第十九集:堕神の王
予想だにしない人物に遭遇してしまった。
「――タリア……、数世紀ぶりだな」
元上級三神の上位神、光を司る神ルキだ。
上位神エルの次に生まれた男神で、上位神で最も知恵に満ち、美の極み、光を象徴する輝かしい神と謳われていた。現在は堕神の王、輝堕王と本人は名乗っている。
遥か昔ルキは地上に生まれた初めての人間の跪拝を拒み、天上皇に天上界を追放され、初めての堕神となった男神だ。天上界と下界の境に自分で創った異空間、奈楽界に住んでいる。タリアはルキと数百年会っていなかった。
「……ルキ、……」
大好きだった兄の面影はない。
ルキはチュニックの黒軍服を着用している。
詰襟で袖がフラットな腰丈の栗梅の上着に、下は黒い短袴もとい乗馬ズボンだ。肩章は金色の鎖でショルダーチェーンになっていた。金色のダブルボタンは十二個、真鍮製でドーム状に盛り上がっている。金糸や銀糸で刺繍が施された黒マントは豪華絢爛、引き摺る長さは権威の証だ。栗梅のロングブーツは膝丈で五連のバックルベルトと、二つのチェーンベルトが付いていた。
容貌は眉目秀麗な黄金比の顔立ちだ。すっきりした顎に鼻筋が通った高い鼻、黒い目の虹彩と眼球は黒い。目尻は黒く化粧がされてある。歯や舌や爪も黒く、滑らかな真珠の肌は燦めいていた。唇は薄く艶がある。
髪型はツインテールの黒い髪を束ねて丸め、団子状に結ってあった。生花の黒い彼岸花が挿してある。長い前髪は団子に入れておらず、真ん中分けの自然体で垂れていた。
身長は206㎝ある。天上皇授かりし十二枚の翼は漆黑だ。
「相変わらず綺麗だなお前は――、なんで呪神といた?」
「あ~……、うん。お世話になっている村人の子供が堕神の能力で危なかったんだ。交戦中で堕神が呪神に……」
堕神の王に堕神退治の話は気まずい。しどろもどろになるタリアにルキは笑った。屈託ない笑顔だ。
「アハハ、俺は兄妹弟の味方だっての。可愛い末弟に怪我がなく安心した」
「……ルキは何故、呪神を? 仲間だろう?」
「仲間じゃねえよ。自我のない下種な奴らだ。俺は感覚で呪神になったヤツがわかる。来てみりゃお前がいた、今日の俺はツイてる」
天上界の未知の事実だった。堕神の王自ら呪神に堕ちた堕神を始末している。
「ルキのお陰で子供は助かるよ、ありがとう」
「……村人に世話になってるってお前、下界にいるのか?」
人間嫌いなルキは眉間に皺を刻ませた。タリアは片頬を掻き、正直に答える。隠す必要はない。
「ハハ。まあ、うん。紆余曲折あってね、いまは彼と住んでいる」
彼、と紹介した人物はもちろん火鬼の孤魅恐純だ。ルキは「あ゛?」と濁音を零し、視線を隣に滑らせた。
天上界の神々にない二本角を頭部に生やす、朱红色の鬼がルキを見据えている。
「……鬼?」
「火鬼の孤魅恐純だ」
「……神の天敵か……五百年前、堕神の間で話題になってたな。人間と神官殺めてジジイに封印された鬼界の鬼だろ。なんでまた一緒に住んでるんだ? 火鬼と上位神、お前らふたりに何の接点がある?」
天上界と四界は相容れない関係だ。天上界の内情に元神の堕神は詳しい。堕神に情報を得ているであろうルキが驚いても何ら不思議はなかった。
ルキの矢継ぎ早の質問にタリアは簡潔に説明する。
「あ~……封印が解けて私の監視下に置いている。恋人でいまは婚約期間だ」
「三百年後に婚姻する」
焔が即座に付け加えた。肩を抱き寄せられるタリアは拒まない。
「――婚姻? お前が? 鬼と?」
ルキにとって二人の、タリアの返答は青天の霹靂だったようだ。瞳を左右に揺らし驚愕している。
「え、と……まあ、うん」
「ジジイやエルは?」
「承知している」
「……マジかよ。エル泣いたんじゃねえの? アイツ異常にお前にべったりじゃん」
さすがは次男だ。的中していてタリアは苦笑した。
「アハハ、まあね。エルは私に優しいよ」
「お前に優しくねえ兄姉はいねえだろ。俺も兄妹弟にだけは優しい」
