第一集:上位神タリアと火鬼の孤魅恐純
霜が降り始める霜月――暖かな小春日和と寒い日を繰り返す地上は冷たい風に落ち葉が舞い、虫や動物達が冬眠する時期で、師走の訪れは間近だ。
「――焔、こっちは私が掃くよ」
「――じゃあ俺は、あっちを掃く」
豊かさと開花を司る上位神、三美神カリスの一柱タリアの姿は下界にあった。火鬼の孤魅恐純も無論、傍にいる。
孤族の雷狐、電蔵主庵が絡んだ一件で助けた村の、家主のいない藁葺屋根の家を借り、そこでタリアは火鬼の孤魅恐純と共に暮らしていた。
『――火鬼に愛を、情けを、罪を学ばせなさい」
タリアが天上皇より授かった新しい役目だ。同時に監視も担っている。打って変わって焔は、三百年後、タリアを自分に嫁がせる前約を天上皇と交わしていた。二人の左耳に下がる朱色と桜色が織り交ざった菊結びのロングタッセル、それが証だ。
火鬼が天上界に住めない以上、タリアに残された選択肢は一択しかない。
――暫くは下界が拠点だ。タリアは下界が好きで天上界と行き来はしていたが、腰を据えて留まった経験は一度もない。そんな天上界育ちのタリアは現在、自身が滞在する家屋の庭先にいる。
「――焔、何しているんだ?」
掃き掃除は済んだ。しかし焔は動かない。
「――ちょっと待っててタリア」
そう言って焔は、今し方かき集めた小枝や木の葉を一カ所に纏め、瞬間的な閃きで能力を使い焚き火を起こした。序でに焔は灰をたくさん作り熾火の状態にすると、昨日お裾分けで村人に貰った立派なサツマイモを手際よく紙で包み、真っ赤に燃えている部分の火を避けて灰に埋めた。20分待ち、20分後ひっくり返し、40分経過、頃合いを見計らい火ばさみで掘り出す。見事な焼き芋の完成だ。
焔が焼き芋を半分に割った。湯気が湧き出るサツマイモはすっかり柔らかい。
「はいタリア、熱いよ気を付けて」
「ありがとう」
受け取ったタリアは撫子色の深衣を着ている。衽の先を腰に巻き付けて着るワンピース型で、衣と裳が繋がっており、体をすっぽり覆う、ゆったりした一部式の衣服だ。上衣は比較的ぴったりと引き締め、下半身の下裳は緩やかに、ローズゴールド縁のスリットは開けず、三角形に形作る長い衿を背中に回し、ローズゴールドの絹の帯できっちり締めている。
袖口にあしらわれた桜の刺繍は金糸だが派手すぎない。繊細で上品に散らばっている。靴は白い革靴のブーツで、踵に届く丈を踏んで躓かぬよう、前部が跳ね上がった形だ。
そして今日は肌寒い。深衣の上に、マント型で袖無しの外套を肩にゆったり羽織っていた。首元で固定する紐の先端のぽんぽんは愛らしく、色は桜色、外套の縁のラビットファーはフードにも付いていて、タリアに似合う清楚な防寒着だ。
「……はふ、はふ……」
焼き芋を頬張るタリアの潤った唇は薄く艶がある。目はぱっちりとした二重で澄んだ瞳、鼻筋が通る小鼻の鼻は高い。長い上下の睫毛は桜色だ。陽の差し具合で時折、銀色に輝いてみえる。真珠の如く滑らかな肌の手足は細く、腰も女性らしい括れがあった。
黄金比率の顔立ちは天上界随一と謳われている。
霜風に靡く薄い桜色の髪は腰にかかる長さだ。タリアの食事の邪魔をしかけ、焔が左耳にかけてあげた。
「ハハッ、火傷しないでねタリア」
「ありがとう焔、キミは本当に多才だ。こんなに甘くて美味しい焼き芋、私は初めて食べる」
「別に俺は何も……、サツマイモを作った村人のお陰だ」
謙遜や嘘偽りなく、事実だ。焔の返しは最もだが、タリアは笑顔で褒める。
「私ならこうはならない。手順よく焼いた焔のお陰でもあるよ」
気遣いや煽てているのではなく、これも又、事実だ。タリアの率直な意見に焔は手に持つ焼き芋を握り締めた。焔にとってタリアは、心を癒してくれる天地で唯一の存在だ。
「……それはありがとう、タリアに喜んでもらえて嬉しいよ」
「私も美味しい焼き芋が食べれて嬉しい。ああ、焔、しっかり着て、風邪を引いてしまう」
