第十六集:女神タリア
豊かさと開花を司る上位神タリアは、冥官の長シリスに婚約祝いと称して逆呪を贈られた。現在、タリアは女神だ。カリスの一柱であるタリアは、魅力的で愛嬌があり、慎み深く、優雅で美しい。
万物を映す虹彩は睫毛同様に淡い桜色だ。鼻筋は高く小鼻で、控えめな唇にシャープな頤、真珠の如く輝く艶やかな肌、細い首筋にすらりと伸びた手足、腰は滑らかに括れている。黄金比の顔立ち、見目麗しい女神タリアに焔は釘付けだった。
「タリア、逆呪で体に痛みはない?」
「ああ、大丈夫だ。ありがとう焔」
逆呪に苦痛はない。唯一の利点だ。
「いや、良かった」
焔は落ち着きを取り戻している。あわや貞操の危機だったが、正義を司る上位神エルのお陰で難を逃れられた。しかし、いったい何故エルが下界にいるのか理由は知らない。
服は天官軍の服装規定、白軍衣だ。天官軍の総帥エルは、天繋地で堕神や異界者を征伐している。地上の任務でないことは明らかだ。
「エル、下界に用が?」
「いや。シリスがお前に『会う』と……急遽、心配で降りて来た。お前の神像はいい目印になる、褒めてやる孤魅恐純」
訳柄は理解した。タリア神像が役立ち焔が仁王立ちする。
「ハッ、ありがとう義兄さん」
焔の義兄さん呼びはすっかり定着していた。エルは天上界の掟に従う義務のない、鬼族の焔に「義兄さんはやめろ」と命令はしない。諦めている、が正解だ。
「タリア、逆呪は一日で解ける。耐えられるか?」
「ああ、平気だよ」
憂わしげな表情で問われ、肯定した。体重や身長に変化はなく、生活の面で苦労はしない。
「孤魅恐純、お前は自重しろ。婚前だ慎め」
「…………」
叱られた焔が不満を露わにする。タリアがエルの腕にしがみ付いた。
「エル、私と焔の問題だ。焔に厳しく当たらないで」
三百年後の婚姻に縛られず、いまを大切に、二人の愛は二人で育んでいきたい。
焔とタリアは互いに関心を持ち、理解し、信頼して、愛を得、孤独を脱した。愛を語り、愛を確かめ合う行為は、喜びと満足の源泉と天上界で宣言されている。
愛は寛容で親切、傲慢で自慢にならない。長男エルの訓戒を有難く心に刻み、二人でしっかり、謙虚に幸福を分かち合いたい。
「タ、タリア――」
懇願するタリアにエルは狼狽していた。タリアの柔らかい胸が接している。
「エル? エル?」
「わ、わかった、わかったタリア」
普段真っ白なエルが、全身真っ赤だ。焔がタイミングを見計らいタリアを離した。
「ありがとうタリア、義兄さんわかってくれたって」
「あ、ああ」
伝わったならいいがエルの様子がおかしい。エルは三つの目をぎゅっと瞑り、両頬を叩き、大声を上げる。
「俺は天上界に帰る!!」
「お茶は? 焔がくれた福紅寿のお茶があるんだ」
鬼界の福紅寿、樹齢三百年のお茶の樹は鬼霊山の岩肌にたった八本しかない。幻の岩茶だ。茶樹で製茶された高級なお茶は街に出回らないが、タリアの何気ない「飲んでみたいな」の一言で焔が入手した。
「今日はいい。すぐ戻ると言付けてある、次の機会にとっておこう。孤魅恐純、タリアに手間はかけさせるな。いいな?」
約束するエルがタリアの頭を撫でた。焔は軽い相槌を打ち、肩を竦める。
「はいはい。義兄さん」
「エル、送るよ」
「ああ」
タリアと焔は外套を羽織りエルと共に外に出た。初冬の朝は澄んだ空気が重く冷たい。
エルが十二枚の翼を広げる。天上皇が上位神に授けた栄光だ。
「じゃあなタリア」
「無茶はしないでねエル」
「ああ」
エルは真珠の翼を羽ばたかせ、一弾指に上空に舞い上がった。光の粒が降り注ぎ一帯が浄化される。そこへ丁度、村人達が訪れた。
頭部に手拭いを巻き、上は中綿入りの広袖袢纏、下は股引を着用している。足袋に草履と足下も防寒対策がされていた。栄える村の薄着が粋の美意識はこの村にない。
