40農地の異変
お二人が出かけてから、わたしが庭の養殖池の整備をしている時だった。
「あンれっ? 公爵様のお屋敷に普通の人がいるっぺよ」
「へ?」
声につられて振り向けば、驚いた顔で立っていたのは、農業を生業としているようなおじさん……いや、おじいさんだ。
きちんと魔導人形さんに案内をされているみたいだから、正式なお客様なのだろう。
おじいさんは、被っていた麦わら帽子を取ると、くしゃっと人の良さそうな笑みを浮かべて、ぺこり、と一礼した。
わたしは、思わず咄嗟に同じように頭を下げる挨拶を返してしまった。
あっ……確か、貴族の令嬢の挨拶は、スカートをつまんで膝を曲げるんだったっけ……うぅ……失敗……
だが、そのおかげで彼はわたしを同じ平民だと思ったらしく、ニコニコ笑いながら気さくに話しかけて来てくれた。
「お嬢ちゃん、こんな所で何してるっぺ~?」
「あ、はい……わたしはこの養殖池の整備を……おじ様は?」
「オラ、近くの村のソンチョって者だがね、ここの旦那様に急ぎでお話をしに来ただよ」
ソンチョさん曰く、なんでも最近、急に農作物の様子がおかしくなり始めてしまったのだとか。
果実部分のお尻が腐ったり、新芽の葉先が枯れたり、葉物野菜の芯が腐ったり、芋の芽がつぶれたり……そんな異変が続いているのだそうだ。
「魔法医の先生は、まるで、土壌が急激に酸性にでもなってしまったみてぇだ、って言ってたっぺ。だから、ちょっくらダリス領から石灰を取り寄せてもらえるように、お願いに来たんだべ。今は種まきの季節だで、大急ぎだっぺよ」
なんでも、このレンロット領に石灰の出る地層は無いらしい。
そのため、毎年必要量をここから遠いダリス領から購入しているのだとか。
ちなみに、そのダリス領、あのシーラ様の出身地だそうだ。
だが、今から「大至急」で注文しても、物が届くのには少し時間がかかるのが常との事。
「そうなんですか……」
「ん~、だども、いつもなら、もっとしっかりお話を聞いてくださる魔導人形様も、さっきから、同じ言葉を繰り返すだけでな~……」
ソンチョさんがクシュンと濡れた子犬のような顔で首をかしげる。
あ、そうか……確か、今日はいつものように会話ができないんだった……
何だか、ソンチョさんが気の毒になってくる。
ソンチョさん達は、普段わたしたちが食べているあの美味しい野菜を一生懸命作ってくれているのだ。
これは、何とかしてあげたい。
「オラ、長ぇこと農業をしてるけンど……こんな事、はじめてでなぁ……こりゃ、春の種は諦めにゃダメだっぺかなぁ~……困ったもんだべ~……旅芸人の連中に聞けば、隣の領じゃそんな事ねぇっちゅう話だし、オラ達の領にだけ、酸っぺぇ雨でも降ったみてぇだっぺよ」
「そうなんですね」
大至急で石灰が必要……
「あの……石灰なら、わたしが何とかできるかもしれません」
「?!」
わたしの言葉に、目を見開くソンチョさん。
「ホ、ホントだっぺ?!」
「はい。ただ、その……一人では、無理なんですけど……あの、お手伝いをいただければ……」
「な、何を手伝ったらええべ?」
「はい、私の貝料理を召し上がって欲しいんです!」
「か、カイリョーリ??」




