46宝石を買おう!
「いらっしゃいませ、レンロット公!! お待ち申し上げておりました」
「今日はよろしくお願いしますね、ジーナ」
マリクル様の馬車が滑り込んだのは、明らかに高級な装飾品を扱うお店だった。
そこの店員……いや、店長さんなのだろう。
ジーナ、と呼ばれた上品な女主人が嬉しそうにわたしを見つめ、両手をその豊かな胸の前で組んだ。
「まぁ! なんて可愛らしいお嬢様……! レンロット公、もしかしてこちらが、以前、お話しされていた?」
「ええ……そうです、ミルティアです」
「まぁ! まぁ! まぁ!!」
ジーナさんは興奮したような、うれしそうな様子で私の頭の先から足の先まで値踏みする。
な、なんだろう……
悪い視線じゃないんだけど、こんなに興奮した瞳で値踏みされた事が無いから、なんだか気恥ずかしい……
「ミルティア様、以後お見知りおきを。私、当店ユズチャ&ベッターラの店長、エンゲジーナと申しますわ。あ、気軽にジーナとお呼びくださいね?」
「は、はい……よ、よろしくお願いします……」
ぺこり、と頭を下げたわたしの態度が気に入ったのか、少し興奮した様子で、奥の個室へ誘導する。
おとなしく、指定の席に座って待っていると、部屋の外でジーナさんがマリクル様に「いいですか、レンロット公! あの子は最強の原石ですわ!!! それも、とびっきり上質の! レンロット公がお持ちのすべての技・財産・時間を使って丁寧に、丁寧に、渾身の力を込めて、しっかりゴシゴシと磨きぬいてくださいませ! 色づいた蕾がほころぶように、それはそれは見事な花を咲かせますわよ!!」と、興奮気味に話している声が丸聞こえだ。
……そ、そんなに……しっかり擦らないと薄汚れた印象が消えないってことかな……?
そりゃ、実家では腐りかけの水を使って、雑巾のような布で体をぬぐうくらいしかできなかったから……その、においが染みついていたかもしれないけど……
でも、マリクル様のお屋敷に来てからは、きちんと毎日温かいお湯で、湯あみをさせていただいている。しかも、上質な石鹸まで使わせて貰っているのだ。
な、なんだか、申し訳ない……
マリクル様も「それはわかっています」っておっしゃっているし……
ふと、自分の手を見ると、午前中の農作業やら養殖池の整備やらで手のひらの皮がわずかに黒く薄汚れているような気がする。
……うん。磨こう。しっかりと。
わたしが決意を固めているとマリクル様が「待たせてすみません」と言いながら私の隣に座った。
すると、対面の位置にジーナさんがきれいな紫色の絹がかかった小箱を持って入ってきた。
「わたしから、ミルティアにプレゼントです」
「マリクル様から……?」
「さ、ミルティア様……この中から一番、気に入ったものをお選びください?」
さらっ……
「うっ……!!!」
ぺっかーーーーー!!!
紫色の絹を取り除かれた箱の中に入っていたのは光の洪水だ。
おもわず、まぶしすぎて目を背けてしまう。
きらきら、キラキラ、赤、青、緑、黄色……
色とりどりの輝きを放つ親指の爪ほどもある大きさの宝石達……!!!
ちょ、待って!?
これ、一番小さい石でもアルス様何人分!?
どんなに宝石に疎い人間だって分かる。
これらは、高い!
しかも、べらぼうに……と!!!
だって、光の量が!! 一応伯爵家で生まれ育ったわたしが、見たことすら無いレベルなんですよ!? 義母様が宝石好きだから、宝石とは、物凄く、物凄い価格、ということだけは知っている。
「ま、マリクル様!?」
「ミルティアはどれが一番綺麗だと思いますか?」
にこっ!
宝石に全然負けない屈託ない笑顔をこちらに向けてこられるマリクル様。
そんなの、マリクル様にかなう宝石なんかあるわけないじゃないですか!!!