「おはようございます桜道士様!」
「桜道士様! おはよう!! 桜道士様にあげる!!」
子供達も一緒だ。白い花の椿を手渡される。
「ありがとう、綺麗だ」
微笑んで感謝を告げたタリアに子供がはにかんだ。焔がタリアが持つ椿の花を奪い、水晶や桜が可憐なヘッドドレスで飾ってある髪に添えた。
「白い椿の花の花言葉は至上の愛らしさだ。タリアにぴったりだね」
「花言葉に詳しいのか、博識だ」
「タリアは花が好きでしょ、勉強している」
焔は花々に興味がない。単にタリアが好きだから、タリアのため、タリア一辺倒の知識を蓄えている。
「ありがとう焔、キミは本当にいい子だね」
「いい子な俺にご褒美はくれないの?」
前のめりの体勢で焔が眉目秀麗な顔を近付けてきた。妖艶に半眼する焔が、丸まったタリアの透明な瞳に反射している。焔が首を傾け蜜を味わおうとした矢先、何かがドンッと、腰付近に激突してくる。椿の花をタリアに捧げた子供だ。
「ねえ! ねえ! 鬼のお兄ちゃん、おっきくなった!? 抱っこして!」
子供は天真爛漫で状況は察せない。強請ってくる無垢な子供の眼差しは煌いていた。けれど一変して目元を潤ませる。
「俺はガキが嫌いなんだ」
拒否を示し低音で吐露した焔が子供を容赦なく睨んだ。
「……ッ、助けて桜道士様!!」
子供がタリアの後ろに隠れた。
「アハハ……。あー、焔、相手は子供なんだ優しくしてあげて」
「ソイツのせいで褒美が貰えなかった」
不貞腐れるが一応の返事はしてくれる。焔の機嫌を直す策はひとつだ。
「……二人のときにあげる。それでいい?」
「もちろんだ! じゃあ家に入ろう」
焔は早速、二人になろうとした。だが又もや、子供が邪魔をする。
「わあっ、見て桜道士様! 羽根だ!」
「――チッ」
一枚の羽を拾い掲げた子供に、苛立つ焔が舌鼓した。
「ああ、エルの羽根だ」
上位神の羽は貴重だ。滅多に抜けない。
「エルの羽根?」
おうむ返しされる。
「キミを守護する羽だ。大事にして」
上位神の羽根は呪符や護符になる。種々の災厄の予防、災難の回避、魔除けの効果があった。
「わ~やった~! 大事にするね!!」
喜悦の声に、他の子供や村人達の視線が一点に集中する。
「おおっ、見事な羽根だな!!」
「桜道士様のご加護があるんじゃないか?」
「え~いいないいな~!! ずる~い!!」
口を窄め羨望した子供は可愛い。
「僕のだも~ん!!」
「ちょうだい!!」
「やだ~!!」
「こらこら、喧嘩はいけない」
二人を仲裁し仲直りさせるタリアに、村人のひとりが感嘆した。
「は~、桜道士様は子供の扱いが上手いな!」
「子供さできれば、いい親になるな!!」
「タリアと俺の子供……、いまタリアは女神だ……」
村人達の会話に焔が独り言ちる。呟く単語の端々で凡そ思考は読めた。愛ゆえの発想だ。
「はあ……。焔、私の女神は一日限定だ。忘れないで」
「…………」
失念していたらしい。焔は沈黙する。一泊後、抱き締められた。
「女神でも男神でも俺はタリアが好き」
「ああ、私も焔が好きだよ」
「……未来にタリアと俺の……、タリアに似た子供はいるかな」
焔は子供が嫌いだ。されど二人の子供の話は別になる。焔はタリアと出逢い、タリアは焔と出逢い、想像さえした試しがない、愛し愛される者に巡り逢えた。子供も然りだ、きっといまをきっかけに想いは自然とゆっくり熟し形を成すだろう。
「天上皇は寛容だよ。三百年後が楽しみだ」
「……っ、凄く楽しみだ」
抱き締め返すタリアの左頬に焔が擦り寄った。子供達が揶揄ってくるが気に留めない。タリアも引き剥がさず、焔の秋の香りを堪能する。二人に新しい夢を与えたシリスの逆呪は確かに「祝い」であった。
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