第十一話
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「サモン、緑符だ、つなぎをつけろ!」
ノノに言われサモンは緑符を胴着の懐から出そうとした。
「あっ…」
「どうした?」
「すいません、忘れました。」
ノノは呆気にとられたが、すぐさま自分に渡された緑符をだしてモリタとアカシの所にむけてつなぎをつけた。
「どうしますか?」
サモンは震え声である。
「班長はお前だぞ、しっかりしろ」
気丈に振る舞っているがノノの声も震えている。いくら日が高いとはいえ妖魔が近くいるのだ、緊張して当然であろう。
「緑符は一瞬で相手に届く、すでにアカシ殿かモリタ殿が気づいているだろう。」
ノノは願望を込めてそう言った。
「ここから離れたほうがいいですかね?」
「何とも言えん……」
「あの、3人で固まっていたほうが」
「それもそうだな」
シゲの提案にノノが同意すると3人は見通しのいいところまで移動して背中合わせになった。
「いいか、やばいと思ったら、逃げろ」
ノノがそう言うと二人は頷いた。すでに班長はノノである。
*
生い茂る雑草が風に揺れ、その音が3人の恐怖心を煽った。所詮は授業で妖魔のことを学習した程度である、いざとなった時に役立たないのは目に見えていた。
「近くにいるのでしょうか?」
「わからん」
サモンは何とか平静を保とうとしているが、膝が震えている。
「距離が近ければ魔晶石はもっと震えるはずだ。この程度の振動では近いとは言えんのかもしれん。」
ノノは妖魔読本に書かれていた知識を頼りに語った。
サモンは青い顔をしている、それを見たノノが話しかけた。
「都には結界が張られている、それをすり抜ける程度の妖魔だとたいしたことはないはずだ。気をしっかり持て!!」
都に張られた結界とは妖魔の進入を阻むために創られた防御網である。いかなる技術が使われているかは秘匿とされているが、この防御網によって都の平穏は保たれている。だが欠点もある、力のある上級妖魔は寄せ付けない効果があるが、下等な妖魔や妖力の乏しい妖魔は時として網の隙間をすり抜けてしまうのである。
『すげえぇなあ…ノノさん…貴族に思えない』
シゲはノノの立ち居振る舞いに感心した。シゲの貴族に対するイメージは正直あまり良くない。狡猾な政治家、人の業績を横取りする研究者、処世術に長けた高級官吏、そうしたものしか浮かばない。だが、ノノの見せる姿はそうしたものとは異なっていた。気丈に振る舞う姿は軍神が舞い降りたかのようであった。
一方、サモンはそんなノノを見て目を輝かせていた。
『ノノさん、きれいだなぁ、なにやっても、やっぱりノノさんだわ……』
魔晶石は一定の振動で震え続けている。
「シゲ、お前、怖くないのか?」
サモンは震え声で尋ねた。
「怖いですけど……この位なら、なんとか」
シゲはヤミカジという職業柄、親方から妖魔の話はつぶさに聞かされていた。魔晶石が細かく震える程度ならさほどのことはないと考えていた。
「そ、そ、そうだよな……大丈夫だよな…」
サモンの声は裏返っている。
そんな時であった、遠くから蹄の音が聞こえてきた。早馬を走らせてきたアカシであった。
アカシは3人に目くばせすると馬から降りた。
「そのまま待機していろ!」
アカシは魔晶石の振動具合を確かめた。
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「もう大丈夫だ!」
3人の肩から荷が下りた、サモンはその場にへたり込んだ。
「諸君、妖魔はここにいない。」
「えっ? でも石が震えて…」
「ああ、わかっている。」
アカシはそう言うと、3人の所に歩いてきた。
「この振動具合は妖魔の残留物があることを意味している。」
「えっ?」
「それを探してもらう」
3人が目を見合わせた。
「この敷地は広い、4人で手分けしよう。」
アカシにそう言われ4人はそれぞれ東西南北に分かれ捜索を開始した。
*
『残留物って、いったい何を探せばいいんだ。』
それらしきものが何か見当がつかないため魔晶石の振動を頼りに探すしかない。シゲの所は段々と魔晶石の振動が小さくなり始めた。
『こっちじゃないなぁ……』
元のほうに戻ると振動はかすかに強くなった。
『あっち側か……サモンさんのほうだな』
シゲがそんなことを思うや否や悲鳴が上がった。
*
悲鳴のほうに行くとサモンが腰を抜かしていた。
「アレ、アレ、アレ、おかしいって……」
サモンの言動のほうがおかしいとシゲは思ったが指差す方向に向かってみた。すでにアカシが駆けつけていてシゲを手で制した。
「下がっていろ」
アカシはそう言うと状況を確認するためスタスタとあばら家の中に入った。5分ほどすると何こともなかったかのように戻ってきた。
「サモン、お前は中に入ってアレを見たか?」
サモンは頷いた。アカシはやむを得ないという表情を作った。
「あれは妖魔の死骸だ。」
3人は驚き表情を作った。
「下等な妖魔は獣に憑くことがある……」
そう言うとアカシはあたりを見回した。
「ここなら結界の力がおよびにくいな…」
野放図に茂ったススキや朽ち果てた家屋が結界の効果を遮るというのは妖魔学の講義で習っていたが学舎から歩いて1時間程度の距離で妖魔の死骸が見つかるとは思ってもみなかった。
「諸君、集まってくれるか」
アカシは神妙な顔をした。
「今から討伐隊の人間がここを仕切ることになる。お前たちにもここにいてもらう。検分は1時間程度だろう。」
シゲはとんだことになったと思った。まさか妖魔の死骸を見つけるとは……
*
それから30分ほどであろうか、人足と一緒にサヨが現れた。
「お前らの班が見つけたのか?」
「はい」
サヨの問いかけにノノが答えた。
「まれにこうしたケースがあるが、都の討伐隊のほとんどがヒノエ村へ遠征に向かっている。いたずらに平民の精神を乱すような知らせは出したくない。」
「学舎でも話してはいけないのですか?」
「いずれはわかることだが、機を見てと言ったところだ。下等な妖魔でも守備隊が少ない中、妖魔が出たとなれば騒ぐ人間は必ず出る。たとえ貴族の子弟でも口の軽いやつはおる。瓦版にでものれば平民に知られることになる。」
サヨの顔は厳しいものだった。
「シゲとサモン、こっちに来い」
サヨはノノと同じく妖魔が出たことを口止めした、情報統制である。
「今日ここで見たことは近いうちに発表することになる。だがそれは討伐隊が遠征から帰ってきた後だ。余計な情報が広まらないようにするためここで見たことは他言無用だ。いいな!」
サヨに強く言われたため3人は黙るしかなかった。
「それからシゲ、お前の親方には報告してもいい。ヤミカジとして仕事を依頼するやもしれん。」
シゲは黙ってうなずいた。
「では、解散だ。学舎に戻って報告をしろ」
3人は廃屋になった貴族の館を後にした。
「どう思う、アカシ?」
サヨが尋ねた。
「遺体の状況から類推すると殺された女郎はこの妖魔に殺された可能性が高いですね。」
「それは確実か?」
「詳しいことは研究所で分析しないとわかりませんが、この牙ならはらわたを抉るぐらい造作ないでしょう。」
「そうか」
「これで一件落着になってくれればよいが…」
サヨは大きく息を吐いた。




