37《伯爵side》レディ・シスターナ
「嫌よ、嫌! 絶対に嫌ですわッ!! どうしてわたくしがこんな気色の悪いものを口にしなければならないの!? お父様がわたくしの二倍食べればいいのよ!」
「シスターナ『解呪』とはそういうものではないのだよ……ヒィっ」
びたん! ばしんっ!!
背中から生えたタコだかイカだか分からない軟体動物の足が、シスターナと呼ばれた少女だった塊の感情に合わせるように暴れまわる。
「だったら、もっと簡単に呪いの解ける方法を探し出すべきだわ! ね、そうでしょう? それに、わたくし、レンロット公爵を愛しておりますもの。ナドル様なんかとは比べ物になりませんわ。……そうよ! 彼からの優しい口づけなら、きっとわたくし、元に戻れますわ! ねぇ、お父様、そうしましょう? 彼を連れて来て?」
「いや……シスターナ、そう言う訳には……第一、レンロット公爵はミルティアの……ッ!?」
びたんっ!!
ミルティアの名が出ただけで荒ぶる触手。
リラン伯爵は冷や汗をかきながら口ごもった。
「あら? 問題ありませんわ。だって、お姉さまは屑で愚図で根暗で魔法も使えない出来損ないなのよ? 何を言っても『はい』か『申し訳ございません』しか話せない馬鹿女だもの」
明らかに姉であるミルティアを蔑んだ口調。
この姿になってなお勝ち誇れるその精神構造は逆に称賛に値するレベルだ。
だが、シスターナはヘドロにまみれた腕を握り締め、腕をぷるぷると震わせ始めた。
同時に声に険が混じり、激しいものへと変化する。
「……それなのに!! それなのにッ!!! あの女、厚かましくも、愛し合うわたくしとレンロット公爵の仲を引き裂き、彼を奪っていったのよ!! そんな女の肩を持つなんて酷いわお父様!」
……彼女の中ではそういうことになっているらしい。
「ええ、そうよ、可哀想な私のシスターナ……これも全部あの緑の髪の疫病神が悪いのよ!!」
「お母さまは分かってくださるのね! ……きっとお姉さまがわたくしを嫉妬するあまり『呪い』でレンロット様を操っているのよ! 本当はわたくしを愛しているはずなのに!! お可哀そうなレンロット様……早くお助けしないと……」
一言前には『魔法も使えない』と罵っていたはずのミルティアが『呪い』を施行したことになっている。
『呪い』も魔法体系に含まれているというのは魔法学の基礎のはずだが、その部分に関しては都合よく無視しているようだ。
見事なまでに自分本位の言い草を並べ立てる垢と粘液交じりの塊を、ジュバックは興味深く眺めていた。
「さすが、マダム・ババンレーヌ……素晴らしい育て方だ」
これは闇教団と関係のある彼にとって嫌味ではない。
この若さでここまで性根のねじ曲がった者は珍しい。
儀式型呪術の媒体として使えるような、どす黒い魂の持ち主など……意図的に育てようとしても、なかなか上手く育たないものなのだ。
しかし、まさか、シスターナ本人が断固として解呪のための手続きを拒否しているとは思わなかった。
むしろ、あんな悪臭を放つ不気味な姿に変貌したのだから、彼女こそが、必死で『解呪』に挑んでいたのに、マダム・ババンレーヌやリラン伯爵が甘やかしていたために失敗続きだったのではないか、とジュバックは考えていたようだ。
「まぁ……そこまでどうしても、というならば……外法なやり方の『解呪方法』が無くはない」
「ほ、本当か!?」「何ですって!?」「他の方法があるならサッサと言いなさい!!」




