第二十一集:第三の目
「俺の可愛い末弟を虐めた罪人は誰だ」
幅広い渦状になった雲の中心で翼を羽ばたかせるエルは、抜剣した二等辺三角形に近い剣身のアーミングソードを肩に乗せ罪人を問うた。
上級三神の上位神、天上皇が初めて創った最高傑作、正義を司る男神エルは堕神や異界者が蔓延る天上界と地上の狭間、天繋地の先頭で戦う天官軍の総帥だ。
白く短い髪を後頭部で束ねており、ぱっちりした白い目は額と合わせて三つある。目鼻立ちがよく唇や肌も白い。白軍衣は武官の黒軍衣と色以外で形は比類なく、ただふたつの相違点は、文龍の袖口の折り返しやサイドズボンの縁が銀色に対しエルは金だ。
後光が差すエルは正に天の守護神、圧倒的な存在感がある。
「――上位神エル様!?」
「――エル様だ!!」
ハオティエンとウォンヌがエルの降臨に驚いた。彼は天上界で担う役目が多く、下界の事柄は外城に一任、滅多に地上に降りない。
エルは傷ついたタリアに激怒する。天上皇が最後に創った至高至善の無垢な男神、自分の大切な末弟が、欲望塗れる堕神の餌食にされていた。
天地を脅かす堕ちた神は断罪しなければならない。
「……万裁公天!!」
天は万物を公平に裁く、エルが剣を地上に向け右薙ぎにする。一筋の光が複数に分裂し、走る閃光は堕神の体を寸分の狂いも無く貫いた。
剣身の中央の溝、フラーに刻まれた天上皇の御言葉が効力を発揮する。
「ヤベエ! マジヤベエ! ヴアアアアア!」
「輝堕王様! 輝堕王様! おだず……、ギァアアアア!」
「ヒィ、ヒイッ、グハ……ッ!」
効果は絶大だ。彼の一撃で逃げ惑う堕神がすべて消滅した。エルは下降する。途中、邪魔な神縛札や鬼縛札の結界を第三の目で容易く破り、タリアの傍に降りた。足底は宙で止まっていて地と接触していない。
「……タリア」
桜色が似合う美しいタリアはいま、夥しい血で赤黒く染まっている。エルはタリアの腹部に刺さった文龍の槍を一気に引き抜き、第三の目でタリアの記憶を辿った。
エルの第三の目は、自分の後方が見え、他の過去を透視でき、結界を弾ける。タリアの数分の過去を垣間見たエルは、堕神に堕ちている文龍を見据えた。鋭い眼光だ。
「俺を謀ったか、文龍」
天上皇のため身を粉にして己の使命を全うする文龍を誰も信じて疑わない。エルも又、文龍の陥穽に嵌っていた。
「知らないでお済になりますか? 私の提示した要請書に捺印なさった貴方も同罪でしょう」
文龍はエルの誤断を嘲笑する。三日月に割れた口元に、威厳はない。以前の面影は消え失せ、歯や眼球は真っ黒だ。
「ああ。わかっている」
腹が立つが文龍の指摘は外れていない。エルは自分にある非を認めた。悔やんでも悔やみきれないが、過ちは反省し罪は償う、天上界の掟だ。神々は天上皇が与えた試練に疑念を抱き背いてはならない、大切なことは向き合う強さにある。
「俺は逃げない。お前も逃がさないぞ――堕神!」
宣言したエルは忽然と消え、文龍の瞬きひとつで眼前に現れるや否や、斬撃で四枚の黒い翼を落とした。黒い霧となって翼が散り散りになる。文龍は堕力で青い炎を繰り出すが、エルには到底敵わず炎ごと斬首された。
飛んだ首、文龍の両目がタリアを捉える。
藤の花びらを背景にタリアが微笑む光景が脳裏に浮かんだ。ただ隣に、ただ傍に、ただ一緒に、愛し愛されたかった。数百年の泡沫の恋が幕を閉じる。
文龍は黒い霧に包まれ消滅した。
直後、上空で女神の歌声カリヨンが鳴る。空に浮遊した雲が七色の彩雲になる全景は神々しい。これは天上皇が目覚めた合図だ。
「――タリアが泣いている」
「……父上」
響き渡る聖なる声、エルは鞘に長剣を納刀する。ハオティエンとウォンヌはその場で跪き、首を垂れた。一介の神は天上皇を直視してはならない。
