第二集:赤鬼の兄弟
「えーっ!! 三百幸石も知らないの火鬼の兄ちゃん!!」
「……帰る」
大袈裟な赤鬼の子供だ。背中を反らして驚愕する罔極に、腹が立つ孤魅恐純がくるり方向転換した。罔極は孤魅恐純の右腕を掴み、慌てて謝る。
「ごめん!! 火鬼の兄ちゃん馬鹿にしてないよ!!」
「…………、で?」
もしも馬鹿にされていたら、子供とか一切関係なく殺していた。ただ二人が必死にやる三百幸石に好奇心を抱き、孤魅恐純は自分を引き留めた罔極にジト目で催促する。罔極は興味を示した孤魅恐純に頗る喜んだ。
「えっとねっとね、三百の石をこんな形に積んで願い事をするんだ! そしたらね、天上界の神様に願い事が届いて、叶えてくれるんだって!!」
罔極がこんな形、と両手で三角形を表現した。要するに完成形は四角錐だ。罔極と之恩の石積みは底辺の四角形、謂わば土台の部分で厚みも薄い。まだ積み始めたばかりの段階だった。
「……神は願いを叶えない。無駄な労力だ」
天上界の神が願いを叶える相手は、ごく一部の人間の信者くらいだ。自分達を祀り崇めない、有害な環境にいる最良でない四界の者の願いは叶えてくれない。助けてもくれない。
卒なく生きていくには諦めが肝心だ。
自分で自分を助ける強さを身に着け、不撓不屈の精神を養う。最短最善の方法だ、誰かに自分の望みを託さなくていい。
「叶えてくれるよ!! 僕の友達の父ちゃん、病気治ったって! 俺の母ちゃんも治してあげたいんだ!!」
「…………」
罔極が告白した願いの内容は、病に伏せる母親の健康祈願だった。孤魅恐純にとって、誰かのために願う行為は理解し難い。
孤魅恐純の周囲にいない鬼のタイプだ。
「捨て子の俺達を拾って育ててくれた……!! 毎日毎日働いて、俺達を腹いっぱい食わせてくれた……!! 母ちゃんを元気にしたい……!」
「……捨て子、ってお前ら卑賎街生まれ?」
「うん……」
「……にい、ちゃんっ」
頷く罔極に弟の之恩がしがみ付いた。
卑賎街は能力に恵まれない劣悪な状態にある赤鬼や青鬼が密集して暮らす場所だ。鬼界の東西南北、すべてにある。
殆どがトタン張りや廃材を組み合わせた住居で、安全性は皆無だ。常に着火しやすい状況の卑賎街は大規模な火災が絶えない。
卑賎街の鬼達は低収入だ。一日の報酬で何とか帳尻を合わせ生きている。お金欲しさに、黒鬼や雑鬼の仕事を請け負い、麻薬密売や殺戮に加担したり、金銭目的で我が子を売る鬼も多数いた。
そんな厳しい現実で重荷同然の小鬼二人に救いの手を差し伸べた女鬼は度胸がある。或いは馬鹿を極めたお人好しだ。
「……夜は悪巧みする鬼がお前らみたいな餓鬼を狙ってる。バラバラにされたくないだろ、石積みは昼にしな」
「……うん!!」
「……あ、りがとう……。ひおにのおにいちゃん」
孤魅恐純の助言に罔極は弾ける笑顔をみせ、兄の後ろに半分身を隠す之恩が恥ずかし気に囁いた。
「じゃあな」
孤魅恐純が去り、鬼火も自然と消滅する。
兄弟二人は忠告に従って石積みを中断し、家路を急いだ。
卑賎街は花柳街の裏手の先にあった。階段を駆け下り、幅狭のどぶ臭い川を飛び越え、どろどろの水溜まりを気にせず近道をし、二人は瓦礫やゴミに塗れた地面を小走りに、土壁の家に到着する。
「――ただいま母ちゃん!!」
「――ただい、ま!!」
二人は元気よく暖簾を潜った。
トタン屋根の下は、二畳の面積で床は壁同様に土だ。所々に布を敷いている。風化した土壁は隙間風がひどい。
部屋の隅で薄い毛布を上半身にかけ、横になって腕の傷口を掻く母親が、帰宅の遅かった二人を怒鳴りつける。
「どこ行ってたの!! 罔極!! 之恩!! ……母ちゃん心配でッ、ゴホッ、ゴホ!」
咳き込む一本角の赤鬼の母親は、三十代と若いが肺が著しく悪い。最近は吐き気や頭痛で食べ物も喉を通らず、体は極端に痩せていた。窪んだ目元と、こけている両頬は痛々しく見るに堪えない。
