第十三集:桜色の初恋
「お、まぇ……化けも……」
「くっ……、なにも、の……だ……」
「俺は鬼だよ。神官、壱と弐」
ウォンヌとハオティエンは跪いて倒れ込み、立てた親指で自分を差す焔は仁王立ちだ。勝者は焔であった。
「まったく君は、彼らは壱と弐じゃない。ウォンヌとハオティエンだ。いや……、どっちが壱でどっちが弐だ? ハオティエンが壱? ウォンヌが弐か? いや、ウォンヌが壱で……ああぁぁ、どっちだ焔~!」
タリアは焔の適当なあだ名の訂正に混乱し始める。焔はタリアの白く細い左腕に自分の両腕を絡め、擦り寄った。恋を自覚し、元々ないに等しい遠慮が遂に零となる。
「さあ? どっちがいい?」
「どっちも駄目だ。私が君を参と呼んだらどう思う?」
タリアは数字で例えた。純真なタリアは焔が反省して謝る流れが思考に浮かんだ。
「それはいいね。タリアが俺に付けた名前になる。参って呼んで」
一言一句、丁寧な語調が本気だと伝えてくる。嬉々として受け入れた焔にタリアが適う見込みはない。
「……はあ、駄目だ。君は焔だ、参じゃない」
「そう? 残念」
焔の揶揄いにタリアも自然と笑みが零れた。天上界に居ない、自分を対等に扱う唯一無二の友だ。
天上皇に創られたタリアは翼を十二枚授かる上位神、天上皇と直接の接触が許される神で天上皇に一番近しい。
天上皇に創られた上位神は数十人いる。兄や姉達が然りだ。
二番目に位階の高い神、中位神や、三番目に位階の高い神、下位神は、上級三神で上位神と親しい神もいる。カリスの一柱は中位神が多数おり、タリアの姉達は仲が良い。
天上界随一に美しいと謳われるタリアも、愛し愛される神だ。誰もがタリアを崇拝し、触れてはならない男神と位置付けた。
――タリア様の周囲は空気が澄んでいる。
――タリア様の無垢な眼で花が咲き誇る。
尊い故に遠ざかる神、儚い故に触れない神、汚さずに崇める。
色鮮やかな毒々しい沼にタリアは音もなく沈んだ。
百年、五百年、千年――目映い天上界で刺々しい孤立を痛切に感じたタリアが、桃源郷を目指し、ざっくばらんな人間に惹かれるまで時間はかからなかった。皆が平等で平等にない平等の可能性を秘める下界に出入りして数百年、此度の任務を自ら引き受けた理由は暇の軽い単語に隠した重い孤独にあった。
焔はタリアに隔意がない。助けた恩もあってかタリアを至極慕っている。好悪が分かり易く表面に出、上位神タリアと既知しても接し方が変わらない。
タリアにとって焔は貴重な存在だ。彼は火鬼、タリアは神、種は異なるが互いの信頼が芽吹けば友人の然したる障壁にならない。タリアは焔と出逢った縁を大切にしたかった。
タリアの脳裏にふと過る。
『――俺のほうが上に好き?』
好きに上下があるのだろうか?
