04.公爵夫人、公爵夫人に振り回される
「まあ、それで、エリン様も憎からずスミス先生のことを想っておられると。
プロポーズの返事はどうするんですか?」
「あ。もうした」
「もうした!?」
思い切りエリンの方を向いたので、ジュリアの持っていたカップから水がこぼれた。薄緑色のドレスが、濡れた個所だけ濃さを増す。
「何て!?」
「ジュリア、怖い、怖いから!」
「そりゃ怖くもなりますよ! えっもう返事されて? なぜ今日私を呼んだ?」
思わず片言になるジュリアである。
「どうどう」
「どうどうじゃありません。で、何て答えたんです!?」
「あー……まあ、はい、と。こう、反射的に」
「はい、と。つまり、ショーン・スミスの妻になるということですね?」
「そういうことですね」
ジュリアはカップとソーサーを勢いよく置いた。ところどころ公爵夫人らしからぬ所作になっているが、今はそれどころではない。
「帰ります!」
「えっどうして。何か怒らせちゃった……?」
「やめて! 私に向かってその恐ろしく可愛い上目遣い攻撃をしないでください!
そうじゃなくて、エリン様のご結婚とあらば、シーモア家を挙げて準備をしなければ!」
「ええっ! いいよ! 三十路の再婚だよ、適当にやるから!
それにショーンと結婚したら平民になるんだし、派手なことは必要ないわよ」
そう、この国では一般的に、離婚した貴族の夫人は夫の姓を名乗ることも多いが、再婚したら再婚相手の夫人という身分になる。ショーンは貴族の子弟だが、聖職者の籍を抜ける時に平民になると言っていた。つまり、エリンは公爵夫人の称号を返上して平民の妻となるわけだ。
「そんなこと関係ありませんよ。エリン様もスミス先生も私たちの恩人ですから。あ、爵位が必要でしたら、手配しますよ?」
「い、要らない! ちょっとジュリア、落ち着いてよ。前妻の再婚を現在の妻がお膳立てするのは、おかしいでしょうが。
気持ちを整理したくて呼んだのに、あなたが大騒ぎしてどうするの」
「……そういえば、プロポーズの返事は済んでるのに、相談もなにもありませんね?」
「そうよ」
エリンが少し頬を染めて拗ねたような顔になった。
「誰かに話を聞いてほしかったのよ。家に帰ってから、うわあああってなっちゃって」
「お聞きしますとも」
我ながらちょろいな、と思いつつジュリアはエリンに向き直った。
「まあ、もうほとんど済んだけど」
「……済んだんですか。じゃあ、私から質問しても?」
「えっやだ」
「嫌なんですか」
「だって、すごい根掘り葉掘りしそうな悪い顔してるもの」
「もう、我儘ですねえ」
「そうよ、よく知ってるでしょう?」
エリンが、にやりと微笑む。ようやくいつものエリンらしさが戻ってきたようだった。
ジュリアも思わず苦笑する。この年下の友人は、いくつになっても変幻自在で、とんでもなく魅力的で、振り回されることすら嬉しく感じてしまうのだ。
「まったく。まあいいですよ、根掘り葉掘り聞くのは今は勘弁して差し上げます。
その代わり、結婚式のドレスはうちで仕立てさせていただきますからね!」
「ええー……うーん、そうね、お願いさせていただくわ。ありがとう。
だけど、式はするとしても身内で、こじんまりとやるつもりよ。細かいことはショーンと相談してからだけど」
「そうなさってください。スミス先生は、思いっきりエリン様を飾り立てたいはずですけどね。この私ですら、そうなんですから」
そういうと、エリンはちょっと困った顔になった。
「そうなの?」
「そうです。親友の晴れ舞台ですもの」
「……ありがと」
二人の公爵夫人は顔を見合わせて、小さく微笑んだ。それから、エリンが心底不思議そうに言ったので、ジュリアは再びツッコミを入れることになったのだった。
「それにしてもジュリア、どうして水を飲んでるの?」
☆
エリンの家で昼食をご馳走になってシーモア公爵家へ帰ってきたジュリアは、ショーン・スミスが訪れていることを告げられた。身支度もそこそこに、彼女は応接室へと向かう。
「こんにちは、ジュリア様」
年齢なりに皺も白髪もあるが、歳の割には若く見えるスミスは、品のよい濃紺の夏物を身に着け、いつも通り落ち着き払って挨拶をした。すでに応接室にはジョージがいて、何だかもの言いたげな顔をしている。きっとスミスからエリンとの結婚の話を聞いたからだろう。
「スミス先生。ご来訪のご予定はなかったと思うのですけれど、どうなさいましたの?」
スミスが公爵家に来ること自体は珍しくもないが、事前のアポイントもなく、当日訪れるのは珍しいことだった。
「折り入って、相談させていただきたいことがありまして」
「もしかして、エリン様とのこと? おめでとうございます」
「ありがとうございます。ええ、エリン様のことです」
「ふふ、婚約者なのに、様付けはおかしいのではなくて? エリン様は『ショーン』と呼んでいるのに」
いつも通りにエリンを敬称付きで呼んだスミスがおかしくて、ジュリアが笑うとスミスはちょっと照れたように視線を泳がせた。
「まあ、それは、おいおい、そのうち、ですね」
「そのうち、ですか」
「そうからかわないで下さい。自分でも年甲斐もなく、と思っているのです。そもそも結婚を申し入れるつもりもなかったんですから」
「えっ! そうなのか? あんなにエリンのことを好きなのに? シーモア領でもずっと一緒にいたし、エリンの舞台も絶対最前列で全公演観ていたし、変な求婚者は遠ざけていたじゃないか。エリンのことでスミス先生を怒らせたら、大天使の軍勢を引き連れてくるんじゃないかと思ってたくらいなのに」
ジョージが驚いて尋ねたが、ジュリアはジョージの話に驚いた。あのジョージがスミスの気持ちに気づいていたのも驚きだが、特に、最後の下りに。
「それは、まあ、自分が好きだからといって、好意を伝えることが必ずしもいいことではないですから。エリン様を見ていればそれは分かります。彼女が、どれだけの有象無象に好意をぶつけられて苦労してきたことか。
何事もなければ、生涯いい友人でいるつもりだったのです」




