第三集:雑鬼の虚
鬼界の中心――凛活街にいたタリアと焔の姿は現在、火鬼の孤魅恐純が統治する東の領域にあった。
凛活街と東の領域、通常は数十時間かかる距離だ。しかし焔は能力で、火輪道を使い、一分と満たない瞬間的移動を可能にした。火輪道は焔が作り出した火の輪っかで、潜ったら、本人が行きたい場所に繋がる。鬼界内限定の、とても便利で羨ましい能力だ。
「タリア、気を付けてね」
「平気だ、ありがとう」
自然豊かな林の中を抜け、広い敷地内に入った。辺りは真っ暗だ。靄もかかって視界が悪い。タリアは焔に導かれるがまま、木々が生い茂った坂道を上り、古い煉瓦の通路を進んだ。
「――タリア、俺の家、炎紅城だよ」
「……わあ!」
高さ90mの岩上の山頂に建てられている、ロマネスク様式の山城に辿り着いた。四方を谷に囲まれた、ひっそりと佇んだ炎紅城は神秘的だ。岩と一体化した建築になっている。
「俺も五百年、帰っていない。きっと汚れてる、ごめんねタリア」
「急にお邪魔するんだ。私は気にしない。立派な城だね」
赤土や石で堅固に固められた朱色の城壁、十二本ある居住可能な塔の先の三角に尖った黒い屋根は、ハーフティンバー様式だが、ロマネスク様式やバロック様式、ゴシック様式の建築様式も混在しており、孤高を醸し出す雰囲気は天上界にない、地上の時代を彩る歴史を感じさせた。
天地で共通する家の役割は、要塞、政治、御殿、の三つだ。ここは防御に特化した、城塞の構築物となっている。
「築城、数千年かな。難攻不落で有名だった、鬼界で最古の城だよ。幾度となく増改築がされてある。最盛期の名残りと象徴だ」
地上は継承戦争が多い。破壊された痕跡のない、当時を物語る城は貴重だ。
「ねえ焔、そんな鬼界の財産と言える城を五百年、キミは封印されて空けていたんだ。誰かに荒らされた形跡はない?」
タリアは玄関の門の前で立ち止まり、綺麗な双眼を凝らし周囲を窺った。風に揺れる葉音、野鳥の鳴き声、妖しい気配はしない。
真剣な面持ちのタリアは自分の危険ではなく、焔の身を案じている。焔は言わずもがな、タリアの言外の意を察していた。タリアを腕中に閉じ込め、安心させる。
「心配しないでタリア、禁侵札を森に張ってある。誰も入れない」
禁侵札は敵の侵入を防ぐ札だ。幻覚の効果で炎紅城は、森に溶け込み目視できない。万が一に備え、結界を踏み越えた際は炎で焼かれる仕掛けになっていた。
――はずが突如、第三者の軋んだ濁声が響き渡る。
「誰が入れないって?」
玄関の門、花崗岩の柱の上に影がひとつあった。影はくるっと身軽に空中で前回りし、二人の正面に着地した。角が二本ある、鬼だ。
顔立ちは彫が深い二重のたれ目で、上下の睫毛は左が青で右が黒、鼻筋は高く唇は薄い。下唇の下側にラブレットピアスがしてある。髪型は左が青、右が黒の爽やかなソフトモヒカンだ。両耳が特徴的で、ヘリックス、インダストリアル、ロック、ダイス、コンク、トラガス、イアーロブ、と沢山のピアスをぶら下げていた。
服装は青と黒の漢服だ。襟があり襟に続く衽を、ボタンを使用せず青と黒の帯で締めている。形は上衣下裳で、靴は前部が跳ね上がった黒い革のブーツだ。
男は太刀紐を帯執に結び、大太刀を背負っている。蛇腹糸で巻いた蛇腹組の柄、青と黒の鞘に収まる全長約5メートルの刀剣が、空の月を真っ二つに遮断していた。
焔がタリアを自分の後ろに押し込める。
「ハッ、青鬼と黒鬼の雑鬼か。面白い」
雑鬼は赤鬼、青鬼、黒鬼の交配種だ。交配種の身長は100㎝~4mと幅があり、容姿も人型から獣形と一貫性はないが、目の前の雑鬼は人型で身長は180㎝と目線が合わせやすい。
雑鬼が滑らかに反った太い太刀柄を右手で掴んだ。仁王立ちで吠える姿勢は勇ましい。
「禁侵札をどうやって突破してきた!? 何者だお前達!!」
上下二本、計四本の牙が光った。雑鬼の質問を焔がおうむ返しする。こちらは至って冷静な語調だ。
「お前こそ、どうやって入った? 何が目的だ?」
「はあ!? 目的ってお前なっ、俺は炎紅城の番人だ!! 数百年、守ってる!!」