ルキは語尾の一部を強調させ、タリアの後ろを睨んだ。ハオティエンとウォンヌが軍刀の柄を握っている。
元上位神ルキの実力に敵う神は、上位神エルくらいだ。正義を捨てた堕神は自らの様々な欲に忠実で、常闇に溺れる力は計り知れない。もしかすると堕落したルキの堕力は数千年を経てエルに匹敵するか、それ以上になっているかもしれない。
タリアは焦って両手を広げ、二人を庇った。
「ま、待って兄さん!!」
「お前の結婚話はビックリしたが、まあ火鬼はいい。お前はジジイが創っていない紛い物の神や、ジジイが俺達に這い蹲らせる低級な人間を選ばなかった。いい判断だタリア、お前らふたりの前途を祝福してやる」
「ありがとう義兄さん。嬉しいよ」
緊迫する状況で焔はただひとり冷静だ。
「焔……!!」
「俺とタリアを祝福してくれた。嫌な気はしない」
タリアに一喝されるが焔は反省しない。焔の正直な姿勢がルキに好感を持たせる。
「ハハッ、そりゃ良かった。義兄さんかいいな、お前の悪名は気に入っている。タリアと来ないか奈楽界に、歓迎してやるぞ」
「やめてくれ兄さん!! 私は堕落しない!!」
「真っ黒なタリアか……」
堕神の王、輝堕王直々の勧誘は洒落にならない。断固拒否するタリアの横で焔は妄想に耽っていた。脳裏を掠める黒々しいタリアは魅惑的だ。
「っざけるな!! 孤魅恐純!! 我らが神々しいタリア様に!!」
「堕神のタリア様を想像するな!! 万死に値するぞ!!」
ウォンヌとハオティエンが目に角を立て、怒鳴る。万が一も、そんな未来あってはいけない。
二人は格上のルキに臆せず抜刀した。それは二人のタリアに対する、ルキが遠い昔に投げ出した愚かで正しい忠義心だ。
「威勢がいいな、若さか」
「やめてルキ」
タリアの背中に十二枚の純白の翼が現れる。ルキと対照的で穢れがない。
「……どけタリア」
「私が相手になる」
勝算が低い戦いだ。けれど迷いはない。タリアが能力で天上皇の御言葉が彫られてある諸刃の聖剣を取り出し右手に握った。
「はあ、タリアは下がって」
焔はハオティエンとウォンヌの生死に関心はない。単にタリアを守りたい意思で前に出る。タリアは焔の背に守られる形となった。並んだ列にルキが呆れる。
「ったく面倒くせぇな、お前ら……。いい、やめだ興醒めだ」
天を仰ぎ太息を吐いたルキの殺気がふわっと和らいだ。
「……ルキ」
「こっちに来いタリア、俺が去る条件だ。一回抱き締めさせろ」
「……わかった」
「タリア様!? 堕神の甘言です!!」
「騙されてはいけません!! 罠ですタリア様!!」
諾うタリアをウォンヌとハオティエンが反対した。堕神の概念をなす要素は悪行だ。天上皇の愛を裏切った醜悪な堕神は嘘が上手い。
心配する二人にタリアはにっこり微笑んだ。
「平気だ、大丈夫だよ」
二翼と剣を納め、制止を振り切り、タリアはルキの傍に行った。膨れっ面のルキにタリアは戸惑う。ルキが望んでいないオマケがタリアに引っ付いていた。
「お前は呼んでねえ」
「義兄さん十秒だよ」
「……チッ」
焔の一方的な時間制限に舌鼓し、ルキがタリアを抱き締める。
「ルキ……」
「……遠目にいるお前を、抱き締めたいと思ってた。俺の愛を疑うかタリア」
「私は兄さんのずっとを信用しているよ」
「……お前は俺の、俺達兄妹弟の、自慢の末弟だタリア」
タリアを離すルキが継いで焔に告げた。
「俺の大事な末弟だ。神々や人間共に利用させるな、頼んだぞ火鬼」
「ハッ、自明だ。義兄さん」
タリア主義の焔に二言はない。ルキは長い睫毛を半分下げ、タリアの頭を撫でる。
「じゃあなタリア」
「……またねルキ」
またを願うタリアの挨拶に、ルキは切なく一笑した。暗黒色の霧になって消散する。表現し難い感情にタリアが涙し、「おいで」と焔が胸に閉じ込めたのだった。
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