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56実家の惨状

 わたしが実家に戻ると、そこは異様な雰囲気だった。

 至る所に黒いコールタールのような、汚泥のようなものが溜まっており、異臭を放っている。

 それが付いてしまった草木は枯れ……いや、腐り、周囲の土や石なども不自然に融けたようになり、時々白い煙を上げているところもある。


「そ、そんな……たった数日でこんなに……!?」


 ヒャトイさんも目を丸くしている所を見ると、この変化は急激なもののようだ。


「ええと……少々お待ちくださいね、えいっ!」


 ばっさー! じゅわわわわ~~~……


「おお!」


 わたしが、公爵様のところで作った石灰をその黒い何かに掛けると、それらは音と煙を立ててみるみるうちに小さくなって行く。

 枯れて腐っていた植物も、すぐに新たな芽を出して、ぐんぐん、みしみしと成長するのだから凄まじい。


 さすが、マリクル様の魔力の籠った貝から作っただけの事はある。


「ミルティア様、この汚れ全部をキレイにしていたら、流石にその魔法の粉が足りないと思います……あの、シスターナ様のお部屋はもっと、その、すごいので……身勝手で申し訳ないんですが……娘を……キディを助けてから、その……」


 ヒャトイさんが申し訳なさそうに言葉を濁した。


 確かに。わたしが持って来ている石灰の量には限りがある。まずは、人命優先すべきだろう。


「あ、はい、すいません。わかりました。……えーと、義父様や義母様、妹のシスターナはそれぞれ自室でしょうか?」


「た、たぶん……」


 わたしとヒャトイさんは、頷き合いながら先を目指す。

 娘のキディちゃんを捕えているのは妹らしいので、わたしはいつものとおり、使用人用の裏口から屋敷の中へと入った。

 ここは、台所に直結した裏口だから、基本的にわたしはここを使っていたのだ。


「お、おい! 何だ貴様たちは!?」「貴様、ヒャトイ!! ここ数日何処をほっつき歩いていやがった!?」「何だ? その女は?」「ほぉ!? 男みてぇな髪型だが……こりゃ上玉じゃねぇか……!」


 台所に入ると、わたしとあまり面識の無い使用人さん達がまなじりを吊り上げて、口々に叫び出した。

 使用人、というよりもゴロツキに近い雰囲気だ。

 手にしているのは、すりこ()だと思うのだが、こん棒に見えるのは気のせいだろうか?


 え? この人たち、本当に伯爵家で働いている人達なの??


「うッるせぇぇぇっ!!!!」


 だが、ヒャトイさんが、そんな彼等の声をはるかに上回る声で怒鳴った。


「こちとらシスターナお嬢様の命令で、この人をわざわざ連れて来たんだよっ!!!! 俺達に指一本でも触れてみろ!!!! シスターナお嬢様が何て言うか、分かってんのか!!!! あ゛ぁ゛ッ!?」


 ほとんど血走った目で口角から泡を吹きながら怒鳴り散らすヒャトイさんの鬼気迫る表情に、ゴロツキにしか見えない使用人さんたちが、視線を逸らす。

 特に、妹の……シスターナの名前が出た瞬間は、びくっ、と、不自然に肩を揺らし、徐々に脂汗を流す人達もいたほどだ。


「お……おぉ、あぁ……お、お嬢様の……」


「そ、そりゃ、大変だな……い、行けよ……ご命令なんだろ……」


「邪魔なんてしていないぜ!! 俺達、邪魔なんてしていないからっ!!!」


 ずざざっ!!


 使用人さん達は全員、何故かチラチラと調理場のかまどを気にしながら、わたし達の通り道を空けてくれた。

 その異様な視線に、思わずかまどを見つめると、その中にあのヘドロのようなモノがかまどの中にこびりつき、その中央には、ギロリ、と光るオレンジ色の目玉が見えた。

 

「あの……ちょっとだけ、すいません……」


 わたしは、ヒャトイさんに断って、そのかまどの前にしゃがむと、石灰を一握り放り込んだ。

 ぎゅぉぉぉぉぉぉ!! と、時空をひずませる悲鳴を上げて、気味の悪い目玉は融けて消える。


 うん! すっきり。

 ……なんとなく、アレは残して行かない方が良いような気がしたのだ。


「「「!?」」」


「さ、行きましょう」


 と、わたしが立ち上がった瞬間だった。


「うおおおおおおお!!! か、監視が消えたっ!!」「逃げろ!!」「シッ!! 静かに逃げるんだっ!!!」


 ゴロツキのようだった使用人さん達は、一瞬、どよめくような声をあげたものの、すぐに無言になり、血相を変えて裏口から走り去ってしまった。


 ぽつん、と残されたわたしとヒャトイさんが目を合わせる。


「え?」


「何だってんだ……?」



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― 新着の感想 ―
[一言] まぁ、性根が邪悪だから。 寧ろ魔王寄り。 ほっといたら次代の魔王爆誕かも。
[一言] 公爵様より使いこなしてますよね、呪い(汗)
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