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桜紅初恋(オウコウ・チューリエン)1月24日番外更新☆  作者: 白師万遊
•┈┈••✦⊱∘番外篇∘⊰✦••┈┈•
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第二集:神兵ウリの場合


 天上界は時折、風が強い。突風が突如となく襲いかかってくる。


 「――――ッ!」


 中級三神(ちゅうきゅうさんしん)神官(しんかん)界事(かいじ)を司る男神(おがみ)五事官(ごじかん)ウリが持っていた書類が一気に吹き飛ばされた。五事官の(おさ)に届ける大事な資料だ、急いで回収しなければならない。


 「ぎゃー!! イヤアア!!」


 「待ってくれー!!」


 「俺の徹夜(タマシイ)の結晶がああ!!」


 被害者は多数いる。ウリと同じ黒い長袍(チャンパオ)に白い褌衣(ズボン)だ。五事官の定めか宙にたくさんの紙が舞っていた。


 五事官は鬼界(きかい)狐界(こかい)狼界(ろうかい)鹿界(しかかい)下界(げかい)五界(ごかい)における怪奇事件の解決、転仕、任務能力に関する事柄、昇給昇格等々、幅広く担っている。五事官達は山積みの書類に日々、悪戦苦闘していた。今日も然りである。


 上空は紙吹雪だが、神々はそれぞれの役目で忙しく誰も見向きしない。通常だ、こちらも期待はしていない。


 「……僕も追いかけますか」


 ウリは自分の書類に印を付けている。目印を頼りに紙を拾い始めた。


 「……三枚」


 四十枚中、手元に三十七枚、三枚足りない。周囲を見渡すウリに、ひとりの男神(おがみ)が声をかける。


 「はい、探し物はこれだろう? 君の持ってる紙の印、こっちと一緒だ」


 「…………」


 ウリが求めていた三枚の紙を手渡す、この男神の名は上位神(じょういしん)タリアだ。彼はよく外城(がいじょう)彷徨(うろつ)いている。ウリは無言で拱手(きょうしゅ)し受け取った。


 「揃ったかい?」


 「…………」


 真顔のウリにタリアは無音の溜め息を吐く。


 「どうぞ、許可するよ」

 

 「無闇矢鱈(むやみやたら)に外城に来てはなりません。上位神のアナタが中級三神の落とし物を拾い、(あまつさ)え気楽に喋りかけるなんて、天上界の秩序が乱れます」


 ウリは開口一番(かいこういちばん)諫言(かんげん)した。予想だにしない返しだったのか、目を丸くし、ゆっくり(まぶた)を下すタリアの眼差しは柔らかい。


 タリアは天上皇(てんじょうおう)が最後に創った男神だ。豊かさと開花を司る一方、カリスの一柱で美と優雅をも司る。見目麗しい容姿は天界随一と名高い。彼は自分の立場に無頓着な性向なのだと、いま、ウリははっきり認識した。


 「ハハハ、キミはしっかりした子だね」


 「ウリと申します。普通は文句のひとつか僕を罰すると思いますが」


 上位神に下神(かしん)が生意気に説教を垂れる、通常なら鞭打ちの刑罰か最悪天上界追放だ。ウリは物事を明確に言う性格故、何度か上級三神(じょうきゅうさんしん)に鞭打ちを課せられた経験がある。ただタリアがウリを直視する(まなこ)は純粋無垢だ、話しかけてきた一瞬で他の上級三神との違いは一目瞭然だった。しかも笑って褒めてくる、やはり自分の身分に感心がない男神だ。


 「私は万能じゃない。注意に感謝するよ」


 「……僕はアナタが心配です」


 タリアは本物のお人好しだった。階級や序列、掟に厳しい上級三神は、()の汚点に目敏い。タリアの平等を匂わす行動を()み嫌う者が出てくるかもしれない。

 まさかウリは上位神を憂虞(ゆうぐ)する日が訪れるとは夢にも思わなかった。

 

 「大丈夫、私こう見えてしっかり者なんだ」


 「…………」


 タリアの「大丈夫」は、ウリの「大丈夫」と大分、誤差がある。


 「あー……ウリ、君は何歳になる?」


 「二百歳前後になります」


 ぎこちない笑みで質問したタリアに、除菌シートを取り出すウリは端的に答えた。タリアの目線は当然、除菌シートに釘付けだ。


 「若いね、それは?」


 「雑菌だらけの地面に落ちた紙を触ったんです、手を拭かなくては。タリア殿もこちらで拭いて下さい」


 「……ありがとう」


 ウリに貰った薄手の布で手を拭くタリアは素直に指示に従っている。中級三神と上位神のちぐはぐなやり取りだ。ウリはつい口元を緩めてしまう。


 「フ……」


 「――ん? なんだ? なにか面白かったか?」


 「いえ別に」


 きっちり顔を引き締めたウリは、光が反射するタリアの透明な桜色の瞳に飲み込まれそうになった。畏敬の念を抱かせる尊さだ。


 「足止めしてすまない、五事官は大変だろう」


 「遣り甲斐があります。僕は僕に与えられた使命を全うするのみです」


 特段、苦痛はない。仕事量は天上皇の愛重(あいちょう)だ。ウリの断固たる決意にタリアは感心した。


 「頼もしいな。いつか君が五事官の長になってくれたら、私も下界に降りやすい」


 「五事官の長……」


 タリアの何気ない言葉にウリは(はた)とする。ウリは彼の役に立てる可能性があった。タリアの下界好きは噂で耳にしている。下界の管轄は五事官だ、矛になれずとも、盾にはなれる。


 「気にしないで、じゃあまたなウリ」


 「失礼致します」


 深衣(しんい)(すそ)(ひるがえ)し、タリアは去った。今更ウリの心臓の鼓動が速くなる。緊張の糸が解けたらしい。


 数十分に満たない出来事だった。夢心地の気分は形容し難い。


 彼の「またな」は何故か信用できる。信頼に値する男神だ。


 「アレスが憧れるわけですね」


 幼馴染の武官(ぶかん)――アレスは天武大会以降、タリアに夢中だった。会う度に「タリア様に会いたい」と嘆き、「タリア様の護衛につきたい」と日々の鍛錬に励んでいる。


 今日の話は冷めないうちにしたい。別れの後の名残惜しさを分かち合いたい。

 

 「……僕も負けません」


 新たな目標を具体的に設定し、期限、計画、達成するための犠牲は睡眠時間だ。ウリは資料を力強く握り締め、五法殿(ごほうでん)に足を向けたのだった。

 


最後まで読んで頂きありがとうございます(*'ω'*)

次回の更新からは外伝になります!


感想、評価、レビュー等頂けると励みになります。

また次回もよろしくお願いします<(_ _)>

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