44農作業のお手伝い
「あら……?」
「奥様、どうしたんだっぺ?」
「いえ、何でしょう……? この辺り?」
数日前に『養殖池』で収穫した貝殻を焼いて出来た『石灰』を農地に撒いている時だった。
じゅぅ、じゅぅ、と、何か焼けこげるような音が土の下から響いて来た。
「ん~……? こりゃぁ、なんだっぺ~?」
訝し気にソンチョさんが土を掘り起こすと、その中から出て来たのは、何やら悪臭を放つ生ごみのようなものだった。
だが、それにしても悪臭がすごい。
農村では、下肥といって、牛糞はもとより、鳥の糞や人糞などの排泄物を発酵させて堆肥を作るのだが、それよりもすごい匂いとはどういうことなのだろうか?
「なんか、気味悪ぃなぁ……奥様、石灰をたっぷりまぶしてくんろ~」
「は、はい!」
ばさばさばさ~……
わたしはソンチョさんがいうとおり、その生ごみを石灰まぶしにする量を注ぎかけた。
「石灰は『サッキンコーカ』っちゅ~モンがあって、瘴気を払う効果があるって、オラのじーさまのじーさまが、ガキの頃、何かスゲェ賢者様から聞いたって話だっぺよ」
「そんな効果もあるんですね」
石灰まみれになった生ごみは、悲鳴のような不思議な音を立ててどんどん縮んでいき、あっという間にカサカサに干からびてしまったせいで、まるで消えてしまったように見えた。
「あンれ? どこいっちまったっぺよ?」
「このカリカリの乾燥ミミズみたいになっちゃいました」
「んだば、まぁ、一旦肥溜めで腐らせるっぺよ」
ソンチョさんは周囲の土ごと、ザクっとその生ごみをシャベルに載せ、ぽいっと肥溜めに放り込む。
「残りの畑にも石灰を撒いちまうっぺ。さ、奥様、急がねと、お昼には坊ちゃまが迎えに来ちまうっぺよ~」
「す、すいません、お手伝いできるのが午前中だけで……」
どうやら、マリクル様のお仕事だが、相当大変なことになっているらしく、長期戦を見据えるためにも、この辺りで小休止を挿むことになっているらしいのだ。
そのため、午前中は一旦王宮に出かけているマリクル様だが、午後には屋敷に戻って来る。
そうしたら、買い物に行こう、と言われているのだ。
「いんにゃ~、今日は暑くなりそうだっぺ、どうせ、お昼からは夕方まで休憩だっぺよ~」
わたしを気遣うように、ソンチョさんはその人好きのする顔をクシャッと丸めて、にこにこ微笑んだ。
「むしろ、奥様が撒いてくれた所は、他の者が撒いた場所よりも、緑が戻るのが早いっぺ~。やっぱり、貴族の方はすごいんだっぺな~」
そう、あの石灰だが、バードラ様曰くマリクル様の祝福の魔力と、作ったわたしの魔力が自然と混ざり合って、大地にとっては、とても強い浄化作用と栄養分を豊富に含んだ『スーパー石灰』になっているらしいのだ。
しかも、それを作成者であるわたしかマリクル様ご本人が、直接大地に撒くと、効果はさらに倍増する、と言われたので、比較的時間に余裕のあるわたしが、農作業にお邪魔させていただいているのだ。
農作業にお邪魔、といっても、本当に手桶に入れた石灰を満遍なく大地に撒いて歩くだけなので、大した作業量ではない。
むしろ、それを撒いた後、せっせと鍬で耕す農家のおじ様やおば様の方がハード。
……果ては、私より年下の子供達までが、元気に鍬を振るっている。
これは、手早く終わらせなければ!
わたしは、ソンチョさんに案内されて次の畑へと歩を進めたのだった。