彼の主張にタリアが焔に耳打ちする。
「本当に? 彼は番人?」
「いや、番人はいない」
焔は迷わず否定した。こそこそ小声で話す二人に男は叫んだ。
「炎紅城は火鬼、孤魅恐純様の城!! 侵すヤツは俺が相手になる!!」
立場がまるで逆になっている。厄介な状況だ、押し問答に成り兼ねない。
「――俺の炎紅城だ。部外者はどっちだ?」
「…………っ!?」
溜息を吐く焔が実体に戻り、火鬼の証、紅い鬼火を四つ放った。鋭い眼光で射抜かれる雑鬼は驚愕し、口内に溜まった唾液を飲み込んだ。
天上界が三災鬼と名付けた鬼界で最恐の鬼のひとり孤魅恐純の、冷徹非情な眼差しに雑鬼は両肩を震わせ突然、その場で平伏する。一呼吸し、名を名乗った。
「小鬼に変化なされていたと露知らず申し訳ありません!! 失礼致しました孤魅恐純様!! 俺は虚と申します!! 必ず帰還すると信じ、勝手ながら、炎紅城を守っておりました!!」
「見逃してやる、消えろ」
焔は取り合わない。二言で会話を終わらせる。
けれど、雑鬼は諦めず食らい付いた。
「アナタを尊敬しています!! 俺の憧れなんです!! 百年間、毎日、毎日、禁侵札に燃やされました。二百年目でようやく炎紅城に……、アナタにお仕えしたいんです! アナタの配下にならせて下さい!!」
要するに虚は百年間、猪突猛進に禁侵札と戦う日々を送り、二百年目に偶然、突き抜けたに過ぎない。不器用で乱暴、無鉄砲で浅はかな方法だ。でも運を手繰り寄せた虚の根性は尊い。
心を打つ懇請だ。焔は地面に額を擦り付ける虚を一瞥し、何事もなかったかのように左腕でタリアの肩を抱き寄せる。
「タリア、寒くない? 中に入ろう」
焔は虚を完全に無視した。虚を度外視する態度に情けはないが、タリアを愛おしむ微笑みは優しい。
「あ……、焔……待って」
虚の涙がぽたぽた、煉瓦の地表に落ちている。タリアは焔の胸元に手を当て、制止させた。眉尻を下げるタリアの上目遣いに焔は弱い。
焔は右手でタリアの潤う髪を一筋、掬いあげる。
「……はあ、なにタリア」
「彼はキミに憧れている。炎紅城も守ってくれていた、蔑ろにしないで」
タリアの瑞々しい桜色の瞳に「お願い」されては、焔も断れない。否、タリアの「お願い」は絶対に首を振らない。
「……わかった、タリアが言うなら」
「ありがとう。虚キミも泣かないで、ほら」
焔の渋々な返事にタリアは礼を告げ、蹲る虚に駆け寄り、立ち上がらせた。虚は孤魅恐純に夢中でいま初めて、タリアをまじまじと正視する。白い鬼角を生やした見目麗しいタリアは天女だった。
「……どもッス」
緊張する虚は動きがぎこちない。
「キミは焔のどこに憧れているんだ?」
タリアの問いかけに虚が答える。照れ臭い笑顔だ。
「え、と、殺戮術に!!」
直後、虚が燃えた。火だるまになって転がる。
「アチチチチ!! アチチチッ!! 助けッ、助けて!!」
「ああっ、焔!! いけない!!」
犯人はもちろん焔だ。焦るタリアに免じて鎮火させた。鬼体は丈夫故、虚は死んでいない。
ただ丸焦げの灰状にっている。漢服も煤けていた。
「ハア、ハア、ハア」
「俺のタリアに汚い言葉を聞かせるな、謝れ二度目はない」
焔に睨まれ虚が直立する。
「はっはい!! タ、タリア様すみません!!」
焔の命令に従い、虚は焔のタリアに謝罪し拱手した。タリアが片頬を掻き、戸惑う。「様」の訂正を求めたいが、機嫌を損ねた焔を刺激したくはない。
「私は平気だ、気にしないで」
苦く笑いつつ、タリアは許しを演じた。
「中に入ろう、タリア」
焔の催促に虚が機転を利かせる。
「俺は外にいます!! 見張りが俺の仕事なんで!!」
虚は拳を掲げた。彼の信念だ、タリアも無理強いはしない。
「ありがとう虚、おやすみ」
タリアの挨拶で話は終わり、焔がタリアを家の中に入れる。虚ろは名残惜しげに扉を凝視し、独り言ちたのだった。
「ありがとうか、変わった女鬼だな」
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