「――エル、内城にタリアを連れて帰りなさい」
天上皇の命令は絶対だ。エルは二つ返事をする。
「はい、父上」
そしてタリアを抱き締めて微動だにしない焔を一瞥した。焔は意識のないタリアを胸に閉じ込めている。エルが鬼縛札と神縛札の縛りは解いた。動けるはずが動かない。
天上皇は呼吸一つで森羅万象の歴史、未来を見透せる。現状に至った経緯の説明は不要だ。
タリアが全身全霊で守った火鬼に慈悲をかける。
「――内城に火鬼も連れて帰りなさい」
「……父上」
五界の者を天上界内城に迎え入れた前例はない。ましてや火鬼、万一、天上界で暴れられたら困る。五百年前同様、神官が犠牲になってしまうかもしれない。
エルの言い淀んだ言外の意味を察した焔は、左手で自分の生暖かい心臓を抉り出した。
「―――!?」
ハオティエンとウォンヌ、エルの三人が同時に驚愕する。乱暴に投げ捨てられた心臓が地面で破裂した。血や肉片が噴霧する。
「鬼力を半減させた。俺はタリアといる」
「……孤魅恐純。お前はタリアの治療中、外城にある罪改牢行きだ」
焔の固い意志にエルは命令の中間、折衷案を出した。罪改牢は捕縛した四界の罪人を拘束する天上界の拘禁所だ。
「わかった」
焔は素直に承諾する。エルは拱手し約諾した。
「……父上。火鬼の内城入りはタリアの回復後に」
「――ああ」
天上皇が去り、霄漢が薄暗くなる。羊の群れの如く片雲が流れた。ハオティエンとウォンヌが即座にタリアの負傷具合を確認に駆け寄る。
「タリア様!!」
「タリア様!! しっかり!!」
タリアは血の滴を纏う瞼を震わせた。
「…………」
無意識に何かを探す手が焔の服を掴んだ。僅かに微笑したタリアに、焔は目尻を湿らせタリアの手を握る。
指先は冷たいが死んではいない。
「俺の至福はタリアの腕の中にしかない」
焔はタリアに囁き、そっと抱き抱える。エルは焔に自分の役目を奪われ癪だが、頃合いを見計らい、首飾りの小さなラッパを吹いた。
甲高い音が天に届き、間を置かず、天から二頭の白馬が引く白馬車が到着する。燃え盛る車輪に無数の眼があった。この白馬車の正体は翼を二枚授かりし上級三神、下位神だ。
彼らは馬車になって天上皇や上位神を運ぶ役割を担っている。
「火鬼は翼がない。神兵もな。翼はあるがタリアは論外だ。中央往来の間は使用しない、騒動になる。直接、昇るぞ」
要点を絞り簡潔に伝え、全員を乗り込ませた。エルは一頭の白馬に跨っている。まるで白馬の王子の出で立ちだ。
「一足飛びする」
エルは嘘をつかない。本当に一瞬で天上界へ着いた。
「武官の神兵、タリアを内城の京癒殿に移動させる。喋れ、許可する」
上位神エルの指示に、ハオティエンとウォンヌは応答しない。否、できない。青褪めた二人は、慣れない馬車で馬車酔いしている。
「う……ぇッ」
「……グッ……」
エルの面前で吐瀉物は吐けない。二人は必死に我慢した。
「貧弱な……」
エルは自分の荒い運転が原因と気づいていない。心底呆れ果てた様子で、言葉を紡いだ。
「はあ……、タリアは俺が京癒殿に移動させる。神兵、お前らは少し休み次第、火鬼を罪改牢へ」
「しょ、ち、しました」
「は、い……」
エルの温情に感謝する。ハオティエンとウォンヌは、たどたどしい口調で拝命した。
「火鬼、タリアをこっちに」
エルに促され、焔はタリアを預ける。焔は五百年、味わった試しがない恐怖で正気を保てるか自分が心配だが、タリアの治療が先決だ。
「……タリア、待ってる」
「……大人しくしていろよ」
永遠の別れに等しい不安と寂しさが募る。焔はタリアを連れて行くエルの背中をずっと眺めていたのだった。
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