第二十四集:乱螫惨非
幹丹の演技を見抜けず、共謀する母親の青鬼に捕まり、意図せず拉致されてしまった。タリアは開口一番、謝る。
「……あー……、すまない」
「……心配した」
「――い、って!」
焔が乱螫惨非を雑に退け、タリアを抱き上げ片腕で抱えた。焔がタリアに向ける怒りは不安の表れだ。
タリアの首筋に焔の長い睫毛が当たる。蟀谷に滲んだ汗がとても嬉しい。
「心配をかけた。すまない焔、捜してくれてありがとう」
「ん……」
焔とタリアは互いの存在を確かめ合っている。甘い雰囲気を醸し出す二人に、乱螫惨非が青ざめた。
火山が生んだ自然の渾沌――火鬼の孤魅恐純は、鬼界で最恐の三鬼、天地に悪名を轟かせる三災鬼のひとりだ。三鬼の中で最も強く、残酷が体に詰まった火鬼は、謂わば気性が荒い化物だらけの鬼界の頂点に君臨する王で、孤高にひとり血を浴びる姿に誰もが憧れ、誰もが慄き、畏敬の念を抱いていた。欲に忠実たる彼が人間の心臓を三百、抉り出して燃やし、神官五人の心臓を食らい魂を消滅させ、万物の創造主、天上皇に封印された伝説は五百年、語り継がれている。
そんな火鬼が大嫌いな子供に頬擦りしていた。信じられない光景だ。揶揄う以外の選択肢はない。
「いやいや~! ちょ、孤魅恐純お前なに、子供好きだったの? 道理で遊女に靡かない――ゴフッ!!」
焔の見事なかかと落としを受け、乱螫惨非の顔面が地面に減り込んだ。
「――死ね」
「ほ、焔!!」
「荊ひとりいなくなったって、誰も困らないよ。むしろ五界が平和になる」
「だめだ焔ッ、彼を殺してはいけない!」
乱螫惨非が土中で藻掻き苦しんでいる。タリアの要望に焔は太息を漏らし従った。
「ハア、わかったよタリア」
焔が渋々、解放してやる。
「プッハア!! だあ~……窒息死しかけた~!! ひでえなも~~! 僕達の仲じゃん孤魅恐純よ~!」
二人は旧知の間柄だ。思い切り酸素を吸う乱螫惨非が苦言を呈した。両頬を膨らませている。
「お前がタリアを攫ったのか?」
「あん? タリア? あ~、ソイツがタリア?」
唐突な焔の問いに小首を傾げ、乱螫惨非がタリアを指差した。タリアが焦って「違うんだ焔」と経緯を簡易に説明する。仔細を把握した焔が心火を燃やし、眉間に皺を刻んだ。
タリアは説教を覚悟した。焔に何も告げず呉服店を勝手に出て幹丹を送る決断をした自分が悪い。思慮不足だ、真摯に受け止める。もしハオティエンとウォンヌがこの場にいたら、「タリア様はもっと警戒心を持って下さい!!」と諫言するに相違ない。
しかしタリアの予想は外れた。焔は諸悪の根源、乱螫惨非を非難する。
「西はお前の管轄だろ荊、死んでタリアに臓物を捧げろ」
「でええ!? マジか僕のせい~!?」
乱螫惨非が不満げに顔を顰めた。人差し指で自分を指している。
「お前の趣味が招いた結果だ」
「……彼の趣味って、アートか?」
――――タリアは先程の、乱螫惨非とのやり取りを思い出した。
『僕の趣味ね~。アート、なんだ!』
「アート……?」
『ん~~、僕の荊でみんなを装飾したいんだ! 僕の作品あっちだよ~』
そのあとは焔が丁度現れて――、の現在だ。作品は見ておらず、乱螫惨非がアートと言っていた趣味の内容はわからない。
「アート、ね。荊は人間や同族、他界の生身を自分の能力、荊で飾って徐々に殺す趣味がある。金が欲しい卑賎街の連中に材料集めさせているんだ」
「……成程」
焔が教えてくれた。矛盾点はない。辻褄が合う。
「(危なかったな……)」
タリアはいま六歳児だ、神力は弱く到底、彼に敵わない。焔の救出がなければ、危うく、乱螫惨非の作品になるところだった。タリアは改めて助けに来てくれた焔に感謝の気持ちを伝える。
「焔ありがとう、私はキミに救われた。どうやって私がいる居場所を特定したんだ?」
「難しい話じゃない。自然が生んだ渾沌は匂いに敏感だ、タリアの香りを辿っただけだよ」
火山が生んだ火鬼、雷が生んだ雷狐、雹が生んだ雹狼、大地が生んだ緑鹿は皆、第六感が鋭い。生れ付きの体質だ。
「うっわ、ショタコンで変態? やべ~な」
