし、可愛くないじゃない。


 個体の識別は何となくつくので名前をつけてあげたかったんだけど、

「マユの名づけの威力は絶大なので、絶対にやめてくださいね」

と、セルフィスに魔王モード(あの、右半身ビキビキモード)で言われたから

「は、はぃ……」

とカクカクと首を縦に振るしか無かったわ。


 まぁ、それはいいとして。

 ここにきて十日ぐらい経ったし、ハッチー達ともだいぶん馴染んできた。

 そろそろ探りを入れてみましょうか。


「近くに棲んでるの? すぐ上の層とか?」

“…………”


 そうでもないらしい。お互いの顔を見合わせてプルプルと首を横に振る。

 ワスプの働き蜂の行動範囲はかなり広いという話だし、人型になってもそれは変わらないのか。


「ふうん、そうなんだ。そんな遠くからわざわざこの部屋まで来てくれてるのね。ありがとう」

“……、……”


 メイド服を握ってちょっとモジモジしている。照れているらしい。

 可愛いっちゃ可愛いんだけど……顎がガシガシいってるのがちょっとアレね。もう慣れたけど。


「うーん、やっぱり喋れないの、不便よねぇ」

“……!”


 ガーン!……という音が聞こえそうなほど、ハッチー達がクワッと口を開けた。目はクリクリ目のままだけど、私の言葉に衝撃を受けているのが分かる。


「だって私の言いたいことは伝えられても、ハッチー達は私に言いたいことも言えないじゃない」

“……、……、……”


 そんな滅相もない、というように手を振り、ぺこぺこと頭を下げる。


「どうして? 魔王から命令されて言動を縛られてるの?」

“…………”


 再び首を横に振る。

 ふうむ。ということは最初に私の世話をするように言われただけで、今はただ単にそれを素直に遂行している、ということか。

 ハッチー達の行動はAIみたいにプログラミングされた訳じゃなくて、ちゃんと自発的に動いている、ということよね。そしてセルフィスに操られている訳でもない、と。


「ハチメイドは魔王の下僕かもしれないけど、私の下僕じゃないし。いくら使用人だからって、私が駄目なことをしたらちゃんと叱らないと駄目なのよ」

“……、……! ……!”


 手をわちゃわちゃさせながらハッチー達がその場でフィギュア選手みたいにぐるぐると回り出した。これはプチパニック中ということかしら。

 どうやら、それほどトンデモナイことのようね。

 ……ということは、だ。


「うーんと……そうなの? じゃあ私のお願い、聞いてくれる?」


 小首を傾げて三人を見つめると、ピタッと回るのをやめたハッチー達がコクコクと頷いた。

 うん、素直ないい子たちだ。


 ふふふ、これでできることがちょっと増えるわね。

 まぁ、セルフィスの機嫌を損ねそうな大掛かりなお願いは無理だろうけど、細々したことならやってくれそうだわ。

 だけどあまりにも従順すぎるから、よく考えて『お願い』をしないと。私のせいでハッチー達が罰を受ける、なんてことにならないように気を付けないとね。



   * * *



「ふっふっふっ、セルフィス。ようやくわかったわよ!」


 ビローンと掛け軸のように縦に長い紙を広げ、ドヤーッとばかりに見せつける。

 私の居室にやってきたセルフィスは、「何がです?」と言いながらひどく面倒くさそうな顔をしている。


 ここのところ、かなりお疲れらしい。目覚めたばかり(という設定)なので、現在の地上の様子を把握しなければならず、魔獣から報告を受けたり、魔物たちの暴動を抑えたりしているらしい。

 だからここ三日ほどは顔を合わせることすらなく放置されていたのよね。その前のベタベタぶりは何だったのよ、と言いたくなるわ。


 なお、ハッチー達はいません。

「今日はここで話したいことがあるのよ」

と私がセルフィスに言ったら、

“私達は退散します~”

とばかりに穴からブンブン出て行ったから。


 やっぱり、魔王セルフィスは怖いのかしら。

 執事のコスプレはやめたらしく、黒いズボンに金で縁取りされた黒いスタンドカラーのシャツ、その上に金の模様が入った黒の前立てがついた白地の上着を身につけている。後ろが少し長くて燕尾服みたいに割れていて、セルフィスが動くたびにひらりと舞う。

