61解呪のキスを
つどぉぉぉぉぉんっ!!!
その時、部屋の近くで炸裂音が響き渡った。
「きゃっ!!」
「な、何ごと!?」
炸裂音と同時に、まるで地震が起きたみたいに家の床がグラグラと揺れた。
そして、突如、明るい日差しが差し込む。
え?
見上げると、空。
ええっ!?
リラン伯爵邸……シスターナの部屋は確かに日当たりのよい部屋だったけれど、本来天井のある部分に、バカっと、大きな穴が広がり、そこから綺麗な青空が顔を覗かせる。
逆光でよく見えないが、何か……人影が……
「ミルティア!!! 大丈夫ですかっ!」
「ま、マリクル様!?」
その空の切れ目から飛び込んできた人影は、牢屋の格子を瞬時に破壊し、わたしの身体を優しく抱きしめる。
「心配しましたよ、ミルティア……ああ、こんなに傷だらけになって……」
「ご、ごめんなさい……でも、あの、ヒャトイさんの話を聞いたら……居ても立っても居られなくて……」
思わず、瞳から涙が溢れてしまう。
だって、やっぱり何と言われたってわたしの実家だし……
義母様達は、少し怖くて苦手だけど、それでも、実の両親の名であるリラン伯爵家を……『魔物を生み出した家』にしたくは無かったのだ。
それに、あの石灰があれば、わたしでも何とかなるんじゃないか、なんて……
流石に考えが甘すぎたみたいだ……
「ああっ、レンロット様、わたくし、お待ちしておりましたの!! そんな汚らしいお姉さまはさっさと捨てて、わたくしを公爵夫人にしてくださいませ!」
しゃげぇぇぇぇぇっ……
身体の一部から、魔物が鳴くような音を立ててシスターナ(?)がグネグネと身体をくねらせる。
「だって、その女は日雇いの使用人なんかに媚びを売り、いたいけな妹であるわたくしに白い粉をぶつけて散々虐めますのよ? わたくし、怖くて、怖くて……」
「な……何ですか? これは??」
マリクル様がビクリと身体を一瞬硬直させ、わたしを背に庇うようにして、シスターナ(?)の前に立ちふさがった。
「レンロット様ぁ、わたくし、その女に呪われたせいで、こんな姿になってしまったんですぅ……でもでもっ! レンロット様が、わたくしを愛していると誓いのキs「【聖竜水撃波】!!!」
どばしゃーーんッ!!!
「うごへッ!!」
シスターナ(?)が、勢いよく、ねりねりと回転しながら吹っ飛んで行く。
「その汚い口を閉じよ!! ババンレーヌ・リラン、シスターナ・リラン!! 貴様等の悪事は、すでに全て調べがついているぜ!!」
「バードラ様!?」
どうやら、さっきの水魔法はバードラ様の呪文だったようだ。
声の降って来た方向を見ると、バードラ様の隣にはヒャトイさん、そして、すっかり傷の癒えたキディちゃんが微笑んでいる。
「シ、シスターナになんてことを!! 元々は、あの女がサッサとくたばらないのが悪いのよ!!」
「なにすんのよ! これは、全部、お姉さまが悪いのよ!!! わたくしを……わたくしをこんな姿になるまで呪ったのよっ!! わたくしは本当は美少女なの!! それに嫉妬したのはお姉さまなのよっ!!」
けたたましくギャンギャン喚き出した二人に、皆さんの視線が「うわぁ……」という、どうしようもないモノを見る目へと変化する。
マリクル様が、はぁ、と大きく息を吐いて呆れたように質問した。
「……では、その証拠はあるのですか?」
「そんなの……! このわたくしの姿こそが証拠ですわ!」
「そうよ! 可愛そうなシスターナ!! この子は器量よしで天使のような娘だったのよ!!」
「……『ミルティアが呪いをかけた』という証拠はどこにあるのですか?」
「それしかあり得ないわ!!!」
「それでは答えになっていません。客観的証拠を提示しなさい」
あれ? マリクル様?
……き、気のせいかな?
いつもと雰囲気が違って、何だか……今にも爆発しそうな何かを、平坦な、感情の籠らない言葉によっておさえつけているような……?
もしかして、怒ってらっしゃる?
「私の、大切な、ミルティアを……一方的に、罵り、蔑み、傷つけ、己の正統性だけを主張して、信用されると?」
……っ!
と、言いながら、マリクル様は、わたしをぎゅっと抱き寄せてくれた。
こ、こんな時なのに、耳が! 顔が!! カッカと熱くなってしまってまともに前が見えない。
「違いますわ!! それは間違ってます!! レンロット様はわたくし、シスターナを愛しているのですわ!!」
「「「はぁ?!」」」
ミルティアを大切だと言っている当の本人に向かって『それは間違っている』とはコイツ何を言っているんだ? という表情を一斉に浮かべるマリクル様達。
しかし、その表情には気付かないのか……気づいたうえで無視しているのか……
シスターナ(?)は、何かに酔っ払ったように嬉々として持論を展開している。
「だけど、お姉さまが邪悪な魔法でわたくしへのレンロット様の愛情を自分の方へ捻じ曲げているんですわ!」
「おいおい……そんな魔法、魔王だって使えねーよ」
バードラ様が呆れたように呟いた声が妙に大きく聞こえた。
「坊ちゃん、コイツらと話をしていても埒があきません。ババンレーヌ夫人とシスターナ嬢が『呪い返し』の外法を使った証拠はありますし、証人もいますよ」
バードラ様が、ポケットからなにやらカッサカサに乾いたミミズのようなものを引っ張り出す。
と、同時に隣に立っていたヒャトイさんが大きく頷く。
あ、あれ?
あれって、ソンチョさんと畑で見つけた……臭い塊が干からびたヤツ?
「ええ、こっちの旦那に聞いてその二人が俺達に何をさせていたのか、よく分かったよ!! コイツ等『呪い返し』をしていたんだっ!!!」
「ええい、お黙り!!」
「可愛そうなレンロット様、貴方が本来正しく愛するべきはわたくしのところなのに……! さぁ、わたくしの呪いを解く、誓いのキスを!!!」
そう言いながら、ズルリ、ズルリ、とシスターナ(?)が予備の足、おまけの足、付録の足を使って、一歩一歩ムカデのようにマリクル様へとにじり寄って来る。
「……なるほど、よく分かりました」
「えっ!?」「マリクル様!?」「坊ちゃん!?」
唐突なマリクル様の微笑みに、思わず身体が震えた。
まさか……妹のシスターナ(?)の話を信じて?
い、嫌だ!!!
いつもいつも、彼女はわたしから全部奪っていく!
本当のお母様が大切にしていたブローチも! 本当のお父様から贈られた本も!!
書類上の婚約者も!
そして、わたしの、本当に、大切な人も!!!!
わたしは、思わず自分からマリクル様に縋り付いてしまった。
「……貴女とは会話が成立しないことが」
「マ、リ……クル、さま?」
「泣かないでください、ミルティア。……今、貴女の呪縛を解きますね」
「へ?」
「この腐った家族の呪いを、打ち砕く、誓いの……」
ふわり、と。
唇にあたたかなぬくもりが触れ、世界が彼で満たされる。
キス、は……甘いものではなく、やわらかいものなのだ……と、その時、わたしは知った。