タリアは焔が両肩に羽織る、自分と色違いの紅い外套に手を伸ばした。首元の紐が解けかけている。
焔の服装は騎士服だ。赤銅色のチェスターコートを基調とした上着を纏っており、肩にエポレット、腰にベルト、幅が広い金のボタンが付く袖口は折り返してある。服の裏地は白で縁の線と飾緒は金色だ。ウエスト部分は細く全体的にタイトな作りになっている。乗馬ズボンは、丈長のコートで隠れているが上着と同色、足はオーナメント柄のグリーブを付け、黒いロングブーツを履いていた。
腰に差す刀は鬼灯丸だ。柄は鮫皮を巻き付けた上に黒漆を塗り、平織りの紅糸で平巻に締めてある。紅葉の目貫に朱殷の鞘、刀身は火鬼の能力で形成された炎で、いまは拝めない。
外套はタリアと同じ形状だ。
タリアを見下ろす睫毛や虹彩は朱色で、筋が通った鼻は高い。彫りの深い顔立ちだが、小顔で輪郭はすっきりしている。しっとりした唇は魅惑的で肌は白く上質、非の打ち所がない眉目秀麗な容姿だ。朱色の髪は長く、後頭部で束ねていた。海老色の鬼角が二本、頭部に生えている。故に外套のフードは被れない。
「はい、できたよ」
タリアが紐を結び終わった。
「ありがとう、タリア」
四界の者は風邪を引き難い体だ。けれどタリアに心配されるのは気分がよく、焔はされるがまま優しさに甘えている。
「この外套、とても暖かいね」
「ああ、義兄さんは趣味がいい」
「ハハ、エルに伝えておこう」
外套は上位神エルの贈り物だ。タリアと焔がお揃いの理由だった。外套は二人の袖丈、裾丈に調整され、長寸式採寸と手作業採寸の製法は、軽さ、重厚感、高級感があり保温性がいい。
「タリアは寒がりだ。手袋もいるね」
天上界は常に春気候だ。タリアは下界の冬に慣れていない。焚き火や焼き芋も、タリアを温めるために焔が考え付いた結果に過ぎなかった。
「手袋か、成程。あれば便利だ……」
しかし辺鄙な村の近場に呉服店や仕立て屋はない。隣村も然りだ。
顎先に丸めた指先を添え、悩むタリアに焔が提案する。
「下界は品揃えが悪い。鬼界に行ってみる?」
「……鬼界か」
焔が勝手を知る領域だ。鬼界は広大で栄えた区画が多い、手袋の他に様々な商品が手に入る可能性は十分にあった。
タリアはあっさり了承する。
「いいね。案内してくれるかい?」
「いいの? 物騒だし断ると思った」
一方で鬼界は鬼族同士の抗争、衝突が日常茶飯事だ。殺人、誘拐、強盗、窃盗、麻薬等も多発し、五事官の長ウリが鬼界の討伐案件に常々思案に暮れるほど、治安は四界で断トツに悪い。
タリアも既知の知識だ。普通は賛同しない。されど自信があった。
「断らない。だって、キミがいる」
「…………!」
安心材料は焔だ。焔はタリアを危険に晒さない、絶対的な「大丈夫」がある。
過去の過ちを含め信用し、未来の焔を信頼した発言だ。
『――君がいる』
なんて愚かで浅はかな一言、なんて純真で尊い一言だろう。
焔は一呼吸置き、タリアを抱き締めた。
「……焔?」
「はあ……、案内するよ」
「ありがとう楽しみだ、明日にする?」
「うん」
焔は頷き、タリアの片頬に唇を寄せる。
「…………っ」
真っ赤になるタリアは、焔の腕の中にすっぽり逃げ込んだ。
「……嫌だった?」
「……嫌じゃない。キミが好きで、恥ずかしいんだ」
焔は聞いて後悔した。素直で可愛い、一種の暴力だ。火鬼の心臓を射抜く破壊力は恐ろしい。
焔が無言で悶えていると突如、バッとタリアが焔を引き剝がした。直後、タリアの唇が焔の左頬に触れる。
タリアが人生で初めてした、焔の想いに応えたい一心の行為だ。
「~~~~っ」
「………タ、リ」
タリアは凄まじい速さで家に閉じ籠った。焔は呆然とする。脈打つ鼓動の音が煩い。
「………花がいる」
焔は夢心地に独り言ちた。次は焔がタリアの勇気に応える番だ。焔は焼き芋を一口で食べ、花を摘みに森へ飛んだのだった。
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