59ミルティアの戦い②
「キディちゃん、ちょっとごめんね?」
と、わたしは、その石灰をキディちゃんの傷に塗ってみようと、握りしめていた手を開いた途端、手のひらから光が溢れた。
見れば、真っ白な粉だったはずの石灰が、淡く明るい虹を伴ったピンク色に輝いている。
「へ?」
「こ、これは……真珠!?」
あれ? わたし、石灰を持っていたはずなのに??
そこにあるのは一塊のかなり大きい歪んだ真珠だ。
「わ~、きれー!」
キディちゃんが、無邪気にその真珠に触れると、指先の赤黒い傷が見る見るうちに回復していく。
どういう奇跡なのかよく分からないけど、ともかく、これを近づけると傷が癒えるようだ。
「はい、キディちゃん、これあげるね? 痛いところに近づけるんだよ?」
「……これ、くれるの? ありがとー、おねぇちゃん」
「み、ミルティア様!?」
構いませんよ、と答えようとした瞬間、後ろから獣の咆哮のような叫び声がそれを遮った。
「おねぇさまぁぁぁ……はぁ、はぁ……よ、よくも、やってくれたわね……」
びちゃっ、ずちゃっ。
人間としてはおかしな方向に首の関節を曲げたシスターナ(?)が、ゆっくりとこちらに近づいて来る。
その様子は、もはや……正真正銘、魔物、と呼んで良い禍々しいモノだった。
「う、うわぁぁぁっ!!!」
「ヒャトイさん、逃げてくださいっ!!」
わたしはそう叫んで、二人からシスターナ(?)を引き離すように部屋の奥へと走る。
どうやら、彼女の狙いは、あくまでもわたし一人であるらしい。
この隙に、キディちゃんを抱えたヒャトイさんが壁に張られたカーテンの向こう側へと走り去ったのを見て、わたしは小さく安堵の息を吐いた。
どうやら、この、おかしな関節と大量の足を持つシスターナ(?)は、あまり素早い動きはできないらしい。
憎しみと怒りを込めた眼差しをずっとわたしに向け、べちゃ、べちゃと音を立てながらこちらへと近づいてくる。
これなら、ヒャトイさんが逃げ切る時間を稼いでからでも、なんとかなりそうだ。
だが、今まで、しゃがれて、掠れて、まるで別人だったようなシスターナの声が、以前の……わたしをいつも責めていた時の、あの鈴が転がるような少女のものへと変化した。
「おねえさまが、わたくしを愛していたはずの……レンロット公爵をたぶらかして……わたくしが可愛くて、回復魔法も使えることに嫉妬して、彼を奪い取ったのよ……」
「えっ……!?」
???
シスターナが「呪われ公爵」との婚姻は「絶対に嫌」と断ったはずなのに……?
「……だから、その、白い呪いの粉で、こうやってわたくしを虐めるのよ……!!!」
「ッ! ち、違います!!! 違うんですっ!! この石灰は……!」
「何も違わないんだよォ!! このアバズレがぁぁッ!!!」
バシーーーッ!!!
「きゃんっ!!!」
硬い、大きなものが、後ろからわたしの全身を打ち据え、思わずシスターナ(?)の立つ方へと吹っ飛ばされた。
一体、なにが……?
ッ……!!
後頭部も同時に殴られたのか、視界がグワン、グワンと揺れて、立っていることができない。
だが、床に崩れ落ちたわたしの目に飛び込んで来たのは、シスターナと同じようなヘドロにまみれ、背中からいくつもの触手を生やした義母様が、その触手の一つに丸太のようなこん棒を抱えた姿だった。




