第ニ集:とある鬼達の、刹那の災難
時刻は亥の刻の正刻を廻っている。
「――タリア、こっちも美味しいよ。食べてみて」
「――ああ、ありがとう焔」
闇夜の妖しい湯気に紛れた獄楽街で最も大きな建物――十二階建ての紅い楼閣、喜怒哀乐の最上階にて、夜空を彩る豪華絢爛な花火を観賞し終えたタリアは、焔が指先ひとつの合図で喜怒哀乐の厨房を数百年と取り仕切る料理長に用意させた、天上界や下界では味わえない美味たる食事を楽しんでいた。
自然が齎す鬼界の豊かな食材を生かした数多くの料理が円卓テーブルに並んでいる。精巧を誇った精密な彫刻が施されてある純朴の円卓は全体的に赤く縁は金だ。背面が鬼頭の椅子は八脚あり、タリアと焔は二人、悠々と上座に座っていた。
垂れる赤い布天井は上品且つ落ち着いた優雅さがある。広々とした部屋は月季紅の灯籠の灯りのみで若干、薄暗い。風景に溶け込んだ鉄製の黒い格子型の壁が所々あるものの、大抵の境界線は厚手のカーテンで区切られていた。床は白のスジ模様がある艶のいい黒大理石だ。
「人間や異界の臓物は使わせてない。タリアのお気に入りはどれ?」
「それは配慮をありがとう。どれも美味しいよ」
魚、肉、野菜、選りすぐりの旬食材を使用した珠玉の一品に欠点はない。鼻を抜ける四季折々の香りは繊細で大胆だ。長年に亘り培ったであろう技術の高さが叶える極められた絶妙な味わいは満腹感を満たしてくれる。
「美味しくなきゃ料理長は生き埋めだ。俺の見た限り、タリアは――これが一番のお気に入りでしょ?」
焔が桜と紅葉を模った焼売を六角形形状の箸で掴み、ひとつずつ、タリアの空になっている小皿に移した。蒸したての肉汁が溢れ出そうになっている焼売は小ぶりで見た目も可愛く、屡々、口に運んだ気はする。成程、とタリアは心中で納得した。即ち焔の所見は見事、的中だ。
「ハハ、無意識だったな。うん、きっと当たりだよ。万遍なく食べたつもりなのに、キミの観察力は素晴らしいね」
「ありがとう。俺はタリア一辺倒だからね。底のない愛で常日頃、凝視しているし当然だ。別に何ら難しくはない」
軽く首を振って告げる焔の口端に浮かんだ笑みは余裕で誇張はない。愛を包み隠さない焔の愛情表現は嬉しいけれど、数千年と孤独の沼に沈んでいたタリアは未だ、愛を囁かれる行為に慣れない部分もあった。
一瞬の沈黙が落ちる。出逢った頃と変わらないタリアの初心で新鮮な反応を愉しんでいる焔の腹の内を本人は知る由も無い。
タリアは妙に照れ臭くなり、片頬をポリポリ掻き、礼を述べる。
「えと、あー……それは、アハハ……ありがとう。料理長の生き埋めは駄目だよ」
もちろん、焔の冗談めいた本心の発言も看過はしない。
「タリアのお気に入りがある。生き埋めはしないさ、数百年は働かせるよ」
「良かった。焔は思いやりのある、優しい子だ」
タリアは豊かさと開花を司る男神の一方、魅力や美貌を兼ね備えた三美神のひとりカリスの一柱で美と優雅を司る上位神だ。加えて自然が生んだ渾沌、神々の天敵、邪を随えた火鬼に愛を、情けを、罪を学ばせる役目を担っていた。戦う相手や状況で対応は異なるが、焔の誤った殺す決断を翻せるようタリアは任務に努めている。
ふたりが目笑を交わしていた最中、拱手の体勢をする女鬼が五人、入ってきた。踊り子の格好をしている。紫羅藍や品紅、深緑宝石の布地は透けていて、上下が分かれた過激な華流の衣装だ。ネックレスやフェースベール、髪飾りや裸足を飾るアンクレットが妖艶な雰囲気を際立たせていた。
横並びで真ん中に立つ黒鬼の女鬼がゆっくり丁寧な所作で首を垂れる。左右の四人は呼吸音を浅く微動だにしていない。
「――領主、今宵の相手は私達が」
色声が凛と響いた。二本角の黒鬼は鬼族の序列三位で優れた能力を持つ鬼が幾多といる。冷静な身状は精神が強い証拠だ。
「頼んでいない」
「私共に孤魅恐純様の太太を歓迎させて下さい」
「断る。お前達の歓迎は俺の妻を寝取る事だ」
「――え」
きっぱり拒絶した後の、予想だにしない理由だ。脳内が停止する驚きでタリアのアホ毛が数本、ぴょこんと飛び出た。丸める桜色の瞳は穢れと無縁だ。
「太太の嫌がる言動は慎みます。お二人に享楽を献上させて下さい」
黒鬼の女鬼は引き下がらない。孤魅恐純と対峙し、感嘆たる度胸だ。タリアはチラリ隣に座した焔の様子を窺い、刃の如く尖らせる歪を纏った双眸を注視する。
「蛇足だ、分を弁えろ。お前達ふぜいが俺の妻を直視し、剰え接する資格はない。百鬼遊郭に戻れ黑桐、公開処刑でお前達の焼死体を獄楽街の連中に晒したいか?」
問いかけと同時に焔が鬼火を放ち、五人を囲った。人差し指で机をトントン叩く音が彼の苛立ちを物語っている。生死の選択だ。
「……無礼を申し訳ございません。領主、太太、ご寛恕下さいますよう」
流石の黒鬼も諦め、謝罪した。相手は鬼界の三災鬼、孤魅恐純だ。交渉の無理強いは命に係る。しかし予め引き際の基準を定めていたのか、白粉で包んだ顔色に焦りはない。
「いや、ああ、大丈夫だよ。私は平気だ。頭を上げなさい。焔、キミも彼女達を許してあげてくれ」
「寛大な妻に感謝するといい。二度目はない」
焔の追い払う仕草で女鬼の五人は場を去った。鬼火もふわり消散する。
「さ、タリア。ご飯を食べよう。冷めてしまう」
「……ん、ああ」
切り替えの早い焔に声をかけられたが今尚、呆けているタリアは一拍程、相槌が遅くなってしまった。怒涛の展開で少々、思考は極致だ。致し方がない。
そんな刹那の違和感に焔が小首を傾げ、合点がいった調子で「ああ」と頷き、ゆるり眉目秀麗な顔をタリアに近付ける。相手のタリアも又、天界随一の美と儚さを漂わす見目麗しい顔立ちだ。
「心配しないでタリア、毎日、生涯、快楽を貪る共寝は夫の俺がするよ」
「~~~~ッ!? そんな心配はしていない!」
時に焔の見解も外れはする。甘美な低声で焔に耳語されたタリアは、ふるふる両肩を震わせ耳介を真っ赤に叫んだのだった。
おはこんばんは、白师万游です(*'▽')
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