天上皇は無論、ハオティエンやウォンヌ、他の神官も好きだ。けれども上か下か、他と焔の二択を迫られれば焔が上になる。友人、以前の何か曖昧模糊な感情がタリアの心に波紋を広げていた。
秋の香りがする焔は、朱色が似合う、魅力と誘惑を兼ね備えた火鬼だ。タリアを背に庇った刹那の横顔は凛々しく、「だめ」と諭した低く甘い一声は、いまもタリアの耳に鮮明に残っている。
全身が火照り、心臓が跳ねた。生まれて初めての感覚の正体が知りたい。関心はあるが若干の怖さもあった。
「……焔」
「なに、タリア」
優しい眼差しで見上げる少年焔に、タリアは正直に伝える。
「あまり密着しないで、鼓動が速くなる」
タリアの告白に神官二人が石化した。焔は驚きを映す瞳を揺らし、タリアの腕を離さず更に隙間を埋める。桜の匂いが焔の鼻腔を擽った。
「……俺も速い。癖になる速さだ。村人曰く、恋は『心臓がそりゃあ異常にバクバクしたり!!』するらしい」
「――恋?」
タリアの人生に愛はある。だが恋の二文字はない。
「こ、――んの痴れ者がッ!! ふざけるな!!」
「タリア様は高貴なる御方!! 不慣れをお前の主観で語るな!! お前の弄いは万死に値する!!」
ウォンヌとハオティエンが怒涛の勢いで吠えた。三角に目尻を吊り上げいる。
「まあまあ二人共、落ち着いてくれ。発言の許可するから」
「タリア様!! 即刻!! 即刻、痴れ者の排除を!!」
即座にウォンヌが焔を指差し進言した。
「神聖なタリア様を惑わす如何わしい小鬼です! 戯言を真に受けないで下さい!」
「そうです!!」
ハオティエンが冷たい口調で付け足し、ウォンヌも般若の面構えで首を縦に振る。険悪な二人に動じない焔は案の定、冷静だ。
「やだな~お二人さん、タリアの恋路を邪魔するの? いい年した神官の嫉妬は見苦しいね」
そして二人を煽る天才だった。
「~~~~ッ!! こ、い、じゃ、な、い!!」
「タリア様!! 貴方が寛大なばかりに!! 反論して下さい!!」
確かにこの収拾がつかない状況はタリアが招いた。タリアは思考し、答える。
「反論する材料を私は持っていない。恋をした経験がないんだ。恋が『心臓がそりゃあ異常にバクバクしたり!!』するなら、……まあ……コホン、恋……」
言い淀でしまう初心なタリアの両頬はほんのり赤い。丸めた指先を艶のある唇に当て、羞恥心を誤魔化していた。
「タ、タタタリ、ア様……が、コココ……」
「夢、夢だ、夢だ、夢……」
気を失う寸前の神官二人を他所に、焔は大地を叩き崩すタリアの可憐な仕草に悶えている。自分の想像は甘かったと奥歯を噛んだ。
「――焔? 凄い音が……」
「ああ平気平気……。初めての幸福を味わってて」
五百年生きているが、焔は幸せと無縁だった。腐敗臭が酷い残骸の山に血の水溜まり、殺すか殺されるか奪うか奪われるか、弱者は土に還る。これが当然の理と認識していた。挙句の封印、世を恨まずにいられない。
『――怖がらないで、私は君の味方だ』
しかし、タリアが焔の前に現れ一変した。
「――界に限らず、天地万象、皆に幸福はある」
「……信じるよ、三美神タリア」
最早タリアは焔の世界、生きる動力だ。長い睫毛を半分に下げて見つめ合う二人にウォンヌが歯軋りをした直後、ハッと本来下界に降りた目的を思い出し早口で告げる。
「――ってすっかりお前のせいで!! タリア様!! のんびりしていられません!! 火鬼の封印が解けたんです!!」
「俺もさっきウォンヌに……、天上界の上層に目立った動きはありません。五事官の長ウリ様はタリア様に帰還するよう仰ってます。火鬼は天上皇の御心に任せるようにと……。ですがウォンヌと俺はタリア様の指揮官のもと、火鬼の動静を探って捕縛し封印したく思っております」
並んで立つウォンヌとハオティエンは決死の面持ちだ。片や中級三神ウリ、片や上級三神タリア、タリアの決断にウリは逆らえない。自分達の主張を聞いてもらった上で、判断を委ねたいのだろう。
「え~と……」
天上界の地上監視云々は周知の事実だ。焔と昨晩、今後について約束もしている。タリアの目配せに焔は苦笑した。二人の覚悟に申し訳ない。
「ごめんウォンヌ、ハオティエン……。火鬼は、いま、いる。こちらが五百年封印されていた火鬼、孤魅恐純だ」
「――え」
「――は」
タリアの唐突な紹介に、神官二人の目線が横に逸れた。騎士服を纏う実体になった焔がタリアの肩を抱き、二人を見下ろして挨拶する。
「初めまして」
少年が青年になっていた。朱に灯る目に温情はない。
「――火鬼!?」
「タリア様、な――!?」
ウォンヌとハオティエンが一瞬に退き抜刀する。困惑した二人と堂々とする焔、タリアは片頬をぽりぽり人差し指で掻き説明したのだった。
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