51《バードラside》坊ちゃんと大人の教育
一応、坊ちゃんに根掘り葉掘り確認したところ、こちらはまぁ、知識としては、最低限は知っていたようで……白い結婚は免れることが出来そうだった。
よ、よかった……
……坊ちゃん……こっちの下ネタを真剣に打ち返さないでくださいよ……
心臓に悪ぃぜ……ホントに……
亡くなった先代の旦那様も、そこはきちんと教育してくれてたんだな……
ただ、行為自体の基礎知識は有っても『愛撫』の方法までは教育されていないようだ。
俺が若い頃は、位の高い貴族の場合、未経験の正妻を悦ばせるため、旦那側が事前に『筆おろし』を済ませておくのが常識だった。
出産経験のある年上の女性と、直接交わりながら実技で女体を悦ばせる方法を学ぶ……というやり方が主流だったのだが、やはり、それはそれで色々と問題があり、先代の頃くらいから、その方法は廃れていっている。
代わりに最近の主流は、大きく分けて3派。
一つ、夫婦で仲良く他人の交合を見学する方法、
一つ、寝室に、直接指導員を呼び込み、アドバイスを受けながら交わる方法、
そして、最後の一つが「人形」を使って夫となる人間に愛撫の仕方を教え込む方法……で、ある。
どれも一長一短だが、なかなか最適解が難しい問題でもあるのだ。
「え? それ、やらないとダメなんです?」
坊ちゃんが嫌そうに眉間にしわを寄せ、絶対零度の眼差しを俺に向けている。
「当たり前ですよ!! 坊ちゃんは排出する側だから基礎知識だけでもなんとかなりますけど、ミルティア様は一方的に内臓器を抉られ続けるようなもんですよ!?」
「……そうなんですか?」
この切り返しが来る時点で問題アリだ。
「坊ちゃんだって、突然、眼球を舐められたらどうします?」
「……相手の舌を切り落としてやりますが何か?」
「そうでしょう? 他人から内臓器にアクセスされるってのはその位、衝撃的なことなんです!」
それを聞いて、ハッとした様子の坊ちゃん。
「きちんと女体を知り、しっかり愛撫し、受け入れられる下地を作ってからでないと、最悪、壊れてしまう事だってあるんですよ!」
別にこれは大袈裟な事では無い。
箱入りで育てられた令嬢が、全く愛撫も無しに早急に進めた夜の行為に対し、実家に逃げ帰ってしまって破談……という笑えないトラブルは年に数件発生している。
坊ちゃんの言う『基礎知識』は、この『全く愛撫も無しに早急に進めた夜の行為』レベル。
「かの大賢者スズキ・サンの地元では、女性を愛撫するためには、なるべくゆっくり周りから攻める方が良い、と言われていて、部屋の壁から舐めたという紳士の逸話も残っているんですよ! 坊ちゃんだって壁舐め紳士の古典を学びましたよね!?」
「確かに……」
坊ちゃんは『私は、ミルティアを、絶対に、傷つけたくありません』という顔でしばらく考え込んだ。
「最初と二番目の方法は、ミルティアが羞恥で死にそうなので、最後の方法が一番無難でしょうか……?」
「そうですね。それでダメだったら、無理強いせず、ミルティア様含めて話し合い、次の方法を選択すべきでしょうね。まぁ、人形を使った方法なら、俺も多少指導できますし、結婚までは少し準備期間がありますから」
「ええ、わかりました。……って、その人形、顔をミルティアにするならまだしも、他の知り合いにしたらどつきますよ?」
「安心してください、坊ちゃん。この時の教材に使う人形の顔は、学習する本人の顔か、何も付けない、という法律になってます」
これも、過去に愛人の顔に似せた人形を大量に作ってしまって大惨事になった家や、逆に当主が人形しか愛せない奇妙な趣味に目覚めてしまった事例があって、こういう事になっている。
「……何だか、それを聞くと、つくづく人間の業の深さを感じますね……」
「貴族で恋愛結婚ができるなんて、本来はとても幸運なことなんですよ、坊ちゃん。いやぁ、ホントあの時、呪われて良かったですね。『呪われ公爵』殿」
その軽口に、ぽこん、と本の腹で、坊ちゃんは俺の頭をやさしく小突いた。




