58ミルティアの戦い①
「酷いわ、お姉さま! わたくしと愛しあっているレンロット公爵の仲を引き裂くなん」ばっさーーーー!!
わたしは、シスターナの言葉を全部聞く前に、持って来ていた石灰を、思い切りその小山にぶちまけた。
ジュォォォォォォォッ!!!!
強烈な悪臭を噴き上げ、ヘドロがゴポゴポ沸騰しながら煙を上げる。
「ぐぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
「だ、大丈夫ですか、シスターナ……? あ、あの、この石灰をかけると、黒いドロドロは融けて消えますから! す、少し我慢してください!!」
ヒャトイさんみたいに、シスターナの服やアクセサリーが原因なら、これで奇麗に戻るはずだ。
しかし、石灰を浴びたシスターナ(?)は、苦し気な悲鳴を上げてのたうち回る。
ええええええ!?
ど、どうしよう……? た、足りないのかな?
ばっさ、ばっさ、ばっさーーー!!!
大急ぎで、何度もそのヘドロの塊に向かって石灰を投げかける。
そのほとんどを投入してしまったが、ここはケチるところではない。
「ふぎゃああああっ!! うごぁあああああっ!!! ぐああああぁぁぁぁぁっ!!!」
がたん! ばたん! ごしゃっ!! ジュワワワワ……
あ、でも、ヘドロの量が減っている!
やっぱり、この石灰は汚れを消す効果が強いようだ。
だが、シスターナ(?)の汚れはかなり活動的らしく、ビッタン、バッタンと激しく動き回ったり、口らしき裂け目から天井付近まで噴き上がったりと、大変アグレッシブだ。
それにあわせてシスターナ(?)が暴れまわったせいで、室内の調度品や彼女が大好きだった化粧品やらが部屋中に飛び散った。
……がしゃんッ!!
と、その飛び散った中に、どうやら牢の鍵らしきものがあったらしい。
「あれは!!」
ヒャトイさんが、それに気づくと、ビタン、バタンと、のたうつ小山を避けて、鍵を拾う。
そして、シスターナ(?)の後ろ側に新設されていた牢を解放した。
「キディ……!!」
「……ッ!! おとーちゃぁんっ!!!」
中から、ひょこひょこと不自然に足を引きずった少女が必死に駆け寄って来て、ヒャトイさんに抱き着いた。
ひしっ、と幼い少女を抱きかかえ、感動の再会を果たす父と子。
と、同時に牢の中に捕らえられていた他の人達も、脱兎の如くそこから逃げ出していく。
「ひぃぃぃぃ!!」「た、助かった、ありがとうよ、二人共っ!!」「あ、アンタ達も早く逃げなっ!!」
口々にお礼や自分の大切な人の名前を叫びながら逃げ出していく捕虜の皆さん達。
その間、悶えていた苦しんでいたシスターナ(?)は、少しずつ小さくなり、一応、謎の小山から、人間の少女程度の大きさまで縮んでいる。
うん! だいぶ奇麗になっている!!
ほら、頭部っぽい部分がハッキリわかるし、あれは両手だ! そして予備の両手! 下半身には両足! 別の足! 追加の足……おまけの足……付属の足……えーと……
まぁ、その、大きさは少女くらいにまで縮んでいる!
ビクン、ビクンと不自然に痙攣しているのは、石灰が足りていないのかな……?
でも、もうほとんど使ってしまって、残りは最後の一握りだ。
「ああ、ミルティア様っ、ありがとうございます!! キディも、何とか無事で……ほら、キディ、お姉ちゃんにお礼を言いな」
ヒャトイさんが嬉し涙にまみれた顔で、幼い少女を抱きかかえている。
「……ありがとー」
だが、にっこりと笑った少女の顔の半分は……まるで硫酸でも被ったように焼け爛れ、赤黒く変色している。
良く見れば、身体の至る所に同じような傷が付いている。
「この傷は……」
「これは、あの、シスターナお嬢様のヘドロまみれの触手で撫でられると、こうなっちまうのさ……」
「そんな……」
女の子の顔に……もし、この傷が一生残ってしまっては可哀想すぎる……!
マリクル様やシーラ様なら、きっと一瞬で治療できるはずなのに。
わたしは最後にわずかに残った石灰を握り締めた。
あれ?
待てよ……この石灰って、マリクル様の力も入っているから……もしかして、応急処置くらいにはなるんじゃ?




