35ウニ丼のお味は?
わたしは出来あがったウニ・ドンとハマグリのお吸い物3人前のうち、一人前を目の前のメイドさんに勧めた。
「あの、こちら……どうぞ」
「へ?」
「せっかく手伝ってくださったんです、是非、食べてみてください」
海の幸は、見慣れない人からすると、とてもグロテスクなはずなのに、彼女は悲鳴をあげつつも一生懸命手伝ってくれたのだ。
なお、他のメイドさんや料理人さんの姿は無い。
おそらく、彼女は銀貨様への忠誠心がとても高いのだろう。
「え!? ちょ、ま、待って下さい……! でも、これはミルティア様の分では!?」
「いいえ、わたしは公爵家に戻ればいつでも食べることができますし……それに……王太子殿下にお出しする食事を毒見しない訳にはいかない……ですよね?」
「そ、それは大丈夫です! 私が近くに居ましたし、しっかり見て……」
ぐぅぅぅぅ~……
彼女は必死に首を振り遠慮をしていたのだが、身体の方はたいへん素直だったようだ。
「あっ……」
淑女にあるまじき、豪快なお腹の虫の鳴き声に、顔中を真っ赤に染め、ぷるぷる震えながら、瞳を潤ませるメイドさん。
わたしよりは……少しお姉さんだと思うんだけど……なんだか、可愛い方……
王太子直属のメイドともなれば、伯爵よりも上の爵位を持つお家のご令嬢が、行儀見習いを兼ねているケースも十分にあり得る。
もしかしたら、彼女も実家に戻ればお嬢様なのかも……
「ちょうどお昼時ですし、是非。……こちらは鮮度が命ですから」
「あ、ありがとうございましゅ……」
羞恥心で「ございます」が言えていない。
だが、彼女もこれ以上遠慮する方が逆に失礼だと感じたようだ。
真剣な眼差しで匙を取ると、てりりっ、と東洋豆の醗酵ダレを回しかけておいたウニ・ドンを、ゆっくりとひと匙すくう。
そして、オコメと混然一体になった、たっぷりの金色をその愛らしい口へと運ぶ。
「んん~っ!!」
分かりやすく『幸せ』を顔中にあふれさせる美少女メイドさんを後目に、わたしはウニ・ドンとハマグリのお吸い物を持って、マリクル様たちの待つ応接室に戻ったのだった。
「お、お待たせいたしました!」
「ああ、出来上がったんですね、ミルティア。お疲れ様、ありがとうございます」
お二人はそれまで何か難しい話をされていたのか……机の上に広げていた書類をサッと横に寄せてくれた。
ああっ、公爵様と王太子殿下にそんな手間をかけさせるなんて……!
おそらく、義母様や妹だったら、『事前にこちらの様子を確認してからお茶やお菓子を持って来るのが常識でしょう!? この出来損ないの愚図っ!』と、鞭が飛んだはずなのに……
申し訳ないのと同時に、お二人の優しさに目頭が熱くなる。
「あ、ありがとうございます……! あの、お口に合うか分かりませんが……どうぞ、お召し上がりください」
「うわぁ、まるで大きな金貨みたいだねぇ!!」
動く現ナマであるアルス様が好景気を擬人化させたような満面の笑みでウニ・ドンを口へと運ぶ。
ぱくり。
「……!? ……!! っ!!!」
途端に、ニコニコ笑顔が真剣な眼差しへと変わった。
ぱく、ばくっ……ばくばくばくっ!!
貴公子がお食事なさる速度としては、マナー違反にならないギリギリ限界の速度を駆け抜けて行くアルス様。
無言のまま、匙だけを高速回転させていらっしゃるって事は気に入っていただけたのかな?
わたしはマリクル様に手招きされて、隣に着席する。
「これは……実に甘くて濃厚で……とても美味しいですね。……ところで、ミルティア、貴方の分はどうしたんですか?」
「はい、あの……わたしは、公爵家に戻れば、また作れますから」
それよりも、新鮮なウニ・ドンのおいしさを是非お二人に知ってもらいたかったのだ。
それに、アルス様直属っぽいメイドさんにも作り方と、この味を布教済みだから、仮にアルス様がウニ・ドンを食べたくなれば、あの小さな養殖池で捕まえた新鮮なウニをここに送ることもできる。
だが、わたしの言葉を聞いたマリクル様が少し表情を曇らせた。




