38《伯爵side》レディ・シスターナ2
いきり立つ三人を後目にジュバックは懐から出したタバコを美味そうに一度ゆっくりとふかした。
「やれやれ……外法、という意味が分かっているのかね? ハイリスクは当然だが?」
「良いから教えなさい!」
高圧的なババンレーヌの言葉に、ジュバックは、にやにや笑いを浮かべていた唇をへの字へと歪めて吐き捨てるように答えた。
「それは、呪いを『転嫁』することだ」
転嫁、つまり誰かに押し付ける……という事である。
しかし、一旦強化された呪いは一筋縄ではいかない。
そもそも、この呪い……この国の中でも1,2を争う魔法の使い手であるレンロットのガキが自力で外せなかったモノが上書きされているのだ。
転嫁する相手は、もはや『人間』を媒体とし、もっと偉大なモノである必要性がある。
びたんっ!!
「何を言っているのか分かりませんわ! 貴方、呪術師なのに頭が悪いのではなくて?」
どうやら、この少女の頭には綿菓子かヘドロしか詰まっていないようだ。
「……要は、その呪いを『大地』に押し付ければ良い」
「大地……ですの? だったら、お姉さまの住んでいる所に呪いを返してあげれば良いだけじゃない!」
一転、明るい声を上げるシスターナ。
大地に呪いを転嫁すると、呪われた側は元に戻る反面、転嫁された土地では農作物はもとより、雑草すら生えない不毛の大地へと変化してしまう。
「そうだ。ただし、その為の代償として人間の心臓が最低でも3つ必要だ。その3つの心臓に君のその呪いの欠片を詰め込んで……呪いを移したい相手……ミルティア嬢の住むレンロット公爵の領地に埋めれば良い」
「なぁんだ、そんな簡単な事でしたの?」
「で、でも、シスターナ、3人もの人を……その、こ、殺すことに……」
「アナタ、こんな姿になったシスターナが可哀想ではないの!?」
「い、いや、それはもちろん可哀想だし、何としても元の姿に戻してやるべきだと考えているよ? だが……」
小心者のリラン伯爵は、吾輩の『外法』を聞いて脂汗を垂らしている。
人としては最も当然な反応ではあるものの、他のメンバーの顔には『この男は小物だ』という失望にも侮蔑にも似た表情が浮かんでいる。
「お父様は黙ってて!」
びしんッ!!
「ヒィッ!!」
「どうしてもっと早く教えてくれなかったんですの?」
「危険だからだ、レディ・シスターナ」
ジュバック曰く、まず、『贄』となる人間だが、今回は呪いを返したい明確な対象者が居るため、対象者と例え僅かでも関係のある人間でなければならない。
無関係な奴隷を殺処分して取り出した心臓ではダメなのだ。
理想を言えば血縁者なのだが、すでにミルティアには血のつながる血縁者はいないらしい。
そして、万が一、呪いの転嫁中にその心臓を破壊されるような事があってはならない。
また、何らかの魔法や浄化により、さらに呪いを返されたりした場合は、手の施しようが無い。
俗にいう「詰み」となってしまうのだ。
「それでも良いなら……試したまえ」
ジュバックはすべてを説明し終わると、身勝手で愚かな生き物たちの行動の観察を始めたようだ。
「……お姉さまと関係のある人間なんて、ウチに居たかしら?」
「あの愚図を可愛がっていたのは何年も前に仕事を辞めた元料理長だけよ?」
「そ、そうだな……」
他に、ミルティアに情をかけたような人間は屋敷に残っていないらしく、彼等は身勝手な理由でこれから殺す為の人間をいとも簡単に選別している。
「僅かで良いなら、ミルティアをレンロット領まで送り届けた兵士二人はどうかしら?」
「ふむ。まぁ、仕方がない。それでも良いだろう」
何とかひねり出された人選に、ジュバックが頷いた。
「さすが、お母様、名案ですわ。残る一人は……」
ドシュッ!
「な゛……っ!?」
何の前触れもなく……胸に衝撃を受けたジュバックはそのまま、膝から崩れ落ちた。
よく見れば、シスターナの触手に握られたナイフが深々とジュバックの右胸に突き刺さっている。
驚きの表情を浮かべたまま床に倒れ伏すジュバックの目に、膿と垢塗れの生き物の三日月形に歪んだ唇が映った。
「あはははは! だって、貴方もお姉さまが付けていた呪いのネックレスをつくった張本人ですもの。関係性は十分よね?」
けたたましい少女の笑い声が、呪術師の死体が横たわる部屋にこだましていた。