「母ちゃんごめんっ! ごめんね!! 大丈夫!?」
「お水、お水……!」
罔極が母親の背を擦る。之恩が母親の傍らに置いてある茶色く濁ったバケツの水をコップに汲み、そっと口に添えた。一口飲んだ母親は落ち着き、再度、訊ねる。
「……まったく……コホッ! はあ、二人共どこに行ってたの? 心配したのよ、何かあったんじゃないかって……!!」
「へへっ、内緒~! 心配しないで、もう夜は出歩かない!」
「……かない!!」
罔極の宣言の語尾を之恩は真似、決意を強調させた。
「はあ……。罔極、之恩、いったい何回目の約束になると思ってるの? 昨日も……、コホッコホ……、母ちゃん嘘つきは嫌いよ」
「嘘じゃないよ母ちゃん!! 本当にもう夜は出歩かない!! 火鬼の兄ちゃんがね、『夜はワルダクミの鬼がいっぱいだから、昼にしろ』って!」
「……しろって!」
之恩が罔極の釈明の語末を反復する。母親は火鬼の名前に青ざめた。火鬼は美しいが冷酷で無慈悲、特に鬼界で最恐の三災鬼、孤魅恐純は天地に名を馳せる危険な鬼だ。
火鬼の歴史の中で、ここ数百年の二人は最強と謳われている。
「――火鬼、って!! 誰!? あんた達……っ、ゴホッゴホッ!!」
「あー!! 誰だっけ!? って母ちゃん!!」
「はあ、……ゴホッ!! はあ……、はあ……っ」
咽る母親は二の句が継げない。罔極が意識が薄れていく母親をゆっくり倒した。
「僕と之恩はいるよ。休んで母ちゃん、ね。大丈夫、絶対治るよ。僕に任せて」
罔極が励ます声を遠くに母親が瞼を閉じる。之恩も母親のお腹に頭を乗せて寝た。母親の恋しい年齢だ、仕方がない。
「石積み頑張らなきゃ……」
友達の父親は下半身麻痺で歩行障害、加えて尿失禁の症状があった。治る見込みはない。途方に暮れ、半信半疑で噂の三百幸石に縋ってみたと言う。
三百の手頃な石を集め、三日三晩で完成させ祈った結果、三日後、父親は急に自分で立ち上がり、歩行したと興奮気味に話してくれた。
正に奇跡だ。羨ましくてたまらない。
貧しい罔極は勉学に縁がなく神々の知識があやふやだ。けれど友達曰く「神様は困った者の味方」だ、罔極は該当する。
「母ちゃんは僕達が守るんだ……」
野垂れ死ぬ寸前に助けてくれた母親に、無償の愛をくれた母親に、罔極は恩返しがしたい。次は自分達が母親を全力で助けたい。
母親がいれば貧乏も幸せだ。家族三人でいれば苦痛も耐えられる。
之恩も母親が大好きだ。失わせたくない。
『――男が簡単に泣くんじゃないの!』
罔極は潤んだ両目を乱暴に擦る。母親の教えだ。
涙は不幸を招く、流してはいけない。
脆弱な罔極も鬼族の端くれ、貫徹する覚悟はあった。
絶望の淵にぶら下がる蜘蛛の糸は、天上界に繋がる希望だ。
「僕だって成功させてやる……! 期限は三日だ!!」
日に日に悪化する母親の体調は芳しくない。大至急に三百幸石がいる。
罔極は握った小さな拳を天に向け気合いを入れた。
近所に響き渡る大声だ。触発された野良犬が吠え始める。
「ワオーーン!!」
「っるせーぞ!!」
「ワンワン! ワンワン!」
「さっさと寝ろガキ!!」
「……にい、ちゃ?」
近隣住人の赤鬼や青鬼の怒号、騒がしい犬の鳴き声で之恩も起きた。
「あっ、ごめんごめん……! よい子、よい子」
罔極が小声で之恩の肩をぽんぽん叩き、安心させる。
「んん……」
「ふぁあ~あ……」
之恩が眠り、罔極も睡魔に襲われた。食料調達や生業の靴磨きで朝は早い。
「――おやすみ。母ちゃん、之恩」
時刻は子の刻だ。十三夜月が上空で輝いている。
罔極は家族三人でいれる幸福な明日を脳裏に描いて夢の中に旅立ったのだった。
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