焔の答えに乱螫惨非が呟いた。
「――――」
「――ブハッ!!」
焔が無言でタリアを抱えたまま器用に回し蹴りし、乱螫惨非が凄まじい勢いで上空に吹っ飛んだ。手加減がない。
「ああっ、焔!! 彼が死んでしまう!!」
「ハッ、死にやしない」
乱螫惨非が大地に叩き付けられる。
「――ッァデ!!」
砂埃が舞った。ぶつぶつ文句を零しながら、即刻で立ち上がる。目立った傷もない、乱螫惨非の鬼体は至極頑丈だ。
「くっそ、も~冗談だって~!! いてぇよ!! 短気め!!」
「次は殺す、荊」
「ねえ焔、ひとついい? 荊って、彼の本名か?」
焔はずっと乱螫惨非を「荊」と呼んでいた。タリアの今更な疑問に焔ではなく、乱螫惨非が「そうだよ」と肯定する。衣服の汚れを掃い、自ら軽い口調で自己紹介をしてくれた。
「なんか順番ばっらばらだけど、まあしゃあねえか~。こんにちはタリアちゃん、僕の名前は荊、乱螫惨非は鬼界の通り名になるよ~。下界じゃ、ぅんと……棘童子だったかな? 六百歳の少壮気鋭の雑鬼で、神が嫌いな三災鬼のひとりで僕も神が大嫌いでーす! 一応、鬼界の西を牛耳ってて金はある! 貯金はしてない! よろしくね~」
「ハハッ、参った。キミは正直者だね。私は上位神タリアだ。三美神のひとり、カリスの一柱も担っている。天上界の神だ。よろしく荊」
「……は。上位神? 一介神の子供じゃねえの?」
タリアの挨拶で乱螫惨非が固まる。笑顔がスッと消えた。彼の言う一介神は下級三神で最も位階の低い神だが一方、上位神は神々の位階で最高位だ。警戒されても無理もない。
「あー……、化楽飴でいまは幼いが――」
事情を話し始めたタリアが突如、ボフンッと白い煙に包まれる。一瞬で、元の大きさに戻った。化楽飴を舐めて三時間が経過し、効力が消えたらしい。
焔がタリアの片頬に手を添え確認する。
「タリア? 痛みはない?」
「……え、ああ、うん。びっくりしたが平気だ、ありがとう焔。下してくれる?」
「下ろさない。タリアは俺を恐怖のどん底に突き落とした。いまは離したくない。タリアを勾引かした引き千切りたい下衆を炙り出して殺さないんだ、ひとつくらいお願いは叶えてくれるでしょ?」
焔は抱っこが恥ずかしいタリアに効果的な罰を与えた。
「……ッ、わかった」
タリアは甘んじて耐えざるを得ない。羞恥で耳介に熱が集中している。
「いやいやタリアちゃん!! 僕はわかんねぇ~し!? 孤魅恐純、上位神とどんな関係なの~!?」
二人の会話はまるで恋人だ。乱螫惨非は困惑気味な語調で焔に聞いた。
「タリアは俺の嫁だ」
「……よめ、嫁ぇ!? 上位神が!? お前五百年、封印されてたじゃねえの!?」
「はあ……封印は最近、解かれた。三百年後、タリアと結婚する」
「えぇぇ、マジぃ?」
乱螫惨非の視線がタリアに移り、タリアが認める。
「……ああ、本当だよ」
「ダアアア、マジだった~~!!」
乱螫惨非が天を仰いだ。刹那、大号泣した。
「グズッ、良かったな孤魅恐純~~!! おめでとお~!! 僕さ~僕さ~ッ、お前一生、独身鬼族になるんじゃねーかって!! だってお前来るもの拒まず八つ裂き、去る者逃がさず殺すじゃん!? 殺戮しか興味ねえ正真正銘の怪物と思ってた~、マジ反省ごめんな~!! 上位神でも化け猫でもクソババアでも何でもいいよ、お前を旦那に貰ってくれんなら――」
「――衝天万炎」
乱螫惨非の言葉が遮られる。焔の天を衝く炎が乱螫惨非を襲った。
「ギャアアアッ、アッチッ!! ちょ、僕褒めてたよ~!?」
乱螫惨非は荊の壁で防御している。咄嗟の判断が早い、さすが戦い慣れた三災鬼のひとりだ。
「ちょっと待っててタリア、すぐ骨灰になる」
「焔、彼はワザとじゃない! 許してあげてくれ!」
乱螫惨非の賛辞は焔の神経を逆なでし、二人の攻防は半時、続いたのだった。
最後まで読んで頂きありがとうございます(*´Д`)
感想、評価、ブクマ、レビュー、フォロー等々、頂けると更新の励みになります!!
また次回もよろしくお願いします<(_ _)>




