第五集:五事官ウリと火鬼
卯の刻――、鬼界の東の空が赤くなる。炎紅城の寝室に一筋の光が差し込み、朝を得意としないタリアは焔の胸元に逃げ込んだ。
「んー……」
体温の高い焔の素肌は心地が良い。タリアは大好きな秋の香りに擦り寄った。
焔はタリアの体勢が落ち着くのを待ち、寝息を確認して、目元に口づける。
「はあ……、可愛い」
自分を信じ、安心しきった無防備なタリアが愛おしい。焔はタリアの桜色の長い髪を人差し指でくるくる巻き、自分だけが許されるひと時の時間を楽しんでいた。
刹那、部屋の隅が奇妙な機械音を鳴らし始める。
ジジジジジ、と空間が揺れ動き磁界が安定した数秒後、ひとりの男神が実寸大で現れた。本物ではない、立体映像だ。
ホノグラムの参照光でタリアがのそり起き上がる。瞼を擦り意識を覚醒させた。
「……眩しい……、え、ウリ?」
「…………」
名を呼ばれ、五事官の長ウリが無言でタリアに拱手する。ウリは地上の神と連携が可能な届伝力の能力を使っていた。服装は亜麻色の長袍で、両サイドに入ったスリッド、ロング丈で幅の柔らかい袖口、襟は白襟との二重襟で、袖は折り返しカフス白袖になっている。味わいのいい立ち襟で三つ葉のチャイナボタンは金色だ。褌衣は白、花柄が刺繍された布製の靴はつま先に丸みがある。
顔立ちはあどけない。ベビーフェイスに不相応な濃い隈が相変わらずあった。
髪型は前髪を眉の上で切り揃え、後ろは首の辺りで揃えいる。所謂、金髪のおかっぱ頭だ。瞳、睫毛、共に金色で、二重瞼は彫が深い。
彼の外見で特徴的なのは両耳だ。横五センチ、縦ニ十センチの神札のピアスがぶら下がっている。
「……暗いですね」
薄暗い部屋に通信が繋がり、ウリは目を凝らした。一歩踏み出しかけ、ふと朱色の双眼と視線が交わる。火鬼の孤魅恐純だ。
「タリア、誰コイツ」
「……(火鬼ですか)」
タリアの肩を抱き寄せた焔に、多少の驚きをみせるが、ウリに動揺はみられない。
五百年前の大罪人――火鬼の孤魅恐純が、天上皇創りし最後の男神――上位神タリアと恋仲になった歴史上最悪な事件は天上界で話題だった。タリアを崇拝し傍観していた神々は数多にいる。誰も奪わないと高を括り、誰も奪ってはいけないと牽制し合って数千年、結果、忽如として出現した火鬼に掻っ攫われてしまった。偶然か必然か天上皇の御心か、タリアも彼を受け入れてしまう始末だ。天上界は二人の推移を見守らざるを得ない。
ウリは咳払いをし、初対面の火鬼に挨拶する。
「コホンッ。僕は界事を司る神、五事官の長ウリです」
「ねえタリア、コイツ弐に似てない?」
礼儀作法や節度を尊重した姿勢のウリと異なり、焔は失礼極まりない。座った状態で右膝を立て、右膝の上に肘を置き、ウリを睨んだ。
「…………」
焔の不躾な態度にウリの蟀谷がぴくぴく痙攣した。自然の反応だ、彼は間違っていない。
タリアは苦笑いしつつ、一言ウリに謝り、焔に紹介する。
「あー……ウリ、すまない。焔、コイツも弐もいけない。彼はウリ、ウォンヌの父だ。五界の界事を担う、神官、五事官の長だよ」
「ふうん」
詳細は興味がないと言いたげな相槌だ。通常運転の焔にタリアは片頬を掻き、さっと乱れた身形を成る丈、整えた。そしてウリに発言の許可をする。天上皇の次に汚れなく清らかな上位神に、下神の神々は直接の接触と会話は許されないのだ。
「ウリ、いいよ容認する」
「タリア殿、アナタの眼は節穴ですか?」
開口一番、苦言を呈された。冷たい眼差しは容赦がない。
「アハハ……、普段はとてもいい子なんだよ」
タリアは焔を庇う。焔はタリアの高評価に鼻を高くした。
「アナタが益々、心配でなりません」
「……ハハ。あー……ウリ? 何故、届伝力を?」
目頭を押さえるウリは眉間に皺を刻んだ。タリアは説教を避けるべく、本題に入った。天上界の神々は用件なく上位神に連絡はしない。
「ああ、僕としたことが申し訳ありません。タリア殿に至急、下界の任務に当たってほしいのです」
