30《伯爵side》そして因果は巡る 4
なんだこのニオイは!?
磯臭い海藻やら甲殻類やらをまとめて、密閉した箱に入れ、さらにその箱を直射日光の下で数日間……凶悪に腐敗させたような凄まじい生臭さ。
「シスターナ、ナドル君が来てくれたよ……」
「ナドル様が……?」
おまけに部屋を二分するように、黒い帳が天井から降りている。
シスターナはその向こう側に居るようなのだが……その帳に向かって何かを投げつけているのだろうか?
不自然なほど高い位置の布が時折、ぼふ、ばふっと揺れている。
彼女の声も妙に鼻声だ。
「さ、二人そろったのだから、これを食べなさい」
コト……
何かの皿がシスターナの手前に置かれたらしい。
それと同時に、今度は帳の向こう側からリラン伯爵夫人のババンレーヌが現れ、手にしていた皿をナドルの座るテーブルに持って来た。
「……うっ……ぐ」
もし、これをミルティアが見ることができたら「イカの足」と判断できたかもしれないが、ナドルにとっては「グロテスクな海の魔物の一部を切り落としたもの」に過ぎない。
……しかも、何やら膿だか垢だかわからないような汚れが至る所に張り付いている。
こ、これを喰う!?
こんなものを食べるくらいなら排水溝にキスをする方が100倍マシだ。
「ナドル様……わたくしの為に、これを食べていただけますか?」
「も、もちろんだよ! シスターナ」
だが、シスターナのその言葉にすかさず「YES」と答えてしまうナドル。
今更「無理です」とは答えられない。
「い、いただきますッ!!」
がっ!!
ナドルは皿の上に乗った何だかわからない悪臭を放つ悪魔の欠片のようなモノを口に押し込んだ。
うおぉぉぉ!! 食えッ!! 食うんだ、ナドルッ!!
味など感じるなっ!! ただ、口から入れた物体を胃袋に落とし込むことだけに集中しろ!!
息を止めろ!!! くそっ! 今だけ鼻と舌が、もげればいいのにッ!!!
飲み込め、飲み込むんだっ!! これは栄光への架け橋だあああぁぁぁぁっ!!!
「うごっ……ぐ、んッ……おぼろろろろろろろろろ………」
……無理でした。
「……ッチ!」
ババンレーヌの舌打ちが聞こえた気がするが、ナドルは全身を襲う吐き気と寒気と蕁麻疹でそれどころではない。
レンロット公爵の魔力により上書きされた呪いは、生み出す魔物の種類をさらに厄介なものへと押し上げてしまったらしい。
実はこのイカの足に見えるモノ……『ダイマオウイカ』という深海にすむ巨大なイカの一種で、その皮や体液には男性にだけ大変良く効く毒が混じっており、生食は非常に危険なのだ。
なお、その毒……何故男性にのみ猛烈に危険なのかというと、その毒が『海綿体』と呼ばれる臓器に溜まる性質があるためである。一応、女性にも海綿体組織自体は存在しているのだが、男性に比べるとわずかなもの。
その毒を吸収してしまった海綿体への血流量が増加すると、猛烈な激痛が走り、苦痛にのたうち回ることになる。
毒の量が多いと、そのものが壊死する可能性もあり、解毒方法が解明されていない事から、俗に家殺しの毒と呼ばれているのだ。
さらに、ナドルにとっては不運な事が、リラン伯爵家は海に近い立地でありながら、海の物……魚介類については、『それは庶民が食べる物であって、貴族である自分たちが食べるべきは高貴な肉である』と考えていた点だ。
おかげで、この屋敷の料理人に魚を捌ける者は……すでにいない。
そのため、この『ダイマオウイカ』の足は、本当に、洗いもせず、ただ、切り落としただけの代物だ。
さらに付け加えると、いつ切り落とされたのかもよく分からない。
「ひ、酷いわ、ナドル様っ……!」
シスターナの声と共に、黒い帳の向こうから、大きなイカの足のようなものが飛び出して来た。
「わたくしの事を想って、食べてくださらないのね!! うえええぇぇぇぇぇんっ!!!」
「うわぁっ!? うぎゅげっ!」
そして、目も留まらぬ速さでナドルの身体をぐるぐる巻きにして振り回す。
「シスターナ、落ち着きなさい、シスターナ!」
だが、あまりの衝撃に目を回していたナドルは、膿と垢に埋もれその背からダイマオウイカの足を生やす麗しのシスターナの姿を見ることは無かった。
それが果たして幸運だったのか、不幸だったのか……
そして、ダイマオウイカの粘液まみれにされたナドルの股間が……今後、使い物になるのか……
まだ、誰も分からないのだった。
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