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42当主の帰還

「こ、これは!? 一体、どうしたんですか!?」


「これは、レンロットの坊ちゃま……この度はわざわざオラたちのために……! ありがとうごぜぇますだ」


 王宮からの馬車が到着し、マリクル様が庭に降り立つ。

 すると、ソンチョさん始め、近くの村の住人の皆さんが一斉にマリクル様の元へと口々にお礼を言いながら駆け寄っていく。


「坊ちゃま、ありがとうございます! わざわざこんな料理まで準備して、石灰を作ってくださるとは」「やっぱり慈悲深い領主様でよかったなぁ」「これで、春の野菜もなんとかなっぺ~」「んだ、んだ」「レンロット様、このカキのバター・オショーユ焼き、最高だぁ」「いやいや、このカキ・フリャーっちゅーのが至高だっぺよ!!」「坊ちゃま、お元気になりなすったんですねぇ」「ああ、ほんとに、よかったっぺ~」「んだ、んだ」「オラたち、石灰づくりのお手伝いだっぺよ~」「お嬢ちゃんの料理、最高だぁ」


「え、ええ、そうですね」


 領民という名のアグレッシブな宝にもみくちゃにされ、少し困惑気味のマリクル様。

 

 実は、貝料理を振る舞う際に、村の皆さんが何か勘違いしたのか……お酒の樽を持って来てくれたのである。

 結局、わたしの作った貝料理を肴に小さな……? いや、結構立派なお祭り状態になってしまったのだ。


 流石に、あれだけ同時に話しかけられては、何が何やら混乱するに違いない。

 わたしは、すこし落ち着いたころを見計らって、マリクル様に声をかけた。


「お帰りなさいませ、マリクル様」


「あ、あぁ、ただいま戻りました。バードラはもう少し遅くなります。……で、あの、ミルティア? この騒ぎは……一体?」


「はい、実は……」


 ソンチョさん達は自分たちが食べた貝の貝殻を焼いて作った大量の石灰を嬉しそうに小分けの袋に詰めている。


「……と、いう訳なんです」


「なるほど……そういう訳だったんですね!」


 詳しい事情を知ったマリクル様が、突然わたしの身体を抱きしめた。


 がしぃっ!! ぎゅぅぅっ……!


「えっ!?」


 力強いけれども、温かく、優しい抱擁。


「「「「「おおぉぉ……」」」」


 ま、待って、マリクル様!? あの、何か、村の皆さんからどよめきが起こってるんですけど!?


「ありがとうございます! ミルティア、貴女に対して愛おしい気持ちが止まりません! レンロット領の民が困っているのを見捨てず、こんな手配までしてくれるなんて……!」


「あ、あの、でも、その、これは、マリクル様の『養殖池』が凄いだけなんです!」


 実際、ここに来ている多くの村人のお腹を満たし、農家の皆さんが満足するだけの量の貝殻が採れたのだ。

 それだというのに、この『養殖池』からは、まだまだ、驚くほど多くの貝が湧くように出て来る。


 わたしは、その新鮮な貝類を網で焼いて、バターと東洋豆の発酵ダレ(オショーユ)を注いだだけなのだ。

 手間のかかるカキ・フリャーは、最初こそ作っていたのだが、魔導人形(オートマタ)さん達がわたしの作り方を学習し、真似して作り始めてからは、全てそちらに任せてしまった。


 バードラ様が操作しなくとも、簡単な家事ならば覚えて手伝ってくれる、とおっしゃっていたのが真実であると証明された形だ。


「いいえ、ちがいますよ、ミルティア」


 マリクル様はそう言って私の手をとり、煤で汚れた甲に優しいキスを落とした。

 と、同時に、火の粉が飛んだ時にできたちょっとした火傷が一瞬で綺麗になる。


「こんなになるまで……一生懸命あなたが『石灰づくり』を手伝ってくださったことは見ただけで分かります。我が妻として、我々の地の民を第一に考えてくださったこと、本当に嬉しく思います」


「「「「おおおおおおお!!!!」」」」


 薄明りの夕暮れに、大勢の驚きと喜びの声がこだまして……わたしは、またしても半泣きで頷くことしかできなかった。


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― 新着の感想 ―
[一言] 楽しくて一気に拝読しました。 食べ物を粗末にしないミルティアちゃん最高です。 続きが楽しみです。
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