47ちょっとした勝負
「え? え?? で、でも、わたし、宝石なんて、全然、わからなくて……」
宝石は義母様や義妹が時々、舞踏会の際につけていたのを遠くから見たくらいで……触れたことがあるのは、あの「呪いの首飾り」くらいなものである。
「ええ。だから良いんです」
「へ?」
「単に、純粋に、一番気に入ったものを選べば良いんですよ」
「当店で準備できる石は、これが全てですわ。これ以上のものとなると、今すぐには……」
いや!! 「これ以上」とか怖いこと言わないでください!!!
「値段は気にしないでくださいな。すでにレンロット公からはいただいておりますので」
「へ?」
……あ、ということは、これらは全部同じ値段ってことなのかな?
そりゃ、色や大きさはみんな違うけど、これだけキラキラしてるんだもの。
「ええ、だから、ミルティアは一番気になるものを選んでください」
それでも、なんか怖い金額な気がする……
とはいえ、ここまでお膳立てしていただいて、要らないです、というのも気が引ける。
わたしは、まるで天の川の中から一粒の星を選んでいるような気分で、四角い宝石箱を眺めた。
ふと、その中に一つ、すこし小さくて妙に濁った感じの緑色の石に目が留まった。
なんだろう? ……このキラキラの中で、一つだけ、透明度が足りず……なんだかシュン、と落ち込んでいるように見えたのだ。
「あの、これは……?」
「ああ、これは『ナイト・ローズ』という宝石ですわ」
聞けば、ナイトローズとは、昼間は春の新緑のような緑色、夜は柔らかな桜色に変色する珍しい宝石なのだとか。
「なんだか、この宝石だけ濁っているような……?」
「ふふ、実はですね」
この『ナイトローズ』という宝石、魔法のお守りとして強力な反面……些細な呪いや瘴気と言った『悪いモノ』を自動で吸い取ってしまう性質があり、常に浄化をしておかないと、きれいな輝きが保てない少し管理の難しい宝石らしい。
そのため、聖女になるための最終試験で渡される石、としても有名らしい。
「ミルティア、同じ『ナイト・ローズ』でしたら、こちらにもありますよ?」
マリクル様が指さしたのは、奇麗な若緑色に透き通った一回り大きなナイト・ローズだった。
「あ、いえ、その……この石が……気になって……」
「ふふ、ミルティア様、その石が気に入ったのですか?」
ジーナさんが何故か、少し勝ち誇ったような微笑みを浮かべた。
「あ、は、はい……」
なんだか、ちょっと親近感という意味で。
わたしは、その濁った石をつまんで右手に乗せた。
なでなで、と指で撫でると、わずかにその石が嬉しそうにしたような気がして、ちょっとほっこりする。
わたしの様子に、マリクル様が少し困ったような、仕方がない、というような表情を浮かべた後、すっきりとした笑顔でジーナさんに向かって頷いた。
「わかりました。ミルティアが気に入ったのなら、その石にします」
「ふふっ、レンロット公爵……今回は、私の勝ちですわね」
え? 勝ち??
ジーナさんが嬉しそうに、胸元から取り出した扇子で口元を隠しながら上品に笑った。
「やれやれ……金額では確かにジーナの勝ちかもしれませんが、ミルティアが気に入ってくれた石が有ったから問題はありませんよ」
聞けば、どうやら今回、ジーナさんが準備してくれた宝石は超一流の特級品~割とリーズナブルな物までをこのお盆に載せて来てくれたらしいのだ。
しかし、マリクル様の方でお支払いした価格は一流の品を購入できるだけの金額。
宝石の割合は、超一流1割、一流2割、二流品7割……そして、大ハズレとして三流以下の石を一つ……という割合だったらしいのだ。
つまり、このキラキラの中から、一割の超一流を見極められる審美眼があれば、お得な買い物だったのに対し、選んだ石が一流ならば順当なお買い物、それ以下ならジーナさんの懐がぬくぬくになる……という寸法だったようなのだ。
そして、わたしの選んでしまった石は、なんと!
……よりにもよって三流以下……という、たった一つの大ハズレ枠。
「ミルティア、気にしないで下さい。今までの勝率は私が3勝2敗で勝ち越していますから」
「ふふっ、でもこの一戦で金額的には私の勝ち越しですわよ?」
がーーーーーん!!
どうやらわたしの審美眼は、マリクル様の勝率を無に帰してしまう程ひどいものであるらしい。