下界で生じた案件は下界にいる神か、又は自ら志願する神が解決しなければならない。位階は関係なく、問題の重大さで五事官が判断し、神々に任務を振り分ける。
タリアは上位神、階位の低い一介神に頼めない事態だと予測はついた。
「わかった。私が行こう。内容は?」
「下界の西にある柳緑村で、数週間に数十名の人間が行方不明となっています。信仰心がある国です。多様な宗教、言語、文化を持つ民族で、柳緑村は国の最西端にあります。情報では青銅の面具をした軍隊の霊が亥の刻に人間を攫っているとか……」
ウリの掻い摘んだ説明に焔が異存を唱える。
「ハッ、軍隊の霊ね。何でわざわざタリアが? 行方不明で死者はいない。幽霊退治なんて下っ端に行かせればいい」
焔の意見は最もだ。上位神に限定する特段の重要性は感じない。
「二凶鹿、緑鹿の報告があるんです」
「……チッ」
焔はウリの弁明に露骨な舌打ちをした。
緑鹿――大地が生んだ鹿だ。火鬼や雷狐同様、神の天敵で宇宙創生以前の渾沌、鹿神に等しい存在である。二凶鹿は鹿界で残忍なふたりの鹿で、どちらも緑鹿だ。恐らくは上位神と同等の強さだろう。
「成程、下界にいる上位神は私ひとりかな?」
上位神エルを含め、上位神は地上に滅多に降りない。既知の事実だ。一応の確認で聞いたタリアにウリは首肯した。
「はい。タリア殿ひとりです。上位神は皆、平常通りの務めで天上界におります」
「わかった。今日、柳緑村に赴く」
「はあ……」
タリアがした決定に焔が嘆息する。約束していた凛活街を回る計画が水の泡だ。タリアも楽しみにしていたがこればかりは仕方がない。
「焔すまない、気を落とさないで。今度、埋め合わせする」
「タリアのせいじゃない。二乗のせいだ」
「二乗……、彼はウリだよ焔」
変なあだ名に一瞬、疑問符を飛ばすタリアだったが、すぐに検討がついた。
「俺も行く、いいでしょ」
焔の唐突な申し出に断る理由はない。
火鬼の監視は天上皇より拝命したタリアの任務のひとつだ。能動的な焔にタリアは感謝する。
「キミは私の監視下にある、傍にいてくれたら助かるよ」
「もちろん、傍にいる」
「ありがとう。ウリ、護衛はいるのかい?」
昔は自分について地上に降りたがる武官はいなかった。ウリは「誤解だ」と気遣ってくれたが、上位神タリアのための優しい嘘に違いない。今回はもしやとある二人が脳裏に過り、問いかけた。
「はい、おります。武官の神兵ハオティエンとウォンヌが、此度もタリア殿の同行権利を勝ち取りました。書類提出が異常に速いのです」
予想が的中する。やはりハオティエンとウォンヌだった。タリアは慣れ親しんだ二人に不満はない。
けれど焔は二人と犬猿の仲だ。迷惑顔で突っ撥ねる。
「護衛はいらない」
「アナタにどんな権限が?」
天上界の中級三神、神官ウリが鬼界の火鬼、孤魅恐純の命令に従う義務はない。
「タリアの未来の旦那、の権限かな」
焔がタリアの左耳に垂らす、自分とお揃いの菊結び、タッセルに触れた。三百年後、タリアが自分に嫁ぐ前約の証だ。
「……未来の旦那? アナタは未来が夢物語にならない自信がおありですか? タリア殿、孤魅恐純と恋仲を解消する機会はあるんですよ」
「……解消」
タリアは自分にないウリの発想に、意図せず「解消」の単語を拾ってしまう。ウリがタリアに薦めた「別れ」に焔は怒り、灼熱の火の玉を投げた。
「――殺す」
「ちょっ、焔!?」
ドゴーン! と壁が崩壊する。ウリはホログラムで傷はつかないが、辺りは大惨事だ。大きな穴が空き、開放的な窓になった。そこに雑鬼の虚が窓の瓦礫を登り、駆け付ける。
「――どどど、したんすか!?」
「消滅しろ」
「ちょっ、孤魅恐純様!? ギャアアア!!」
「ああっ、いけない焔!!」
収拾が付かない。二発目を放ち、虚が犠牲になったのだった。
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