39穏やかな夕餉
「あはははは、俺がこんなおっさんで驚きましたか?」
「あ、あの、最初は……少しだけ。……てっきり、女性の方だと思っていたもので……」
でも、屈託なく笑うバードラさんはとても古希を超えたお年には見えない。
言葉は悪いが、海女のおばちゃんたちが話している『ちょい悪カッコイイオヤジ』とは、バードラさんみたいなタイプを指すんだろうなぁ……
「しかし、魔導人形の目を通して見てはいましたが……これ、本当に元々はウチの坊ちゃんから出た魔物なんですよね……?」
バードラ様は少し引き攣った顔で、おそるおそる、煮物のタコをフォークでつついている。
これはイイダコと呼ばれる小さなタコさんで、見た目は完全に普通のタコなのだが、大きさが一口大。
無精ひげを生やしたダンディなおじ様が、ビクビクしながら皿の上の食材を見つめている様子が面白いのか、マリクル様が子供のようなキラキラした瞳で微笑んでいる。
まるで、小さな子供がホロニガウリを食べられるようになった事を親に自慢しているような表情である。
……かわいい……
「そのチビタコ、今はもう庭の養殖池で獲れる食材ですよ、バードラ」
そういうと、バードラ様が口にしようかどうしようか迷っていたそのイイダコをフォークで突き刺し、ひょいっと自分の口に運ぶ。
「ふふふっ……ん、味がしみ込んでいて大変美味しいです」
「さ、流石……あの偏食家だった坊ちゃんが……」
執事と主人が一緒に食卓を囲むなんていうのは、普段ならば絶対にしないらしいのだが、今回は『マリクル様の解呪祝い』と『バードラ様の帰還祝い』、そして『私の歓迎』を兼ねて、一緒の食卓についているのだ。
マリクル様も、久々の家族団欒、という雰囲気を思いのほか楽しんでくださっているみたいで、こっちまで嬉しくなってくる。
「あの、バードラ様、それではこちらのスープはいかがです?」
例の残飯手前汁……海の出汁だけはたっぷりなものの、具は普通の野菜なので、海産物初心者の方にはおススメだったりする。
「ほう!? こりゃ……美味い!! 坊ちゃん、良かったですね。良い奥様で」
「ええ、もちろんです」
お、奥様と呼ばれると……何か、こう、胸? 背中? 胴体の中央部分がむずかゆいような、不思議な気持ちになってくる。
それなのに……このむずかゆさ、全然嫌じゃない。
「は、はぅぅ……わ、わたし、も……その、マリクル様が……」
うぅ、本当は、もっとしっかりした声で、お顔を見て言えれば良いんだけど……どうしても床を見つめてしまう。
わたしも、魔法も、淑女としてのマナーも、それ以外の全ての足りないものも……
全部、身につけて……マリクル様の隣に立っても前を見ることができる女性になりたい!
いや、わたしも、なる!
そう……理想は、あの力強くて、正々堂々としていて、思慮深い野武士のような剛力聖女様!
「……シーラ様みたいになれるように頑張りますっ!!」
思わず、立ち上がり決意を込める。
「え? 私が、剛力聖女のようになる為に……ミルティアが頑張るのですか?」
「えっ!? あ!? ち、ちがいます! 今のは、その、胴体を置き忘れて頭と足が繋がっちゃっただけですッ!!」
唐突なわたしの宣言に、キョトン、と驚いた顔をするマリクル様。
「ぶっ……ははははははは!!! いやぁ、やっぱり俺の目に狂いはなかったでしょ、坊ちゃん!」
そんな食事会を終え、翌日からマリクル様とバードラ様は、王宮で書類整理の仕事が待って居るらしい。
マリクル様はわたしをふわりと優しく抱きしめ、
「それでは行ってきますね、ミルティア……屋敷の中では何をしても良いですが、無理はしないでくださいね? 私の渡したお守りは身につけていますね? 屋敷の中の雑務は殆ど魔導人形が処理しますが、少し王宮とは距離があるので、いつものような人形を介しての会話は難しいんです」
と、耳元で穏やかに囁いた。
ぽ、ぽわぽわ……! 耳が熱と温かさとでぽわぽわする!!
「は、はい、大丈夫です!」
「夕食には間に合うように戻りますからね?」
「……はい! マリクル様もお気をつけて!」