 そして黒いブーツに、表も裏地も真っ黒な床まで届きそうな長いマント。

 何というか、いかにも『魔王』な恰好をしているわ。


「何がわかったと言うんです?」

「この『聖女の(はこ)迷宮』の全容よ」


 私の今いる場所は、魔王城の地下に作られた全5層からなる『聖女の匣迷宮』の最下層。

 このすぐ上の層は、聖女が生活するために必要なさまざまなものが揃えられているエリア。食料の貯蔵庫、毎日の食事を作るための台所、衣装を縫うための作業場などがあって、ハッチー達はだいたいここで何らかの仕事をしているらしい。


 そのさらに上の二つの層は、農地と牧場になっているそうだ。聖女は人間なので地上の食べ物が絶対に必要だから、それらを作るための場所。

 牛、豚、鶏などの家畜がいるのが第3層、小麦や野菜などの農作物は第2層で作られているそう。

 そして第1層は広大な湖が作られていて、地上の湧水が引かれている。第2層から第5層にそれぞれ繋がっていて、浄水して私の飲み水や料理に使われたり、洗濯などの生活用水に使われているらしい。


 この迷宮を作ったのは『カバロアント』と呼ばれる蟻の魔物の働き蟻。こちらは全部オスで、力仕事にめっぽう強いらしい。

 現在農作業や家畜の世話をしているのは、このカバロアントが人型になったものだそう。彼らは第2層と第3層にそれぞれ棲み、日々黙々と働いているのだ。

 そしてハッチー達はそれよりさらに上、地表近くに本来の巣があり、そこから飛んできているという訳。


 ハッチー達に

「こんな感じ?」

「どれぐらいの広さ?」

「ここで何しているの?」

とか質問しながらこのマップを描きあげました。紙を貼り合わせてね。だからこんなに縦に長くなっちゃったのよ。

 なかなか大変な作業だったわ。おかげで時間を有意義に使えた気もするけど。


「へえ……こんな風になってたんですか」

「え、知らなかったの?」

「おおよそしか。ソールワスプとカバロアントに任せきりでしたからね。彼らはもう、自分達の仕事をわかっているので」

「ふうん……」


 くるくるくると紙を丸めながらセルフィスにちらりと視線を寄越す。

 丸めたそれでポン、と自分の手の平を叩き

「で、この『聖女の匣迷宮』なんだけど」

と切り出した。


「これだけわかりやすい造りなら迷宮ではないと思いますが」

「まぁ、いいじゃないの。それっぽい名前をつけたかったのよ。これ、魔王城の真下にあるんですってね」

「そうです」

「まるで魔王城が『聖女の匣迷宮』に蓋をするように。それって――聖女を魔界の風から護るためよね」


 次元のひずみから魔界が生まれ、魔界からの風により魔物が生まれた。

 つまり魔物は、そもそも魔界でゼロから作られたのではなく、地上の生物が歪められて生まれた物なのよ。

 スコルも言ってたものね。もともと自分たちは地上で生まれたのだ、と。

 となれば、蜂や蟻、狼などの生物だけではなく、人間にだって影響を与えるはず。


 だけど、ゲーム『リンドブロムの聖女』にゴブリンのような人型の魔物はいない。

 それは人間が魔界の風を嫌い、避けていたからじゃないかしら。


 地上が歪められ魔界が生まれた時、人間はすでにある程度の魔法技術を構築していたと推測される、と歴史学の本には書かれていた。

 つまり、魔界の風に対して対抗する手段があった、と考えられるわ。


 だから同じ地上の生物である以上、人間も魔界の風に蝕まれれば魔物へと変貌するのではないかしら……。


 セルフィスは「お」というように少し目を見開くと、口の右端だけを上げてニヤリと笑った。

 

「そうです。いい加減、痺れを切らして『なぜ閉じ込めるんだ』と問い詰められるかと思っていましたが、よく自力で気づきましたね」

「暇だったし、考える時間だけはたくさんあったのよ。それに、人間界の食べ物は魔界では駄目になるって聞いてたのにどうしてここでは大丈夫なのかしら、と不思議だったから」


 答えは、『この空間だけは地上を再現しているから』なのよね。魔界の風が吹いていない……というより、完全に遮断されているから。

 それによく考えれば、魔界を移動する間はハティが必ずシールドをかけてくれていたわ。

 あれって人間が入り込んでいるのを他の魔物から隠すためかと思ってたんだけど、セルフィスが私をここから外へ連れ出すときもずっとそうだったしね。


 さてと、もう少しいろいろと聞いてみましょうか。

 何の説明もなくずーっと放っておかれて、少し拗ねてるんだから、私。





≪補足:オルヴィアの魔物事典≫


●ワスプの性質

 地上に生息するニクバチ(肉食系の蜂)が魔界の風に汚染された餌を取り込み魔物化したもの。

 一匹の女王蜂と多くの働き蜂で構成されており、社会性が高い。女王蜂は雌雄同体であり、自ら次代の女王蜂および働き蜂を生む。働き蜂はすべてメス。

 数百から数千単位の群れで生活し、女王蜂が産卵する場所を見つけるまでは各地を移動しながら地上の生物を食い荒らす。働き蜂を従えて移動しているときの女王蜂はかなり凶暴で、働き蜂を軍隊のように指揮し、対象を確実に仕留める。

 女王蜂一体で大規模な集団を作ることができることから、度重なる討伐でも根絶させることができず、古からその形状が殆ど変わらないまま現在まで生き残っている。


●ソールワスプ

 <生息域> 陸上(移動時・世界各地)、土中(巣)

 <耐性>  土

 <弱点>  なし

 

 女王蜂は体長50cmほど、働き蜂は体長20㎝ほどとワスプの中では小さめ。腹部が鮮やかなオレンジ色をしていることと、夕刻に餌探しのために外に出ることが多いことから、『夕陽の蜂(ソール・ワスプ)』という名がつけられた。

 攻撃手段は腹部の先端にある毒針と、発達した前脚によるひっかき攻撃。特に女王蜂の毒は毒性が強く、一刺しで牛をも殺してしまう。人間の場合、まず助からない。


 ワスプの中では珍しく土の中に巣を作る。各地を移動している間は凶暴だが、産卵するための棲み処を決めると土の中に巣を作るので、掘り返したりして女王蜂を刺激したりしなければ、危険はない。

 働き蜂は、蜂の魔物としてはおとなしく、攻撃性は低い。女王蜂が死亡すると、統制が取れなくなり自滅する。

 ソールワスプは巣の中に自らの魔精力を液状化して溜めこむ性質があるため、巣の欠片はかなり高値で取引される。


* * *


●アントの性質

 地上に生息するオオアリ(=大型の蟻)が魔界の風に汚染された土壌に長く棲んだことによって魔物化したもの。

 一匹の女王蟻と多くの働き蟻で構成されており、社会性が高い。ワスプと生態が似ているが、働き蟻はすべてオス。その中の一体が女王蟻に選ばれ、交尾することで次代の女王蟻、および働き蟻を生む。

 数十から数百単位の群れで生活するが、殆ど地中にいるため危険性は低い。

 しかし一部の種は兵隊蟻と呼ばれる蟻が存在しており、発達した顎や飛翔するための翅、刃と化した前脚を持つ個体もある。また腹部に毒袋を持ち敵に飛びついて自爆して殺す種や、物体を溶かす酸を水魔法で生み出す種など、多岐に渡る。


●カバロアント

 <生息域> 土中(世界各地)

 <耐性>  土

 <弱点>  なし

 

 褐色の体を持つアントで、女王蟻は体長1mほど、働き蟻は体長50cmほど。

 アントの中で一番大きな種類だが性質はおとなしい。身体の大きさに合わせ、かなり巨大な巣を作り上げることから『大工の蟻(カバロ・アント)』と名付けられた。

 女王蟻はその体の大きさから殆ど巣穴から動かないため、働き蟻が食糧を運んだり巣の中を整えたりと忙しなく動く。アントの中でも、飛び抜けて働き者。


 攻撃性は低いが、地中に巨大な巣をつくるため、地表付近にまで到達すると人家が地下に埋没してしまうことがある。その際は女王蟻への攻撃とみなし、発達した前脚で敵に掴みかかり噛みついてくる。毒は無いが一度噛みついたら食い千切るまで離さないため、鉄の棒など容易にかみ砕けない物を噛ませれば安全に倒すことができる。

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